第034話 分不相応

 「俺の事どうこう言うより、アンタ達〈アクマ〉のほうが不法侵入になるんじゃねーの?」


目尻に薄く涙を浮かべながら、カズキは意趣返しとばかりに食ってかかった。

 けれど黒髪の少女はツンと澄ました様子で取り合いもしない。


「貴様が案ずるべくもない。我々が最初に目覚めた場所こそ、この屋敷なのだからな」


変わって答えたのは白銀の女だった。意図せぬ方向からの答えにカズキは唇を尖らせ首を傾げた。


「物事や事象には全て意味が存在する。どんな些末な事象にも、自然現象や偶然と思える行動にも其処そこには何らかの意味を成し事象を形成する。因果と呼んでも良いだろう」

「い……いんが?」

「貴様にとって良い現実も悪い事実も全てはそうなるべく理由があるということ。受動的な事象であるならば猶更な」

「……哲学的なことは分かりません」

「要するに『なるようになる』ということだ。そもそも〈アクマ〉には法も罰も脅威とならん。我々には失うものなど何ひとつ無いのだからな」


 長い足を組んでドレスのスリットから白い太腿部が覗かせて、マイアは空のカップを机に置いた。

 黒髪の少女は何も言わずに立ち上がりそれを下げると、まだ白湯の残っているカズキのカップも引いて、やはり一言の挨拶も無く居間を出た。

 

 不愛想な少女の振舞いにカズキはヒクヒクと頬を引きらせながら、去り行く背中を見送った。


 薄暗い居間にマイアと二人き取り残された。けれど会話もなくただ時間だけが無意義に過ぎていく。


(もう帰ろうかな…)


そんな考えが頭を過ぎった瞬間、隣に座っていたスカイライナーが立ち上がり廊下へ飛び出した。


 「しょうがないな」と呆れ声で言いつつ、カズキは安堵した様子でスカイライナーの後を追った。

 廊下に出た蒼い動物型アニマロイドは『あけろ』と言わんばかりに玄関扉を前足で掻いている。


 ドアが開けたと同時にスカイライナーは外へと飛び出して、玄関脇の小道へ向かった。カズキも続くと、そこには居間から見た庭があった。

 キャッチボールをするにも手狭な小庭だが、芝や植木は綺麗に整えられて美しく、屋根下に設けられているウッドデッキも良い雰囲気を醸している。


 そこに、黒髪の少女が座っていた。


 夕陽と闇色の混ざる海。膝を抱えてじっと見つめている〈アクマ〉の少女に、スカイライナーが尻尾を振ってじゃれつく。

 少女は僅かな笑みも浮かべないまま、スカイライナーの蒼く冷たい頭や首を優しく撫でた。


「なにしてるんだ?」


声をかけると、少女は一瞬だけ視線を上げた。


「私の行動を逐一報告する義務は無いでしょう」

「いちいち言葉にとげを付けるのは義務なのか」


スカイライナーを間に挟むように、カズキもデッキに座った。少女は蒼く冷たい頭を優しく撫でる。

 穏やかな少女の横顔を見ていると、胸の奥をくすぐられるような奇妙な感覚に見舞われた。


「……なにか」


カズキの視線に気付き、少女はムッと眼を吊り上げて睨み返した。


「いや……どこかで会ったことあるか?」

「……有り得ません。生憎と私はこの屋敷から出たことがありませんので」

「出たことないって一度も? ここで一日中?」

「日課にしている屋敷の掃除を終えれば、日暮れから朝方までは此処こちらに」


言われてカズキは海を見た。夕陽に染まる人工島の海岸。遠くには観光地と思われる施設や繁華街なども見える。確かに綺麗な風景ではあるが……。


「それにしたって飽きるだろ」

「……先程からなんですか。そんなにも私の行動が気になるのですか。か弱い乙女の日常を妄想して何をされるおつもりかは存じませんが酷く気持ち悪いですね。吐き気を催します。ああ、また言葉にとげを付けてしまいましたね。そうでもしなければ気が済まないもので」

「別に気にしてるわけじゃねーよ。世間話だ」

「……そうですか」


つまらなそうに呟くと、少女はスカイライナーの頭を撫でながら背中を向けた。


「飽きる飽きない以前に、私には他にやることなど在りませんので」


少女は視線を下げた。蒼い頭を撫でる手も止まり、顔を上げたスカイライナーがいじらしく少女の胸に鼻先を擦り寄せた。


「我々〈アクマ〉に食事は必要ありません。睡眠も要しません。やりたいこともありません。

 そもそもこの国では何をするにも身分と金銭が必要なのでしょう。ですが〈アクマ〉の我々が、財産など持ち合わせているはずもありません」


スカイライナーの相手もおざなりにして、少女は膝を抱えると頬を埋ずめた。


「私は、人間の中には溶け込めません。出歩くことさえはばかられます……もっとも外に出たところで、この場所から眺めている景色と大した変わりはないでしょう」

「……そんなことはないだろ」


一瞬だけ喉の奥に言葉をつかえながら、カズキは否定した。

 けれど少女の赤い瞳は物悲しく、寂しげに黒髪を揺らして静かに否定した。


「私は〈アクマ〉です。本来この世界に居るべき存在ではないのです。

 生命には各々のというものがあります。私達はこの世界で生きること自体が不相応。まして楽しむことや喜ぶことなど……私たちが覚えて良い感情では、ありません」


まるで心を隠すかのように、俯くエーラは膝の中に顔を押し当てた。

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