第073話 三叉の槍
――赤鎧。
鎧纏う
流線的に美しいボディ。それに似つかわしくない巨躯は今のまで
異なるのは背中に宿す白い粒子の羽と、晒された精悍な素顔。
まさに〈テンシ〉と呼ぶに相応しい姿。カズキは思わずたじろいだ。
その隙を御堂ツルギは見逃さない。勢いよく地面を蹴ると、凄まじい速さで間合いを詰めてカズキに膝蹴りを見舞った。
「がは……っ!」
途轍もない一撃。カズキの体は呆気なく弾き飛ばされ倉庫の壁に叩きつけられた。
『坊ちゃま!』
響くエルグランディアの声も虚しく、カズキは汚れた床を転がる。
痛みと痺れで脚が言うことを利かない。立ち上がることが出来ない。
歯を食いしばり右の拳で床を殴りつけ、その反動でようやくとカズキは足を付けた。
肩で息をしながら、カズキは赤い鎧の御堂ツルギを睨み据える。
「御堂、お前も……」
「そうだ。僕も君と同じだ」
淀みない声がカズキの耳を貫いた。
真っ直ぐな視線。赤い鎧。迸る光子の羽。目の前に広がる現実がカズキの体と思考を鈍らせる。
それを知ってか知らずか、御堂ツルギは淡々と口を開いた。
「〈イロハネ〉は〈王〉を殺した一人が思い通りの世界に変えられる神のゲームだ。
にも関わらず〈王〉は特定できない。〈アクマ〉の誰かが自分でも気付かないうちに〈王〉となっているかもしれない」
荒ぶるカズキに対して御堂ツルギは酷く冷静。
まるで炎と氷のように相反する二人の熱が、目に見えない対流となり渦を巻く。
「世界を自在に変革できる権利……突拍子もない話だけど、それが確かな事実であることは君も理解しているだろう。
なら〈王〉を殺した〈テンシ〉が差別主義者だったらどうする。世界征服や戦争……人類絶滅を望む人間だったらどうする。君や君の大切な人も死ぬかもしれないんだぞ」
ギロリと冷たい視線がカズキは背筋を震わせた。
「……そんなこと願う奴が居るか! 〈イロハネ〉が過去に何度あったのか知らねェけど、俺たちは今こうして生きてる!」
「君の言葉は何の確証も無い。仮に世界崩壊や人類の絶滅が無くとも戦争は何度もあった。災害は何度も起きた。病気やテロだって。
たとえ世界が消えてなくても、数えきれない命が無意味に失われてる。それら全てが〈イロハネ〉と無関係だと、どうして断言できるんだ」
そう言うと御堂ツルギはグリップハンドル付きの杖を取り出した。
見覚えがあった。以前に御堂ツルギが
そうして御堂ツルギが杖型の
それを目の当たりにした瞬間、カズキは唖然と声を失った。
なにせその
「御堂、それは……」
「君には関係ない」
突き放すような一声。カズキの心臓が徐々に速度を増していく。
三叉の槍と化した
「長瀬。仮に君の言う通り、歴史上の災害や戦争が全て〈イロハネ〉と無関係だったとして今回も必ずそうなる保証はない。
世界滅亡の可能性を確実に0%にするためには、僕が誰よりも早く〈王〉を見つけ出してこのゲームを終わらせるか……全ての〈テンシ〉と〈アクマ〉を殺すより他に無い」
ピン……と張り詰めた空気にカズキの脳を痺れながらも、御堂ツルギの言葉が寒気を呼んだ。
どの〈アクマ〉が〈王〉であるか分からない。ならば手あたり次第に殺すのが確実。だが他の〈テンシ〉に先を越されるかもしれない。その前に〈テンシ〉も殺そうというもの。
仮に〈王〉を殺した〈テンシ〉が善人であろうと、悪意を持った第三者に脅迫され望まない世界を創造する可能性もある。御堂ツルギはそれを危惧しているのだ。
奇しくも先程エルグランディアを人質に取られていたことで、カズキは御堂ツルギの言葉を痛切に理解できた。
「僕はこの世界を、この世界に生きる人達を守りたい。この綺麗な世界に生きている数えきれない命を。たとえそれが何を失うことになっても……〈アクマ〉に魂を売ってでも!」
鼻に突くような青臭い台詞。だが自己陶酔や
だからカズキも疑わなかった。放つ声にはそれだけの重みがったから。それだけの信頼を御堂ツルギに置いていたから。
『だ、だからって坊ちゃまを殺すなんて間違ってます! 坊ちゃまは御堂さんのお友達じゃないんですか? 御堂さんは坊ちゃまのことが嫌い――』
「そんなわけないだろ!!」
エルグランディアが言い終わるより早く御堂ツルギが叫んだ。
表情に影を落としながら放たれた怒号は、庫内の空気を震撼させる。
「殺したいわけ……無いだろ」
そんな怒気とは打って変わって、御堂ツルギは苦虫を噛み潰した表情で弱々しく俯いた。
「長瀬は良い奴だ。短い付き合いだけど良く分かる。面倒くさがりだけど誠実で、優しくて思いやりもある。本当ならずっと友達でいたかった……そんな長瀬を、僕が殺したい筈ないだろう!!」
『ならどうして!』
「分かり切ったことじゃないか! 世界のためなら個人の気持ちなんて関係ない! 僕や長瀬の……〈アクマ〉や〈テンシ〉の命程度じゃ、この世界とは釣り合わない!」
胸の奥が締め付けられる。芯を打つような言葉から逃げるようにカズキは視線を逸らした。
だが目線の先に映るは、力なく
「………」
唇噛み締め、カズキは
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