第009話 機核欠乏症《きかくけつぼうしょう》

 「ラ、ライナ…!」


倒れる相棒にカズキは手を伸ばした。

 けれど指先すら届かない。

 その間にも作業型ワークロイドが近づいてくる。

 まるで死を運び来るかのよう。


 白い腕がカズキ目掛けて振り上げられた。


 跳ね上がる心臓。

 足の裏から血液が這い上る。

 沸き上がる負の感情が心と体を鈍らせる。


「う……ぅあああああああああ!!」


耳を劈く咆哮と共にカズキは右手のBRAIDブレイドで地面を殴りつけた。反動で体は跳ね上がり作業型ワークロイドの頭上をも超える。

 宙を舞う最中さなか、右腕の外装をスライドさせる。

 全身に宿る機粒菌きりゅうきんが右腕のBRAIDブレイドへと凝集されていく。


 蒼い手甲が光を湛えると同時に落下が始まった。

 そして作業型ワークロイドと交わる刹那。


 ――ドゴォオッ‼


拳が、作業型ワークロイドの丸い頭部へと叩き込まれた。

 輝く機粒菌きりゅうきんは波動のように放たれる。

 輻射ふくしゃされた機粒菌きりゅうきん残滓ざんしとなって踊り散る中で、カズキは不格好に着地した。

 腰が抜けたのか立つこともままならない。その場に座り込んだカズキは、気の抜けた様子で作業型ワークロイドを見上げた。


 蟹手かにてのワークロイドは、完全に沈黙していた。

 

 すると見計らったように、鉄扉てっぴの影から覗いていた従業員がワラワラと集まった。

 けれど誰一人、へたり込むカズキに声さえ掛けようとしない。

 そんな中でスカイライナーだけがヒョコヒョコとカズキの傍に寄った。


「ライナ……ケガ、ないか?」

『グル』

「そうか……ゴメンな」


疲れ切った笑顔を浮かべ、カズキはスカイライナーを抱きしめた。

 硬く冷たい金属の装甲が、頬に触れる。同じなのに違う感覚。

 思い起こされる断片的な記憶が、締め付けるように胸を痛めた。

 苦虫を噛み潰したように顔を顰めていると、不意に肩を叩かれる。


「大丈夫かい?」


振り返ると、片桐かたぎりたゆねが立っていた。

 香水だろうか、上品な甘い香りが同時にカズキの鼻腔をくすぐる。


「すみません。俺、うまくやれなかった…」

「いや、上出来だよ。暴走したAIVISアイヴィスを相手に初めての機療きりょうでよくやった。それより体は?」

「ダルいです。なんか頭もボーッとして…」

「だろうね」


嘆息混じりに微苦笑を浮かべ、片桐かたぎりたゆねは手を差し伸べた。

 逡巡しゅんじゅんしつつカズキは手を借りて立ち上がった。けれど身体に力が入らない。足元も覚束おぼつかない。


機粒菌きりゅうきんを大量に放出して恒常性こうじょうせいが一時的に崩れたんだ。【機核欠乏症きかくけつぼうしょう】という栄養失調みたいなものだよ。なーに、安静にしてればすぐに治るさ」

「そうですか……」

「いくら特異性とくいせいの高い機療士レイバーでも、一度にあれだけの機粒菌きりゅうきんを放出すればそうなるよ。意識があるだけ驚きだ。

 とりあえず、学校に戻ったら直ぐにBRAIDブレイドを調整しようか。またこういうことがあって、死なれても困るからね!」


陽気な片桐かたぎりたゆねの冗談も受け止められず、カズキは肩を落として「はい」とだけ答えた。


 停止する作業型ワークロイドを見上げると、スカイライナーの背を支えに、動かない作業型ワークロイドへと近づく。

 白い装甲に優しく手を触れたかと思えば、神妙な面持ちで額を触れ当てた。


「……ごめん」


苦虫を嚙み潰したようなカズキの横顔に、片桐かたぎりたゆねは目を丸くして驚いた。


「なぜ謝るんだい? キミはちゃんと機療きりょうできたじゃないか」

「でも、ケガさせたから……」

「怪我?」


片桐かたぎりたゆねは作業型ワークロイドを見上げた。丸みを帯びた頭部には、確かに歪な凹みが出来ている。機療きりょうのためにカズキが殴り付けた部分だ。


「コイツ、痛かったと思います。俺がもっと、ちゃんと機療きりょうできてたら……余計な傷をつけることもなかった」

「それは仕方ないことだよ。外科医だって手術の時には患者の体を切るし、看護師だって注射の時には針を刺す。私なんて、前に血液検査した時は2回も刺し直されたよ」


冗談交じりに肩をすかしてみせるも、カズキは何も答えなかった。表情に影を落としたまま、作業型ワークロイドから離れようとしない。

 片桐かたぎりたゆねは思わず嘆息した。


「君のその優しさは美徳だよ。でも、理想と現実のギャップを嘆くなら技術を磨かないとね。

 それにはまず体調が戻すこと。次にBRAIDブレイドを改良すること! Are you OK?」

「……はい」


答えながらもカズキは一層と背中を丸めた。

 そんな彼の背中を強く叩いた片桐かたぎりたゆねは、肩を貸すと作業型ワークロイドから離れた。


 模型のように動かなくなった作業型ワークロイドを、カズキはいつまでも横目に見ていた。

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