第024話 イロハネ

 夢を見ていた。

 

 暗い闇に包まれた夢。カズキはそこで独り佇んでいた。

 すると突然、闇の中に1つの炎が灯った。それを皮切りとばかりに炎が次々と現れて、虚無の空間を光で満たした。


 黒の世界は純白に塗りつぶされ、見慣れた光景が作り出される。

 白の世界では褐色の女が頬杖をついて、大きな布を纏い上胡坐あぐらをかいていた。


「よぉクソガキ。やっと始まったな」

「なにが」


つっけんどんなカズキの態度に、女は「ククク」と小馬鹿に笑った。


「とぼけんなよ。ゲームさ。あの女から聞いただろうが」

「覚えてない」

「馬鹿言ってやがる」


嘲笑的な笑みを浮かべたまま、女は「まあいい」と静かに右手を突き出した。

 そのまま掌を真横に動かせば、描いた軌道上に炎が生まれる。

 青や緑、黄色といった色取り取りの炎が12個。規則正しく並んで揺らめいて。


「こいつらは〈テンシ〉だ。オレ達が人間の中から選んだ。お前もこの中の一人だ」


続いて女は人差し指を立てた。円を描くようにその指先を回せば、いくつもの炎が現れ不規則に周囲を漂った。

 だが新たに生み出されたそれは〈テンシ〉の炎よりも暗く小さい。


「こっちは〈アクマ〉だ。お前たち〈テンシ〉とは少し違う」


規則正しく並ぶ明るい炎と、出鱈目に漂う暗い炎。女がパチンッと指を鳴らせば、辺りを飛び回る炎の一つが女の手に降りた。それは一瞬のうちに赤みを増して、緋色ひいろの炎へと生まれ変わる。


「このゲームの目的は次の〈セカイ〉とその導き手を決めることだ」


女の手中にある緋色ひいろの炎が、ゆっくりとカズキの目の前に飛来した。

 まるで人魂のよう。だが熱は感じない。常に形を変えて浮かぶ炎は、心の模様を映し出していつかのようにカズキは思えた。


「ソイツは〈王〉だ。ゲームに勝つにはソイツを殺せ。〈王〉を殺したヤツが次の〈セカイ〉を創る」

「次の〈セカイ〉……」


あかい炎を茫然と見つめるカズキ。その心を見透かしたかのように、女は「フン」と笑った。


「時の流れは〈セカイ〉を変える。それと同じくして常識や文化も変わる。その時代が長いか短いかは知らねェ。だがまた変革の時が来た。コイツはそのためのゲームだ」

「平成が令和になったみたいな?」

「違う。元号だ日付だのと定義された話じゃねェ。前の奴もそうだった。あの野郎が機粒菌きりゅうきんを使って今の世の中を作った。お前は知らねェだろうが、その1つ前のヤツぁ情報通信の無い世界を創ったぜ」


パチンと、女が再び指を鳴らした。すると辺りを漂う炎の群れが連鎖するように次々に消えていく。

 最後に残ったのはカズキの手にある緋色の炎。

 それも女の元へ引き寄せられると、真上に放り上げられた。

 

 高く上がった炎は花火のように破裂し、同じ色を辺りに散りばめる。


「〈王〉を殺したヤツは〈セカイ〉を変えられる。もっと言やぁ、その権利が与えられるのさ。

 金だろうと地位だろうと資源だろうと、そついが望んだ〈セカイ〉は必ず実現される。

 お前らが当たり前に思ってる機粒菌きりゅうきんも、元をただせばこのゲームの副産物にすぎねェ」

「バトルロイヤルかよ。『望む世界を実現できる』とか。そんな感じの漫画や映画、今まで何度も観てきたよ。ありきたりだ」

「だからこそ真実だ。事象の根幹ってモンは、常に至極単純なのよ。斬新な発想だ奇抜な設定だなんてもんは糞喰らえだ」


女は惜しげもなく答えた。理屈にならない論理にも関わらず、女の言葉はなぜか受け入れられる。

 言葉にできない感覚が不気味で、カズキは女から視線を外した。


「その〈王〉ってのはどこに居るんだ」

「〈王〉は〈アクマ〉によって生みだされる。もしかすると既に生まれてるかもしれねェな」


女はまた掌を上に向けると、その中にオレンジ色の炎を生み出した。まるでキャッチボールのように、カズキに向けて投げた。

 受け取った炎は、優しい夕焼け色に輝いて。


「〈イロハネ〉」


手の中の炎を見つめるカズキの視線は、女の言葉によって引き戻された。


「忘れるな。このゲームは〈イロハネ〉だ」


木霊する声だけ置き去りに、女はカズキの前から消えて無くなった。


 空間はすぐに白から黒へと移り変わる。

 暗黒の世界で唯一の明かりは手中の炎。

 しかしそれさえも消えれば、世界は一瞬のうちに無と化した。


 壁や地面さえ存在しない虚無の空間で、カズキは深い意識の海に沈む。


 永遠に続く心地よい水の中。

 そこは音も光も届かぬ闇。

 けれど何か聞こえる。

 誰かが自分を呼んでいる。


 目には見えない声の糸がカズキの意識を捕らえ、現実という水面に引き上げた。

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