第013話 弁当

 広場を吹き抜ける突風が、薄茶けたカズキの髪を荒く撫でる。


 見上げれば白い用紙がいくつも空を舞っていた。風に飛ばされたのだろう、視界の向こうで持ち主らしき女子生徒が慌てている。

 ひらりとカズキの頭上にも紙が流れてきた。

 咄嗟に腕を伸ばしたが最後、気付くとカズキは他のプリント用紙も拾い集めていた。

 風に踊る用紙を追って右に左に動きまわる。

 そうして最後の一枚を拾い揃えれば、「はい」と女子生徒に差し出した。

 恐る恐るプリントの束を受け取った女子生徒は、顔を真っ赤に俯いてモゴモゴと口籠る。

 見覚えのある生徒だった。けれどカズキは敢えて言及しなかった。


「それじゃ」


とだけ告げてカズキが踵を返した、その時。


「あ、あの……!」


振り絞ったような女子生徒の声に呼び止められる。カズキは何の気なしに振り返った。だがその途端、女子生徒はまるで幽霊にでも出会でくわしたように驚いて、慌ただしくお辞儀だけすると何も言わず走り去ってしまった。


「……なんだ、あの人」


訝しげにカズキが呟いた、直後。


『坊ちゃま』


聞き慣れた声が背筋を撫でた。

 驚き振り返れば、すぐ後ろにエルグランディアが立っている。

 それも能面のような無表情で。


『今女の子が慌てて走っていきましたよね。なんなんですか。坊ちゃま何かしたんですか。それとも向こうから何かしてきたんですか。まさか愛の告白ですか。どこの雌豚がエルの可愛い可愛い坊ちゃまを誘惑したんですか』

 

息もつかせぬ詰問に反論もできないカズキ。けれどエルグランディアの表情はピクリとも動かない。

 まるで人形のような佇まいに、カズキの額にも冷たい汗が浮かんだ。


「な……なんでそうなるんだよ! 俺喋ってすらないんですけど!」

『じゃあなんであんな逃げるように走っていったんですか』

「知らねーよ。それよりお前、今日は店の手伝いじゃねーのか」

『そうですよ。でも坊っちゃまがお弁当忘れたから届けに来たんじゃないですか。そしたらあろうことかエルの目を盗んで女とイチャイチャして』

「しとらんわ!」


差し出された弁当袋を強引に受け取るも、カズキは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「……それじゃあ、もし俺が女子に告白されたら、お前どうするんだよ」

『その女を地の果てまで追いかけて抹殺した上で、坊ちゃまには折檻せっかんです』


ギロリと翡翠の眼が光った。無表情から放たれる威圧感に思わず背筋も冷える。

 たじろぐカズキを尻目に、エルグランディアは『ふんっ!』と憤りを隠そうともせず肩で風切り帰って行った。


「ホントに弁当届けに来ただけかよ……」



 ◇◇◇



 「――と、いうことがあった」

「それは災難だったね」


先程はエルグランディアが届けてくれた弁当をつつきながら、カズキは愚痴をこぼしていた。

 溜息が止まることを知らないカズキに、御堂みどうツルギは愛想笑いを浮かべて、チラリと隣を一瞥した。

 視線の先には芝生の上に寝そべる日室遊介ひむろゆうすけが、何故か不貞腐れたように菓子パンを頬張っている。


「機嫌悪いね、日室ひむろ

「そらそうや! どこが災難やねん! あんな可愛いメイドさんが一途に想てくれんねんで!? 災難どころか最高やないか! 僕なんて生まれてこのかた彼女も居らんのに……このままやったら一生独身かつ最期は孤独死やで…」

「大丈夫だよ。僕たちがお爺ちゃんになる頃には、介護型AIVISアイヴィスが一人一台は国から支給されるだろうから。孤独死にはならないよ」


曇りない御堂みどうツルギの天然な笑顔に、日室遊介ひむろゆうすけは肩を震わせ涙を浮かべながら菓子パンを齧った。


「そんなに女の子が好きなら女性型ガイノイドBRAIDブレイドにすれば良いじゃないか」

「そないなこと出来るかいな。女の子を危険に合わせるなんて。なぁ長瀬ながせクン」

「なんで俺に振るんだよ」

「だって長瀬ながせクン、エルさんのことエラい大事にしてるやん。自分んからAIVISアイヴィス連れて来とるヒトて、皆召使いみたいな扱いやん。せやけど長瀬ながせクン見とったら、なんや家族か友達みたいや思て」

「……まぁ、エルとは幼稚園の時から一緒に暮らしてるからな」


どこか歯痒い様子で答えるカズキに、二人は不思議そうに顔を見合わせた。


「それより、午後の座学講義ってなんだった?」

「え? ああ、確か【三原則さんげんそく】の範囲だよ」

「うわ……最悪や……」


掠れた声で呟きながら、日室遊介ひむろゆうすけはあからさまに肩を落とし溜息を吐いた。

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