第056話 エルグランディアの闇
目尻に涙を浮かべながら、懸命に缶珈琲を飲み終えたエーラはカズキと共に学校を後にした。
「ちゃんと彼女を送っていくんだよ?」
という
雨はいつしか上がって、濡れた地面の匂いが夜の空気を染める。
「貴方は、やはり気付いていたのですか?」
隣を歩くエーラが唐突と尋ねた。カズキは締まりのない顔で「なにが?」と問い返す。
「私が……〈アクマ〉が元は
「いや、全然」
「その割には態度に表れていませんね」
「だって〈アクマ〉だろうと
気の抜けた顔で後頭部を掻くカズキに反して、驚くエーラの紅い瞳が大きく見開かれた。
「それより俺は〈アクマ〉の中から生まれる〈王〉ってのが気掛かりだよ。なあライナ」
散歩中の犬みたく軽快に前を歩くスカイライナーに声を掛けると、長い首を持ち上がり『グル』と一声だけ返された。
「……それはつまり、貴方も〈王〉を殺して世界を思いのまま作り変えたいということですか?」
「それは別に」
「では何故〈王〉を?」
「だって可哀そうだろ」
真っ直ぐに前を向いて放たれた答え。エーラはきょとんと首を傾げ疑念を表した。
「〈王〉っていうだけで〈テンシ〉から狙われるんだぞ。自分の願いを叶えたいだけの。そんなの馬鹿げてるだろ」
「……そうでしょうか」
今度はエーラが虚空を見つめ答えた。その横顔をカズキが不思議そうに見つめる。
「それより、今日はありがとうございました。とても充実した一時でした」
言いながらエーラはペコリと頭を下げた。唐突と放たれた言葉と振舞いにカズキは目を見開いて喫驚を露にする。
「なにか?」
「いや、お前がそんな
「私をなんだと思って居られるのですか……ああ、そういえば貴方はどうしようもない変態紳士でしたね。失念していました。きっと私のことなど劣情に
「お前のその
「些細なことをお気になさるのですね。頭皮が後退しますよ……すでに兆しが見えていますが」
「えっ、うそ、マジで? いやウチの家系はみんな白髪だからハゲることはない……はずだ」
などと他愛ない会話をするうちに、二人は屋敷へ到着した。窓には一つの明かりも見えず不気味な様を強調している。
(夜でも電気は点けないのか……まあ、街灯だけでも充分明るいしな)
カズキは辺りを見回した。明々とした光が照らされている。
ふと、その時。隣を歩いていたスカイライナーが突然と立ち止まった。
「ん? どうしたライ――」
カズキも足を止めて隣のスカイライナーを見た瞬間、ひりつく様な緊張が全身を襲った。
研がれた針が全身に刺さるかのような気配。滝のように汗が流れ落ちる。
強張る筋肉に抗い振り返ると、街灯の影から覗くエルグランディアが居た。
「エ……エル!?」
『坊ちゃま……やっと気づいてくれた……』
不気味に響く声は
「お、お前こんな所でなにして……」
『坊ちゃまこそ、こんな所でなにしてるんですか。なんで坊ちゃまはエルの居ないところでエルの知らない女と二人で歩いてるんですか?
「いや、コイツは……」
『そんなに慌てなくても大丈夫ですよ坊ちゃま。エルはちゃんと分かってますから。勘違いされちゃったんですよね。坊ちゃま優しいからそのメスが坊ちゃまの事を勝手に好きになったんですよね。坊ちゃまは嫌がったのに無理やりせがんできたんですよね。でも坊ちゃまは優しいから怒ったり出来なかったんですよね。何も言えなかったんですよね』
街灯の影から出ると、エルグランディアは足音も立てずに近づいた。喜楽の感情は勿論、怒りや哀しみすら一片たりと見られない。
「いやお前なにも分かってない! 全然違う!」
事態を飲み込めず頭の上に「?」マークを浮かべるエーラ。そんな彼女を庇うよう、カズキは半歩前に出た。
『違うんですか? 坊ちゃまも合意の上だったんですか? それとも坊ちゃまの方から? なんでなんですか? エルに言ってくれれば、どんなことでもしてあげるのに? 坊ちゃまのためならエルはどんなことだって出来るのに……!?』
エルグランディアは力なく項垂れた。かと思えば『フフフ』と不穏な笑みを漏らしてエプロンドレスから出刃包丁を取りだして握る。
「おい、やめろエル!」
不敵な笑みを浮かべて近づくエルグランディアを、カズキが羽交い絞めにした。
『なんで止めるんですか坊ちゃま。エルはこれから害獣駆除をするんです。離してください』
「いや止めるわ! てゆーかお前、
『大丈夫ですよ坊ちゃま。純粋な坊ちゃまを
「怖いわ! なんでちょっとユーモア!? ブラックどころかダークネスだけど!!」
『坊ちゃまはメンチカツの方がお好みですか?』
「そういう問題じゃねーわっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます