第057話 紅い鎧③

 『――それじゃあ坊ちゃまは〈イロハネ〉っていう神様のゲームに巻き込まれて、ライナちゃんと合体して背中から羽が生えるんですか』


「……はい」


蒼い鎧を纏いオレンジの羽を輝かせて、項垂れなごらカズキは歩道に正座していた。

 膝を突き合わせるようエルグランディアも座り、二人の真ん中には出刃包丁が置かれている。

 意味を理解しているのだろうか、エーラも不思議そうにカズキの隣に正座して。



 ◇◇◇



 およそ20分程前。いよいよ包丁を振りかざしたエルグランディアを見兼ねて、カズキはスカイライナーと融合してみせた。

 非現実的なその姿にエルグランディアは一瞬だけフリーズするも、おかげで正気を取り戻した。

 ほっとするカズキの安堵も束の間。スカイライナーを纏ったまま正座を強要され、羽の輝く背中を丸めて。


 『確かにそんな不思議なBRAIDブレイドは今の技術じゃまだ作れないですし、機粒菌きりゅうきんの色も記録に無いです。100歩譲って〈イロハネ〉とかいうゲームの話は信じます』

「そんなに譲らなくていいから信じろよ。俺本当に〈テンシ〉になったんだから」

『それは自分で言うことじゃないです。坊ちゃまが小さい頃によく言われてた比喩表現です。主にエルにですけど。あの頃は本当に可愛かったです』

「そういう意味じゃねーって! 理解できないのは分かるけど!」

『理解はしましたよ。要するに坊ちゃまは〈イロハネ〉とかいうゲームで知り合った悪魔みたいな女に騙されて貢がされてるんですよね』

「違う! 合ってるけど違う!」


蒼い鎧の腕でカズキは頭を抱えた。一体どんな言葉なら信用に足るのかと。

 そんなカズキを他所に、エルグランディアはエーラを睨みつけた。


『どぉもぉ〜、はじめましてぇ。坊ちゃまのお嫁さんになる予定のエルグランディアですぅ』

「……エーラと申します」


悪意を隠そうともしないエルグランディアに対して、エーラは努めて冷静に返し隣のカズキを見た。


「婚約者がいらっしゃったのですか」

「違う。エルは家族だ」

『そうです! エルと坊ちゃまは家族です! 一つ屋根の下でお風呂もベッドも一緒した関係です! 坊ちゃまの初めてのチュウもエルでした!』


ここぞとばかりに大声でエルグランディアはカズキの蒼い手甲に身体と胸を密着させる。

 だが今更エルグランディアに照れるはずも無い。カズキは白けらた様子でエーラを見やった。


 「そんな……今までずっと私にあんな甘い言葉を囁いて、足しげく私の元に通い慰めて下さっていたのに……結局私は遊びでしかなかったのですね」


そこに居たのは不遜な態度を取る〈アクマ〉ではなく、少女漫画に出てくるヒロインのように瞳を潤ませる儚げな乙女だった。


 上目遣いの淑やかな姿に、普段の冷笑的シニカルな振る舞いなど影もない。

 だがギャップ萌えというのだろうか。カズキの胸は思わずトゥクン……と心地よく波打った。


 同時に血の気が引いた。


 頬をほんのり赤らめるカズキのすぐ隣で、エルグランディアが翡翠色の人工虹彩じんこうこうさいを見開き包丁を握り直しているのだから。


「ちょっと待てエル! 違うから! お前もいい加減もとに戻――」


と、その瞬間。焦燥に叫ぶカズキの頭をエーラが鷲掴み、勢いよく地面に押し付けた。

 土下座のような体制を取らされ、カズキの背に輝く橙色の羽が火花のように煌めいて。


『ちょっと! 坊ちゃまに何してるんですか!』


憤慨するエルグランディアの傍を、ビュンッと何かが飛び抜けた。

 今さっきまでカズキの頭があった空間を通過し、背後の街灯にそれは突き刺ささる。


『なんですか、今の』


いぶかし気なエルグランディアを他所に、カズキは立ち上がると街頭に寄った。


 それは、鋭利な刃物だった。

 持ち手が短くナイフのようだが、刃が三つ又に分かれている独特の形状。

 『三叉さんさの短剣』とでも表現するのが妥当か。


 普段通り冷淡な様を取り戻したエーラは、カズキと共に短剣の飛んできた方を振り返った。


 視線の先に居たのは――赤鎧。


『あれは何ですか、坊ちゃま』

「……下がってろ、エル」


鬼気迫るカズキの様相に、流石のエルグランディアも口を閉ざして三歩退いた。


「おい! お前は誰だ! 〈テンシ〉なのか!? 〈アクマ〉なのか!? それとも――」


――〈王〉なのか。


 その言葉をカズキが口にするよりも先に、赤鎧が勢いよく地面を蹴って飛び出した。


 蒼い鎧を纏ったカズキ。その背に負う機粒きりゅうの羽が一際大きく輝きを増した。


 赤と蒼、二つの鎧が邂逅かいこうする。

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