第047話 ミステリアス

 北館の西に建てられた大きな講堂。映画館のような重々しい扉を開けば、コンサートホールや映画館を思わせる布張りのシートが並んでいる。

 2階席もあり全校生徒を納めてなお十分な席数を誇っている。


 壇上の向こう側は前面ガラス張り。ヤシの木を植えた外庭と人工埠頭の海が相まって、美しい景観を演出している。


 講堂での講義は他のクラスと合同で行われるため見慣れない顔も多い。そんな中でカズキらは適当な席を見つけて座った。

 奥から御堂みどうツルギ、日室ひむろ遊介ゆうすけ、カズキ、そしてエルグランディアの順に隣に座った。スカイライナーは足元で犬のように寝転がる。


「いや、なんでお前もいるんだよ」

『いいじゃないですか別に。それともエルに居られたら困ることでもあるんですか。昨日だって頬っぺた真っ赤にして帰ってきましたけど』

「だからそれは暴走したAIVISアイヴィスのせいだって言っただろーが。おい誰か弁護してくれ」


「間違いないよ。私が保証しよう」


唐突と会話に割り込んできた声に振り返ると、片桐かたぎりたゆねが腕組みして頷いていた。相変わらずの神出鬼没ぶりだ。


「その件で長瀬ながせ君がBRAIDブレイドを使ったのは事後申請が出てるし、機療きりょうしたAIVISアイヴィスも学課部に納められてる。だけどレポートはまだかなと思って」

「あっ、そうか。忘れてた」

「ついでにその時の詳しい話を聞きたいから、今日の放課後に私のとこへ来てよ」

「えー……」


面倒臭そうにボヤくカズキの肩を軽快に叩き、片桐たゆねは優しく微笑んで「それじゃあ」と軽やかに立ち去った。


「いつもながら不思議な先生だね」

「そこがミステリアスで良いエエねやんか」


いつの間にか元気を取り戻していた日室遊介が、片桐たゆねの後ろ姿を溶けた面で見送った。


日室ひむろさんはミステリアスなお姉さんが好きなんですか?』

「ミステリアスな人に限らんと、女の子もお姉さんも大好きやで!」

御堂みどうさんもですか?』

「僕は……うん、そうだね。ミステリアスな女性は魅力的だと思うよ」

「へー、そうなのか」

「なにが?」

「てっきりお前のことだから女の好き嫌いとか無いと思ってた」

「ボクもボクも」

「なんだよ。僕だって女性の好みくらいあるよ」


悪気ないカズキらの揶揄やゆに頬を赤らめながら御堂みどうツルギは珍しく反意を示す。

 そんなカズキらの遣り取りの横で、エルグランディアが自身の豊かな胸をゆさゆさと両手で持ち上げていた。


「なにしてんだお前」

『坊ちゃま。エルのこのおっぱいは何カップだと思いますか?』

「ぶっ!!」


キリリと真剣な眼差しのエルグランディアにカズキは思わず吹き出して、隣の日室遊介は目を血走らせながら身を乗り出す。


「え、ちょ、どないしたん急に!? 今日はなんかのサービスデーなん?! ほんでほんで!? 答えは何カップなん!?」

『フフフ。正解は……秘密です!」


胸を持ち上げるよう腕組みして、あたかも推理ドラマの探偵みたく得意満面の顔を作ってみせた。


『どうですか坊ちゃま! エルもミステリアスだと思いませんか?!』

「……なあ御堂。AIVISアイヴィスのバカを治すには機療きりょうは使えるのかな」

「ど、どうだろうね」


やはり頬を染めながら引き笑い浮かべる御堂ツルギとは反対に、エルグランディアは胸を強調するようなポーズで尚もアピールする。


 そうこうする内に他の生徒達が続々とホールへ集まった。授業開始のベルが鳴るや、前面の大型ガラス窓が黒く変色し場内は暗転する。


 薄明りのなか学年主任の女性教諭が壇上に立つと、黒いガラス窓が巨大なモニターとなってスライドが映し出された。


 「――次のように、近年では技術革新によって単純労働の多くをAIVISアイヴィスなどの機械が担うようになった。

 日本では【機核法きかくほう】によって個人が所有できるAIVISアイヴィスに制限を設けており自動車やバイクと同様に免許が必要となる。お前達も有しているように、免許の取得は15歳から可能だ。

 では個人が所有できるAIVISアイヴィスは何機までと定められているか、答えろ」


学年主任に視線で指され、手前に座っている女子生徒が立ち上がった。


「一人1台です」

「よし、座れ」


女子生徒は頷き、静かに着席する。学年主任は抑揚もなく講義を続けた。


「個人が許可なく複数のAIVISアイヴィスを所有することは出来ないが、法人および企業においてはこれが緩和され、事業所の人数や業種に応じて所有できる上限は変動する」


流れるような説明に合わせて、映し出される映像も切り替わっていく。


「なおAIVISアイヴィスに携わらせる職務には制限がある。運送・給仕・清掃・会計業務等はAIVISアイヴィスにも可能であるが、医療・司法・立法・その他専門性の高い職種では業務に制限が設けられている。

 医療を例に挙げればAIVISアイヴィスが医師に代わり診療を行うこと、薬剤師に代わって服薬指導を行うことなどである。では次に――」


大きな講堂内でも張り詰めた空気が生徒らを緊張させる。そんな中であっても日室遊介は睡魔に負けていた。

 カズキも欠伸あくびをかます度、エルグランディアに脇腹を小突かれた。

 3人の中では御堂ツルギだけが難しい顔で授業を聞き入っていた。

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