第010話 白銀の女

 「長瀬ながせ!」


片桐かたぎりたゆねに支えられ、後ろ髪引かれるカズキの元に御堂みどうツルギが駆け寄った。


「よかった! 本当に無事でよかった!!」


目尻に涙を浮かべながら御堂みどうツルギはカズキを抱き締めた。相手が普通の男なら強引に払い退けるところだが、御堂みどうツルギがならば悪い気もしない。


「悪い御堂みどう。迷惑かけたな」

「なに言ってるんだ長瀬ながせ! 僕は迷惑だなんて思ってない! 君はちゃんと機療きりょうした、自分の仕事を全うした! 一撃を受けたのは僕の力不足が原因だ。だから長瀬ながせは胸を張ってくれ!」


混じり気のない満面の笑みで、御堂みどうツルギは大袈裟にカズキの肩を叩いた。


「そうそう。御堂みどう君の言う通りだよ」


片桐かたぎりたゆねも微笑んで頷き、そのままカズキの身体を御堂みどうツルギに渡した。


「さてと。それじゃあ私は、ここの責任者さんと話をしてこようかな。作業型ワークロイドの再起動処理もしないとだしね」

「そういえば、あの2機がエラーを起こした原因は何だったんでしょうか」


カズキの腕に肩をかけながら、御堂みどうツルギが疑問を投げた。


「たぶん働き過ぎだね。あのタイプなら連続稼働時間は8時間ってとこだろう。けど今回の2機はそんなのとっくに越えてるみたいだし、メンテナンスも全然足りてないね。基本的にAIVISアイヴィスは法定稼働時間と定期検査さえ守れば、異常は起こさないはずだから」


「まったくもー」と冗談ぽく頬を膨らせて、片桐かたぎりたゆねは作業責任者の元へ向かった。


 カズキは御堂みどうツルギの肩を借りながらスカイライナーと共に搬入口へ戻った。

 店舗の入り口に設けられたベンチに座ると、御堂みどうツルギは「なにか飲み物を買ってくるよ」と店内へ向かった。


 カズキは空を見上げた。暑苦しいほど晴れやかな青空を。


「……ん?」


ふと表の歩道に目を向けた瞬間、カズキは石のように硬直してしまった。


 そこに居たのは、一人の女性。

 

 銀色の長い髪。雪のように白い肌と、薔薇のように赤い瞳。色香漂わせるスリットが刻まれた純白のチャイナドレス。

 悪魔的なその美しさに、カズキは目を逸らすことが出来ないでいた。


 すると直後、銀髪の女がカズキを見た。


 女の紅い視線が、カズキの鼓動を高鳴らせる。


 それでもなお、視線逸らすこと叶わないカズキの元へ、女が悠然と近づいた。


 戸惑うカズキの眼前で白く美しい脚が止まると、おもむろに女の手が伸びてスカイライナーの頭に優しく触れた。


『グル』

「ちょ、ちょっと……」

「そうか。お前はなのか」


意味ありげな女の言葉に、カズキの頭上では疑問符が浮かんだ。

 氷の華を思わせる、透き通るような声音。

 白銀の美女は再びカズキを見やった。


「似ているな」

「えっ?」


唐突と漏らした彼女の言葉に、カズキはまたも頭に『?』を浮かべる。

 けれど女は気にもせず目線を移すの、先程カズキらが出てきた搬入口に紅い瞳を向けた。


「ここに、壊れた機械があっただろう」

「機械? AIVISアイヴィスのことですか?」

「アイヴィス……そうか、お前達はそのように呼んでいたな」


独り言のように囁けば、女はふわりとした足取りで搬入口に向かった。


「ちょ、ちょっと!」


慌ててカズキも後を追った。女は脇目も振らず鉄扉てっぴを潜った。

 従業員の視線など意にも介さず、女は悠然と構内を進んで蟹手の作業型ワークロイドを見据えた。


「おい」

「あ……はいっ」

「なぜ停止している」

「えっ、機療きりょうしたから……」

「きりょう?」

AIVISアイヴィスの治療法……です」

「ああ、そうだったな」


白銀の女は表情ひとつ変えず作業型ワークロイドを見つめ続ける。不意に、女は長い指先を伸ばした。


「あれはお前がしたのか?」

「い、一応。俺と友達が一機ずつ」

「そうか」


氷のような女の表情筋はピクリとも動かない。

そのまま踵を返せば、悠然と構外に出ようとする。


「あ、あの…!」


去り行くその背を、カズキが咄嗟に呼び止めた。

 女は足を止めて、冷ややかに振り返る。


「なんだ」

「……名前、教えて貰えませんか」


一瞬、カズキは言葉を詰まらせた。

 聞きたいことは他にも沢山あった。

 どこの誰なのか。

 なぜ自分に声をかけたのか。

 似ているとは誰のことか。


 人間ひとなのか、AIVISアイヴィスなのか。


けれど女は、詰まらなそうに背中を向けた。


「私のことは忘れろ」


そう冷たく言い放てば、一瞥もくれないままカズキの前から立ち去った。

 追いかけることも出来ず、小さくなる後姿をカズキはただ見つめることしか出来ないでいた。

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