第015話 立花泉美《たちばなイズミ》

 LTS第三支部校の最寄り駅は、デルタアイランドの外周を走るモノレールトレインだ。

 高架を走る自動運転のローカルトレインに揺られて北へ向かえば、ほんの15分ほどで終点の三都さんのみや駅に到着する。


 県内随一の市街地でありオフィス街であり観光地でもあるこの街に私鉄や地下鉄などの各線が集う。

 デルタライナーを利用するLTSの生徒らもほとんどがこの三都さんのみや駅で乗り換えを行う。


 カズキも例外ではない。


 モノレールから私鉄電車に乗り換え、10分も揺られて閑静な住宅街の駅で下車する。

 住居と自然が調和した心地良い静かな街。


 そうして駅から川沿いに北上すれば、美しい並木通りの先にレトロな雰囲気を醸す小さなカフェが現れた。

 表の小さな看板には〖Cafe Flare〗と味気無いゴシック調で描かれている。


 木製のドアを手動で開かば、ノスタルジックなベルの音と香しい珈琲の匂いに出迎えられる。

 客のいない静かな店内には、名前も知らないBGMだけが寂しげに音を奏でている。


「ただいま、泉美イズミぇ」


カウンターの向こうに居る女性へ声をかけると、彼女は微笑みも返さずカズキを見やった。


「おかえり、カズ」


切れ長の双眸そうぼうと黒く長い髪。整った鼻筋にシャープな顎のライン。長身かつ細身の体。

 遠目から見ても端麗な容姿だが、本人は身形みなりに関心が無いのか黒のスキニーパンツに白いブラウスという味気ない装いで、火種の無い煙草を口に咥えている。

 

 カズキはカウンター席に腰を下ろし、スカイライナーは足元でお座りをする。

 女性はおもむろに手動のミルをき始めた。ギコギコと珈琲豆の砕かれる音がBGMと協奏する。


「エルは?」

「とっくに帰った」


カズキの問いかけに、女性は淡白な様子で答えた。

 豆を挽き終えドリッパーに移し、銀色のケトルから湯を注ぐ。すると店の中に充満していた香ばしい匂いが、芳醇な香りへと昇華した。


「いつも思うんだけどさ」

「なにを」

「なんで火ぃ点いてない煙草くわえてんの?」

「店の中で吸うとエルに怒られる」


氷をふんだんに入れたグラスへ珈琲を注ぐと、ストローを差しガムシロップとミルクを添えてカズキに差し出した。


「じゃあもう煙草やめれば?」

「無いと落ちつかん」


今度は白いカップにい珈琲を注ぎ始めた。カズキもミルクとガムシロップを加える。


 彼女の名は立花泉美たちばなイズミ。この喫茶店カフェのれっきとした店主だ。

 数年前まで彼女の祖父が喫茶店を経営していたこの店に、幼い頃のカズキもよく遊びに来ていた。


 両親が共働きだった幼いカズキのため、親戚関係にある彼女は学生の頃からよく面倒を見ていた。

 だがカズキが小学校へ上がると、彼女は進学のために上京し、卒業後も東京の企業に就職していた。


 立花泉美たちばなイズミに両親は居なかった。親同然の祖父だけが唯一の家族。


 だがその祖父も4年前に天寿を全うした。


 葬儀以外で彼女がこの町に戻ることは無かった。にも関わらず、数か月前から祖父の後を継いでカフェを立ち上げた。


 なぜ地元に戻ってきたのかと、カズキは何度も尋ねた。だが立花泉美たちばなイズミは「前からジイさんの店を継ごうと思ってた」と、いつも同じ答えしか返さない。


 確かに土地や店舗の権利関係は直系卑属ちょっけいひぞくの彼女に全て相続されていた。祖父の住んでいた家や家財などはほとんどを売却し相続税も納めていたが、店舗だけは手放さなかった。 


「店、どうなの?」

「ぼちぼち」


客のいない店内を見回しながらカズキは尋ねた。

 けれど簡素な返答は暗に「それ以上は何も聞くな」と含んでいる気がして、カズキは黙ってアイスコーヒーを啜る。


「そっちは学校どうなん?」

「ぼちぼち、かな」

「そう」

「うん……ああ、でも機療きりょうはちょっとだけ遣り甲斐あるかも。座学は苦手だけど。あの学年主任の先生に今日も怒られた」

「センパイか。あれクソ真面目だから。LTS学校が出来てすぐの機核機療士レイバーだから。アタシもたゆねも死ぬほど怒鳴られた」


特に懐古感もなく言うと、立花泉美たちばないずみはBGMを切った。ドリッパーを洗い、キッチンを清掃する。


「……なぁ、泉美姉イズミねぇ」

「ん?」

「なんで企業機療士レイバー辞めてこっちに戻ってきたの? やっぱり俺が――」

「またそれかよ。アンタは関係ないって何度も言ってんでしょーが」

「じゃあ、なんで喫茶店なんかやってんだよ。そのまま企業に勤めてれば生活だって…」


バツが悪そうに俯くカズキに対して、立花泉美たちばなイズミはおおむろに煙草へ火を灯した。

 そして不味そうに紫煙しえんくゆらせると、


「人間関係」


つまらなそうに答えて閉店準備を続ける。

 妙な納得を覚えたカズキは、それ以上はなにを聞き返すこともなかった。

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