第059話 可愛い女の子だらけのハーレム王国

 冷たいアスファルトの上でカズキは大の字に夜空を見上げた。


『大丈夫ですか坊っちゃま!! 怪我とかしてませんか?!』


エプロンドレスと大きな胸を揺らしながら駆け寄ったエルグランディアに支えられてカズキはようやくと起き上がった。


『なんですかあのトラックは! ライトも点けないしクラクションも鳴らさないで! 居眠り運転ですかね! 

 それより坊ちゃま、あの赤い鎧みたいなヒトは誰なんですか? もしかして今までもあんな危ない目にあってたんですか?!』


まくし立てるエルグランディアに何と答えて良いか分からず、カズキは口籠り当惑を表す。

 

 ドサッ……。


と、カズキらの遣り取りを遠巻きに見ていたエーラが突然と倒れた。


「エーラ!」


偃月刀えんげつとうを放り出し、カズキは駆け寄った。

 力なく横たわる〈アクマ〉の少女は、黒紫の鎧を消して人間らしい風貌に戻っていた。


 肌には大量の汗を浮かべ、頬は赤く呼吸も荒い。弱々しいエーラを静かに抱き起すと、彼女の薄い胸元に蒼い右掌を宛がい橙色の粒子を放った。

 すると直後、エーラの顔から徐々に汗と赤みが引いて、まぶたが重たげに開かれる。


「大丈夫か?」

「ええ……手間を取らせました」


覚束おぼつかない足取りで立ち上がるが、エーラはまたすぐ倒れそうになった。

 儚げにか細い少女に、隣で見ていたエルグランディアが手を差し伸べる。


『勘違いしないでください。坊ちゃまが他の女に触ってほしくないだけです』


つっけんどんに言いながら、エルグランディアはエーラの肩を抱き支えて歩きだした。


『仕方ないですから、お家まで送ってあげます』

「……よろしいのですか?」

『坊ちゃまのこと助けてくれたみたいですし。悪い人じゃないみたいですから。

 でも勘違いしないでください! 坊ちゃまはエルの坊ちゃまですからね!』


片頬を膨らませながらエルグランディアはエーラと共に屋敷へ向かった。

 カズキも後に続いて蒼い鎧を分離させた。元に戻った途端、スカイライナーは手の平を返したようにエルグランディアへ擦り寄っていく。


『ちゃんと元に戻るんですね。やっぱり〈テンシ〉っていうのは本当なんですね』

「まだ疑ってたのかお前」

『だってエルはAIVISアイヴィスですから』


などと言っているうちに3人は屋敷に到着した。

 「ありがとうございました」とエーラが頭を下げた時は、エルグランディアもどこか得意げだった。


 そのまま別れれば良かったものを、「今度は二人きりで会いましょう」などとわざと大きな声でエーラが耳打ちしたせいで、エルグランディアにまた火が付いてしまった。

 激昂するエルグランディアをなだめながら、カズキは屋敷を後に駅へと向かった。


 『まったくもう! なんなんですかあのヒト!』

「そんなに怒るなよ。お前も見ただろ。時々ああして機療きりょうしてやらなきゃダメなんだよ」

『それは、つまり人助けってことですね』

「そうそう。人助けヒトダスケ」

『じゃあ、あの〈アクマ〉の女に変な感情もってないですよね』

「変な感情ってなんだよ」

『えっちなことしたいとか』


沸騰したようにカズキは赤面して「ぶっ!」と口をすぼめて吹き出した。


「な、なに言ってんだお前!」

『だって坊ちゃま、真面目そうな顔して意外とムッツリさんですもん。「自分が〈王〉様を倒したら、可愛い女の子だらけのハーレム王国でも作ろう」とか考えてません?』


言われてカズキは固まった。脳内では水着姿で恥ずかしそうに微笑むエーラとマイアの姿がイメージされる。


『今「それもアリだな」って思いましたね』

「おっ、思ってない……!」


カズキは顔を背けた。目線泳がせるカズキに、エルグランディアの能面のうめんのような顔が迫り寄る。


『じゃあ坊ちゃまの創りたい世界っていうの言ってみて下さい。ハーレムじゃないのなら、坊ちゃまはどんな世界を願うつもりなんですか?』


翡翠ひすい色のジト目に、カズキは苦笑と汗を浮かべた。

 返答に迷った。

 創りたい世界や望む世界が無いわけじゃない。 

 ただ「世界を変えたい」という思いが先行しているだけで、カズキにはまだ言語化できなかった。


「えー……と、平和な世の中とか」

『嘘ですね』


適当に誤魔化してみせるも、やはり一瞬の間もなくエルグランディアに切り替えされた。


「なんで断言できるんだよ」

『だって坊ちゃま、そんな聖人みたいな人じゃないですもん』


図星をつかれ押し黙るカズキの横面に、瞬きもないエルグランディアの視線が射られる。

 何か言わなければと、カズキは焦った。

 かといって金や頭脳など適当なことをのたまえば、エルグランディアの疑念を一層募らせることは明白だろう。

 小さな溜め息をついたカズキは、「んんっ」とわざとらしい咳払いした。


「エル、確かお前このあいだ『人間になりたい』って言ってただろ?」

『えっ、まさか坊ちゃま……』

「……これ以上、俺の口から言わせるなよ」


キザっぽい口調を気取ってカズキは短い髪をかき上げる。

 明らかに不自然な態度だが、エルグランディアは向日葵のような笑顔を取り戻した。


『ごめんなさい坊ちゃまっ! エル、てっきり坊ちゃまが浮気してるのかと思ってましたっ。

 そうですよね、坊ちゃまがエルを裏切る訳ないですもんね。坊ちゃま、エルと結婚するっていう子供の頃の約束覚えててくれてたんですよねっ』

「え、あ、うん、まぁその……ずっと一緒なのは、間違いないと思うけど」


『えへへ』と照れくさそうにするエルグランディアの笑顔が、カズキの胸を締め付けた。

 そんな後ろめたさなど知る由も無くエルグランディアは嬉々としてカズキの腕に抱きついた。


『もう~、坊ちゃまはホントにしょうがない人ですねっ。エルの為に体張ってくれてたなんて感激ですけど、無理して怪我とかしないで下さいねっ』

「……気を付ける」

『あと浮気も』


光ないエルグランディアの眼が、カズキの背中に冷や汗を滲ませた。


「ていうかお前、最近の弁当がオニギリだったのはこれが理由か?」

『はい。ずっと坊っちゃまの後を尾行してたので。ご飯作る時間無かったんです』


曇りのないエルグランディアの笑顔に、カズキは大きな溜息を吐くことしか出来なかった。

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