第2章

第011話 これまでのまとめ

 【機核全能性流動球菌きかくぜんのうせいりゅうどうきゅうきん】――通称【機粒菌きりゅうきん】。


 学術的には細菌に分類される機粒菌きりゅうきんだが、真菌や粘菌など多種多様な菌の特性を持ち合わせるため、熱や酸、塩基アルカリ、高圧下など本来細菌が死滅する環境にも耐性を持つ万能な菌である。


 だが最も特異とされている性質は細胞内に存在するバッテリーのような小器官にある。


 機粒菌きりゅうきんは光合成によるエネルギー産生が可能であるが、分子・原子の極微振動や波長もエネルギーに変換でき小器官へと蓄えられる。


 またカビを始めとする従属栄養菌じゅうぞくえいようきんのように他の生物に寄生し、宿主の熱エネルギーや運動エネルギーも蓄積することが可能である。


 貯蔵小器官内にエネルギーが満たされれば単為生殖(分裂)によって個体数を増やし、外界へと飛び出すことで種の繁栄を目論む。


 この時、体表面にある微細な繊毛と鞭毛を動かすことで空気中や水中での遊走移動も可能となる。

 そうして細胞内のエネルギーが枯渇するまで次の宿主を探し続けるのだ。


 全ては生物として種を繁栄させるために。


 さらに、取り込めるエネルギーと繁殖可能な空間が充分に存在する状況であっても、個体数がある程度まで達すると機粒菌きりゅうきんは増殖作用を停止する。要するに「無闇に数を増やしすぎない」という、ある意味では不自然な行動が作用する。

 それはまるで、自然界の秩序と安寧をおもんばかっているかのよう。


 なお機粒菌きりゅうきんの特異性は、生物としての優位性に留まらない。


 菌が備えている繊毛と鞭毛に特殊な加工をほどこすことで、人間の神経細胞に似た働きを成す。

 鞭毛および繊毛から特殊な粒子を放出・受容することで、あたかも神経ニューロンのような働きを見せるのだ。そこに粘菌の特性が合わされることで、機粒菌きりゅうきんみずから思考の最短経路を選択できる疑似ニューロン機能が開発された。

 その結果、自己選択性を有する画期的な人工知能が誕生する。


 また機粒菌きりゅうきんは個体により[正][負][中性]の電荷を持ち合わせることも知られている。

 それらが群生化することで磁性・反磁性の性質をも有することが可能となり、特殊な加工を施した鞭毛に一定の電位刺激を与えると収縮する。

 この原理を応用して作られた人工筋線維じんこうきんせんいAIVISアイヴィスになどに用いられている。


 詰まるところ、AIVISアイヴィスを構成する人工知能および神経系、人工筋繊維、それらを稼働させるエネルギーは全て機粒菌きりゅうきんという生物が由来となっているのだ。

 

 通常に稼働しているAIVISアイヴィスは機体内に十分量の菌を内包し恒常性バランスを維持しているが、これが崩れると誤作動を起こしてしまう。

 その原因の多くは、既定の稼働時間を超過し酷使し続けることだと考えられている。


 人間と同じだ。

 

 機体を酷使すれば機粒菌きりゅうきんの補給が追い付かず、一種の飢餓状態に陥いりAIVISアイヴィスの人工知能や人工筋繊維からもエネルギーを取り込もうとする。

 それが原因で機体内の機粒菌きりゅうきんバランスが崩れAIVISアイヴィスの神経伝達や人工筋繊維に異常を来してしまう。

 食事も摂らず活動し続けると体調不良を起こすようなものだ。

 人間であれば飢餓状態が深刻化すれば意識混濁や身体異常を生じる。それはAIVISアイヴィスも同様。彼らの場合、今回のような[異常]や[暴走]に繋がるのだ。


 そこで活躍するのが、機核療法士レイバー


 機核療法士レイバーは自己の体内で生成される中性機粒菌ちゅうせいきりゅうきんAIVISアイヴィスに注入することで、[暴走]や[異常]などの症状を改善する。


 これが機療きりょうである。


 この機療きりょうを行う際に用いられる治具・装具こそ、BRAIDブレイドだ。


 通常時に呼吸や汗腺から無作為に放出されている機粒菌きりゅうきんだが、BRAIDブレイドを介することで凝集・放射が可能となる。


 機核療法士レイバーが職業として確立されるより以前は、異常をきたしたAIVISアイヴィス――とくに暴走を起こした機体――を処分するより他に手が無かった。

 それゆえに【BREAK≠AID破壊は救済にあらず】という皮肉を交えて名付けられた機療具きりょうぐ


 それがBRAIDブレイド


 機核療法士レイバーたちの込めた、ささやかな願い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る