第055話 生まれ変わり

 南館3階の談話スペースの円卓に三者面談みたくカズキらは座っていた。目の前に置かれた缶珈琲は3本とも未開封のままだ。


「先生」


三者が一様に三者を見つめるなか、カズキが沈黙を破るように口を開いた。


「なんでエーラの名前を知ってたんですか。俺、名前は言ってなかったハズですけど……」

「そうだね。長い話は面倒だし結論から言おうか。私の仮説でよけれだけど」


ようやく缶珈琲を開けて一口含むと、片桐かたぎりたゆねは珍しく真面目な視線を向けた。


「おそらく〈アクマ〉は……AIVISアイヴィスの生まれ変わりだと思う」


片桐たゆねの言葉が鼓膜を震わせた瞬間、カズキの額に浮かんだ汗が頬を伝った。


「私は子供の頃、よく祖父の別荘……君たちが住処すみかにしている屋敷に遊びに行っていたんだ。

 当時AIVISアイヴィスはまだ稀少だったけど、別荘には2機の家政婦型ハウスロイドが居た。そのうち一機がキミに瓜二つなんだ」


言いながら片桐たゆねは椅子にもたれ掛かり、夜景の中に映る不気味な屋敷を見遣みやった。


「ここまで言えば分かるだろう。エーラ、君は屋敷に残された家政婦型ハウスロイドが転生した姿……すなわち〈アクマ〉はAIVISアイヴィスの生まれ変わりだと私は考えている」


明瞭な片桐たゆねの声が再び静寂を運んだ。カズキは黙したまま眉一つ動かさない。


「その様子だと、長瀬ながせ君も同じ考えかな?」

「……いえ。俺は転生とか生まれ変わりとか、そんなことは1ミリも想像してなかったです」

「その割には落ち着いて見えるけどね」

「そうですか?」


わざとらしく首を傾げながら、カズキは目の前の缶珈琲に手を伸ばした。


「ただ〈イロハネ〉のこととかライナのことを考えたら……AIVISアイヴィスと生物の違いなんて今更よく分からなくて」


自嘲じみた笑みを浮かべ、驚き絶句する二人を置き去りに「いただきます」と缶珈琲を開けた。


「ところで、もう一人マイアという子は居なかったかな? 君と同じ屋敷の家政婦型ハウスロイドだった」

「はい。私と同じく〈アクマ〉として屋敷に住んでいます」

「彼女も元気かい?」

「はい」

AIVISアイヴィスだった頃の記憶は? さっき私を見て『お嬢様』と言ってたよね?」

「ありません。お嬢様の御姿おすがたを拝見した途端、反射的に言葉として表れました」

「それは不思議だ。大人になった私を認識できるなんて。AIVISアイヴィスだった頃の記憶が断片的に残っているのかな」


片桐たゆねは缶珈琲をまた一口含んだ。オレンジベージュの口紅が缶の飲み口に跡を残す。


「ですが私は、屋敷の外や飲食物など存じ上げませんでした」

「それはたぶん、AIVISアイヴィスの時に経験したことしか蓄積していないからだろう。

 たとえばエーラが流暢に話せるのはAIVISアイヴィスの頃に祖父や私と会話をしていたからだね。

 食べ物のことを知らないのはAIVISアイヴィスが食事をしないからだ。その証拠に君は掃除が得意じゃないかな?」

「はい、心得ております」

「やっぱりね」


落ち着いてきたのか、片桐たゆねは自分を納得させるように頷いた。


「先生はいつから〈アクマ〉がAIVISアイヴィスだって気付いたんですか?」

「長瀬君に〈アクマ〉の特徴を聞いた時からかな。『モノを食べなくていい』とか『欲がない』とか。機療きりょうをしていたこともね。今まで確証が無かったから何も言わなかったけど」


バツが悪そうに言いながら片桐たゆねはまた缶珈琲を一口含んだ。カズキも同じく喉の渇きを癒す。


 二人の真似をしてエーラも缶珈琲を開けようとしたが、プルトップの開け方が分からず爪で飲み口を引っ掻いていた。見かねたカズキは何も言うでもなく開けてやった。


「それにしても、君達も処分されたもとのばかり思っていたよ。祖父が亡くなってから屋敷に行くことはほとんど無かったから」

「マイアが言うには、我々は屋敷の物置と呼ばれる場所で生まれたと」

「そうか。何にせよまた会えて嬉しいよ、エーラ」

「お嬢様も御壮健で何よりです」

「良ければまた会いに来てくれないかな。もっと君と話がしたいんだ。できればマイアとも」

「……よろしいのですか?」

「問題ないよ。この学校は普段から外部の人も居るしね。そうだ、入校証を渡しておこう。それがあれば校内でも堂々と――」

「そうではありません」


エーラは言葉を詰まらせた。次句を選んだわけではない。スカイライナーが長い首を覗かせて甘えてきたからだ。

 蒼い金属の頭を撫でながら、エーラは真っ直ぐに片桐たゆねを見た。


「私は〈アクマ〉です。人間とは違います。そんな私がお嬢様と関わるのは、はばかられるのです」

「なんだ。なにを言うかと思えばそんなことかい」


どこか暗いエーラを気遣うかのよう、片桐たゆねは明るく笑った。


「確かに人間は差別する生き物だよ。自分とは違う存在を受け入れがたい。AIVISアイヴィス蔑視べっしする風潮も未だに絶えない。

 だけど人間全部がそうじゃない。少なくともこの学校の子達は、そんな感情は持ってないと思うよ」

「なぜですか?」

「私達は機核療法士レイバーだからね」


朗らかな笑みを向けて、また珈琲を一口飲んだ。

 言葉の意味が分からず、エーラは不思議そうに首を傾げながら缶珈琲を煽った。

 けれど直後、ケホケホとむせびだす。


「おい大丈夫か?」

「ごほっ……人間は、こんな苦い食べ物も口にするのですね」


意外なエーラの一面に、カズキとマイアは顔を見合わせた微笑んだ。

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