第012話 デルタアイランド

 LTS第三支部校。


 カズキらの通うこの学校は、デルタアイランドという小さな人工島に在る。


 デルタアイランドはその名の通り、島全体がΔデルタの形を成している人工の埋め立て地である。


 本土(内地)に繋がる道はただひとつ。三角形の頂点から延びる大きな赤い吊り橋のみ。

 島を一周する高架式のモノレールも、この赤い橋に接続されている。ゆえに買い物や通勤・通学にも必ずこの橋を通る。


 島の皆がこぞってこの吊り橋を利用するため、必然と島内で一番交通量が多い。

 その賑わいに比例するよう、本土方面(北部)に向かうほど人や車の数、住宅や商店も増える。


 もとは医療機関の集積地域として構想されていた島だが、災害時の危険性や交通の便を理由に計画は延期・中断され、徐々に過疎化していった。


 事実、LTS第三支部校の最寄り駅前には大きな総合病院が構えているにも関わらず、その周辺には何もない。

 唯一、四車線の大きな道路を挟んだ海沿に第三支部校の校舎と学生寮があるのみ。

 最寄りのコンビニでさえ駅の向こう側だ。

 けれどあるだけ良いというもの。

 島の所々には廃墟と化したビルや倉庫が、時代の残り香みたく点在している。


 そんな島内において、設立されたばかりのLTS第三支部校は真新しく輝いてすら見えた。


 光沢映える校門をくぐれば、コの字型をした校舎と眩い噴水が正面に現れる。

 煉瓦造りの広場を抜けて、HR教室のある北館へと向かう。

 それがカズキの日常。


 けれど今日は、ひとり南館へと向かっていた。


 HR教室のある北館と違い、南館は実験室や工作室ばかりで常に人が少ない。特に教職員専用の個室が並んでいる3階を訪れる生徒は稀有だ。


 カズキは3階に足を運ぶと、その中にある部屋のひとつをノックした。

 「どうぞー」と中から間延びした声が返されて、ひとりでにドアが開く。


「やあ、おはよう長瀬君」

「おはようございます」


そこは10畳ほどの部屋。中央のデスクでは片桐かたぎりたゆねが優雅に珈琲を飲んでいた。

 一面がガラス窓に囲まれた部屋は、どこか都心のオフィスを連想させる。

 だが、そこから見えるのは美しい夜景でも摩天楼でもない。

 古惚けた倉庫や廃ビル。

 怪しい洋館に長いだけの道路。

 小さな港と海。

 そんな冷めた風景を背にしても、片桐かたぎりたゆねの美しさは絵になってしまう。


「随分と早いねぇ。まだ始業の30分前だよ」

「アイツの様子が気になって」


言いながらカズキは部屋の中のドアを一瞥した。

 ニコリと微笑みを浮かべながら、片桐かたぎりたゆねは奥の扉を開いた。


『グル』


暗がりの奥から獣の声が響いた。

 直後、スカイライナーがのそりと姿を見せる。


「よぉ。元気そうだな、ライナ」

「特に修理も必要もなかったからね。ちょっと調整するだけで終わったよ。はやく来年になって自分でメンテも出来るようになるといいね。ところで装備型の方は?」

「まだ改良中です」

「そう。じゃあ、出来上がったら見せてね」

「分かりました」


ペコリと丁寧にお辞儀するカズキに、片桐かたぎりたゆねは「また後でね」と笑顔で手を振った。

 少しだけ恥ずかしそうに、カズキはスカイライナーを連れて部屋を後にする。


 広場に出ると先程より生徒の数が増していた。ちょうど登校ラッシュなのだろう。


 生徒達は、皆カズキと同じ白衣のような制服に身を包んでいる。

 中にはスカイライナーと同じ動物型アニマロイドや、エルグランディアのような人間型ヒューマノイドも見受けられる。

 カズキもその群れに紛れるよう、スカイライナーと共に流れの中に入った。


と、その時。西側の人工海岸から強い風が吹いた。

独特な香りの潮風が、生徒たちの頬や髪を撫でる。


「……ん?」


眉間に皺を寄せて、カズキは空を見上げた。

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