第033話 所詮我らは神の遊具
「入れ」
単調に言いながら、マイアは廊下に面する木製の扉を開いた。
そこは居間だった。
広めの部屋に差し込む海の夕陽。それが辛うじて薄暗い部屋の中を照らしている。
家具や壁床は
大きな掃き出し窓からは手狭な庭が見えた。その向こうには人工的な海が広がっている。晴れた日の昼下がりなど、さぞかし気持ちの良いことだろう。
マイアは布の裂けたソファに腰を降ろした。それを見てカズキも向かいの一人用ソファに座った。
スカイライナーはカズキの隣で犬のようにお座りする。
「我々は気付けばそこに居た存在。目覚めた時は既にこの館に居た。〈イロハネ〉のことはこの世界に生じた瞬間から理解していた。私が〈アクマ〉であることや〈テンシ〉の存在もな」
「なんか……『目覚めた』とか『生じた』とか、なにも無い所からパッと出てきたみたいですね」
「その通りだ」
真っ直ぐに放たれるマイアの視線。なんの感情も孕ませない暗赤の瞳がカズキの肌に粟をて立つ。
「我々は気付けばここに居た存在。意識の始まりが〈アクマ〉の誕生と同義。それが証拠に我らはこの世界に現れてから、まだ幾月しか経っていない。
「そんな言い方……」
「事実だ。我々は〈イロハネ〉のために生み出された神の遊具。それ以外に〈アクマ〉が在る理由など無い。なにせ欲望が無いのだからな。『生きる』という欲望さえも」
まるで他人事のように淡々と言い置いて、マイアは窓の外に映る
「生きるための労を要さず、種を繁栄させることも叶わず、〈王〉を生み出す道具でしかない。そんな我らが存在する意味など……かといって死を望もうと肉体がそれを許さない。まるで支配されているかのように、自死を試みれば体が動かなくなる」
平然と、だがどこか自嘲気味に語るマイアにカズキは
「もしも〈イロハネ〉以外に我々〈アクマ〉の生まれた理由があるならば、教えて貰いたいものだ」
悲しく微笑むマイアの漂わせる色香。それがカズキの思考を眩ませた、直後。
「お待たせ致しました」
居間に抑揚のない声が響いた。振り向けばエーラと呼ばれた黒髪の少女が盆を手にしている。
ほのかに湯気立つ白いカップが、マイアとカズキの前に置かれた。熱は感じるが色も匂いも無い。
カップを覗き込むカズキは恐る恐る顔を上げた。二人の〈アクマ〉は当然のように 飲んでいる。
引け腰にカズキも少しだけ口に含んだ。
やはり無味無臭。熱だけが口内に広がっていく。
(……お湯か?)
もう一度カップを傾ける,。
間違いない。これは白湯だ。味も色もない、ただ熱いだけの水を、二人の〈アクマ〉は当然のように喫している。
「そういえば」
カップを注視するカズキの疑念を裂くように、黒髪の少女が声を発した。
振り向くと赤い視線が固く向けられている。
「えっと……あ、そうか。俺は
「なにを仰っているのですか」
一刀両断と言葉が遮られた。
まるで鋭利な
「貴方の名前を伺ったのではありません。私はただ先ほどの礼を申すつもりでした。もしや私が貴方に興味深々だとでも思っていらっしゃるのですか。これはまた随分と自意識過剰ですね。御自分が世界の中心だとでも思っていらっしゃるのでしょうか。なんという
機関銃のような
一方のカズキは間抜けに口を開き自身を見失っていた。心は折れる一歩手前。小刻みに震える手が、カップに飛沫を立てる。眼尻には薄っすらと涙を浮かべて。
「それと、先程は有難う御座いました」
「……へ?」と、今度は間の抜けた声が漏れ出た。
また口撃が飛んでくるかと思い
「謝意を示しているというのに無視とは随分と傲慢かつ無法な御方ですね。まぁ、こんな所に居らっしゃるような方ですし、見ず知らずの〈アクマ〉の邸内にも上がり込むような悪癖かつ厚顔無恥な御仁のようですから。
押し黙るカズキの眼尻に一層と涙が滲んだ。黒髪の少女は素知らぬ顔でまた一口だけ白湯を含む。
濡れた目元を制服の袖で擦るカズキ。それをスカイライナーが不思議そうに見上げていた。
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