第058話 青龍偃月刀《せいりゅうえんげつとう》
赤と蒼、二つの鎧が
電柱のように太い赤鎧の腕。そこから繰り出される拳はまさに砲弾。
紙一重でカズキは右ストレートを回避した。
カウンターの要領ですかさず右掌を赤鎧の腹部に触れ当てるも、巨躯に似合わぬ華麗なバックステップで距離を取られる。
宙空を撫でるカズキの蒼い右腕。再び構え直し、間合い保ったまま赤鎧と向かい合う。
赤鎧が再び走り出した。大きな拳を両手に握り、機敏な
迎え撃つようカズキも
カズキは赤鎧を追って視線を上げるも、不意を突かれたせいで身体は強張り動きが鈍る。
頭上から迫る赤鎧が、右の拳を振り上げた。
「くそっ!」
稲妻の如く振り下ろされた一撃。苦々しい顔で半歩後ろに退がり、皮一枚で回避する。
赤い拳が鼻先を掠めた。空気を抉るような風圧。空振りの一撃は地面に放たれ、硬いアスファルトに亀裂を走らせた。
けたたましい威力と轟音。全身の筋肉が凍り付くように強張る。
その隙を赤鎧は見逃さない。
間髪入れない追撃の上段蹴りが、カズキの胸部を撃った。
「ぐがっ……ああっ……!」
突き抜ける衝撃は呼吸の仕方も忘れさせた。
カズキは膝を折り、輝く背中を丸め
苦しみ悶える〈テンシ〉を眼下に
ゴウッ!!
勢いよく放たれた赤い拳。けれど手応えが無い。
見れば足元で蹲っていたはずのカズキが居ない。
赤鎧は静かに振り返った。
視線の向こうに、呆然と座り込むカズキと黒紫の羽と鎧を纏う〈アクマ〉を見た。
カズキの背に輝く羽。その光子に照らされた姿は芸術と言う他にない。
エーラの持つ人間の妖艶さと、神話的な鎧の芸術が織りなす協奏。鬼気迫る只中でも思わずカズキが目を奪われたのは無理のないことだろう。
「悪い、助かった。けどその姿になったら……」
「問題ありません。今は貴方がいますから」
決して赤鎧を目を逸らすことなくエーラは答えた。カズキもそれ以上の言葉は飲み込んで立ち上がり、赤鎧を見据える。
「エルを頼む」
脂汗を浮かべながら言うと、カズキは左腕の龍口を赤鎧へ向けた。
エーラは小さく頷いて直ぐさま跳び上がり、エルグランディアの隣に降りた。
その動きを追って赤鎧の視線が僅かに逸れる。儚い程小さな間隙を突いて、カズキは一足飛びに間合いを詰めた。
ドォオンッ!
橙色に輝く衝撃波が、左腕の龍口から放たれた。
粒子の波動が夜の闇に散り消えるも、そこに赤鎧の姿はない。カズキが撃つと同時に横移動で回避したのだ。
(コイツ……)
違和感を覚えた。赤鎧の動きは暴走とも操られているとも思えない。一挙手一投足全てに明確な意思が宿っている……そんな気がした。
赤鎧を見据えたままカズキは左腕を天に
するとカズキの左手にあるスカイライナーの頭部が空へと打ち出された。
頭部が離脱した左手に現れた鋼鉄の五指。右腕に光る
その左手を腰に回すと、カズキは銀色の鞭を取り出した。スカイライナーの尾にあたる部分だ。
不思議だった。けれど確かに理解していた。
息をするように、歩くように、蒼い鎧を操る事が当然となっていく。
スカイライナーの頭部を供えた棒を、カズキは槍の如く構えてみせた。
ガパリと大きく開かれた口腔。その奥から、眩い粒子が炎のように灯った。
かと思えば
長い柄の先に据えられた蒼い龍。そこから伸びる半円の刃。まるで古来の武将が用いる
カズキの手に現出した武具を警戒したのか、赤鎧は足元の小石を拾い
赤い巨腕から繰り出される投石は、さながら
だが直後、赤鎧が視界から消えている。
「上です!」
エーラの声にカズキは夜空を仰いだ。
闇に紛れた赤い巨躯が、猛烈な勢いを伴い落下してくる。合わせるようカズキは
だが空中で身体を捻った赤鎧は、
赤鎧は着地と同時に距離を取った。
また投石攻撃でも仕掛けてくるのかと、カズキは身構えた。
けれど赤鎧はクルリと身を翻し、脱兎の如く逃げ出した。
ヒュウ……と乾いた風がカズキの頬を撫でる。
不可解な赤鎧の行動にカズキは「?」を浮かべて首を傾げた。すると、その時。
『坊ちゃま!』
エルグランディアが叫んだ。振り返れば、すぐ後ろに大型のトラックが迫っている。
「うおおおおおおおおぅ!!」
間一髪、カズキは横に跳んでトラックを回避した。
不恰好に歩道を転がるカズキは、大の字になって星のない夜空を見上げる。
「……死ぬかと思った」
固く冷たい地面を鎧越しに感じながら、カズキは大きな溜息を吐いた。
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