第003話 AIVIS《アイヴィス》

 終業のベルが校舎に鳴り響くと同時、女性教諭は早々と教室を後にした。


 カズキもスポーツバッグ片手に廊下へ出ると、途端に大きな欠伸あくびをかました。


「眠そうだね、長瀬ながせ


振り返れば、先の授業で指名を受けていた好青年が微笑んでいる。


 彼は御堂みどうツルギ


 カズキよりも頭ひとつ背が高く、いかにも好青年といった雰囲気を漂わせている。


長瀬ながせは今日もお弁当?」

「ああ。エルが持ってきてくれると思う」


カズキが答えると御堂みどうツルギはニコリと笑った。陽光のようなその笑顔は、性別を問わず多くの人間を魅了してきたことだろう。


「えーなー、長瀬ながせクン。いっつも羨ましいわー。ボクなんか毎日コンビニやのに」


そう言って御堂みどうツルギの後ろから顔を出したのは、日室ひむろ遊介ユウスケ。いかにもな関西弁に加え、小洒落た若者といった風体が剽軽ひょうきんな印象を与える。


「今日も屋上だよね」

「そうだな。おーい、ライナ!」


振り返ったカズキが叫ぶと、隣室から蒼い機械獣・スカイライナーが姿を現した。

 カズキらに合流したスカイライナーを引き連れ、一同は屋上を目指した。


「なぁ長瀬ながせクン」

「なんだよ、日室ひむろ

「前から思っとってんけど、このコなにをモチーフにしとるん?」


後ろを付いて歩くスカイライナーを、日室ひむろ遊介ゆうすけがしげしげと見やる。


「狼とか龍とか。あと虎に蛇。とにかく強そうにしたかった」

「なるほど、確かに強そうだね」


人好きのする笑顔で、御堂みどうツルギがスカイライナーの蒼い頭を撫でた。


「なんや御堂みどうクン、えらい手慣れとるね」

「僕の家にも馬が居るんだ」

「馬て、どんだけ金持ちやねん。財閥なん?!」

「財閥じゃないよ。父は実業家だから」

「いやマジメか」


などとフザケながら、3人と1機は屋上に続く階段を上がった。

 重々しい扉を開けば、そこには芝生の屋上が広がっている。まだ6月だというのに、照り付ける太陽がいやに眩しい。


『お疲れ様です坊ちゃま』


整った芝の一角では、桃色髪のメイド――エルグランディアが満面の笑みを浮かべ手を振っている。


 けれどカズキはソッポを向いた。反して御堂みどうツルギが爽やかに、日室ひむろ遊介ゆうすけは鼻の下を伸ばし手を振り返した。


 それでもエルグランディアはニコニコと笑いながら、広げたシートの上にランチボックスを並べた。見ればサンドイッチがこれでもかと詰め込まれている。白い食パンに挟まれた彩鮮やかな食材が、カズキの胃袋を刺激した。


「エエな~、長瀬ながせクン。いっつも温ったかい弁当食べれて」

「お前にはコレがホットサンドに見えるのか」

たとえやんか……にしてもエエな〜、ボクもこんな可愛いメイドさん欲しいわ~」

『えへへ。それほどでもありますけどぉ。でもゴメンなさい、日室ひむろさん。エルはもう坊ちゃまのモノなんですぅ』

「かあ~! そんなんボクも言われてみたい!」


大袈裟なリアクションを取りながら、日室ひむろ遊介ゆうすけは総菜パンとコーヒー牛乳を取り出した。


 「ははは」と楽しそうに笑う御堂みどうツルギも、重箱入りの華やかな弁当を並べる。


 スカイライナーは蒼いボディを器用に動かし、カズキの隣に犬みたくお座りをした。


御堂みどうさんや。お前さんのローストビーフと、この野菜サンドを交換しやせんか?」

「そんなことしたらエルさんに悪いよ。せっかく長瀬ながせのために作ってくれたんだから、君が責任もって食べないと」

『さすが御堂みどうさん、良いこと言います! 人格者です! そうですよ。ちゃんと責任とってくださいね、坊ちゃま!』

「……」

『責任とってくださいね!』

「……」

『責任――』

「あーもー、うっせーな! 食えばいいんだろ食えば!」


これ見よがしに、カズキはサンドイッチを口いっぱい詰め込み紅茶で流し込んだ。


「ちょいちょい、長瀬ながせクン。女の子にそないキツイ言い方するもんやないで」

『そーですよ、坊ちゃま。女性には優しくしないとモテないですよ。モテたら困りますけど』

「せやで。ボクなんか何よりも女の子を大事にしとるで?」

「そう言う割に、日室ひむろが女子にモテてるところは見たことないけどね」

「それ言うたらアカンで御堂みどうクン!」


泣き真似をする日室ひむろ遊介ゆうすけに、一同から明るい笑い声が響いた。


 そうして3人が昼食を摂る一方で、エルグランディアは一向に手を付けない。

 茶を注いだり手拭きを取ったりと、カズキの世話をするばかりだ。

 けれど、それは当然の光景。


 なぜならエルグランディアは【AIVISアイヴィス】なのだから。


 人間とたがわぬ姿を持ち、人間と同じ言葉を交わし、人間のように表情を変える。


 けれど彼女は人でない。


 人間の手よって創り出された不自然の命を持つ、人工生体アンドロイド


 それが、【AIVISアイヴィス】。

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