第022話 ありがとう
響かない音を奏で、背面装甲から放射状に広がる
赤鎧はすでに女を追う素振りさえ見せない。変貌したカズキを見据え、静かに距離を詰めてくる。
けれどカズキは怯まない。竦んだわけでもない。決して赤鎧から眼を逸らさず左腕を引いた。スカイライナーの頭部を腰の位置で構えるような恰好だ。
赤鎧は突然と走り出し、拳を振り上げた。
同時、カズキの左腕に
迫る赤鎧の拳が、カズキの顔面を目掛ける。
カウンターの要領でカズキも左腕を突き出せば、スカイライナーの口腔から衝撃波が放たれた。
橙色の波動は赤鎧の巨躯をも吹き飛ばして、弾かれた赤鎧は不格好な四つの手で着地する。
放たれた橙色の衝撃。その残滓がカズキの制服をはためかせた。
無機の眼でカズキを睨み付けながら、赤鎧は静かに立ち上がる。
スカイライナーの左腕を降ろせば、今度は右腕の
篝火のような右手を携え、カズキは走り出した。
赤鎧は丸太のような蹴りで迎え撃つ。
赤い蹴りがカズキの左肩を直撃する。だがカズキは揺らがない。
そっと静かに、赤い腹部へ右掌を当てた。
バシュンッ! 放たれた橙色の光子は、瞬く間に赤鎧の体へ融け消える。
よろめき後退する赤鎧は、膝をついて前のめりに倒れた。
「……ふぅっ」
俯けのまま微動だにしない赤鎧。
張り詰めた緊張を解くようにカズキが吐息漏らせば、蒼い装甲は光り輝き、湧き出ずる光子が全身を取り巻いた。
体覆う光の群れは、まるで意思を持つかのように集約されて、傍らに動物を形取った。
すると瞬く間にスカイライナーが現れた。
蒼い馬のボディに長い龍の首、オオカミを思わせる目と牙。虎のように逞しい脚と銀色の尾。しかもそれら全て、赤鎧に破壊される前の健全な姿だ。
同時にカズキの姿も元に戻った。白い制服に手甲型の
不思議な高揚感に包まれながら生身の腕を見つめていると、スカイライナーが小走りに寄って鼻先を押し付けてきた。
「ちょ、なんだよ。どうした」
『グルッ!』
まるで飼い犬が主人にじゃれつくよう。蛇の尻尾を左右に振って。硬く冷たい装甲は少し痛いが、それでもカズキは首や頭を優しく撫でた。
『グル』
すると突然、スカイライナーが振り返った。倒れる赤鎧を見つめている。
「そうだな。放っとけねーか」
片膝ついたカズキは赤鎧に右手を伸ばした。LTSまで運ぶつもりだった。
けれどその瞬間、赤鎧は勢いよく立ち上がり拳を振り上げた。
「……っ!!」
驚きのあまりカズキは目を瞑って身構えた。しかし攻撃は繰り出されない。
恐る恐る瞼を開けば、赤鎧は脱兎のごとく逃げ出していた。
「ま、待て!」
後を追おうとするも、ダメージが大きく足元が覚束ない。スカイライナーと同じく怪我は治っているものの、体力は回復されないらしい。
よろめき倒れるカズキの頭上に影が差し込んだ。見上げれば、そこに銀髪の女が立っている。
「キミは……」
「私は関わるなと言った」
白銀の女はスカイライナーを一瞥した。長い首を傾げながら、蒼い機械獣は尻尾を左右に振った。まるで本物の犬のような仕草だ。スカイライナーが製作されてから、そんな素振りは一度も無かった。
「これがお前の
「え?」
「覚醒したからには逃れられん。生き永らえたくば精々足掻くことだ」
それだけ言い置くと、女は身を翻し去ろうとする。
「あっ、ちょっと待って!」
その背中をカズキの声が呼び留めた。
足を止めた女は赤い横目でカズキを見遣る。
「なんだ」
「キミはあの赤い鎧のこと……それに、俺がさっき成った姿のこと、何か知ってるんですか?」
「〈イロハネ〉」
「イロ……なに?」
「お前が身を投じたこの遊戯の名だ。案ぜずとも、すぐに全てを理解する。それと――」
白銀色の女は真っ直ぐにカズキを向いて、
「ありがとう」
少しだけ柔和に微笑んだ。
ドクンとカズキの心臓は高く波打って、頬が熱くなるのを感じた。
銀髪の女が立ち去ってしばらく、カズキは惚けた顔のまま高架下から動くことが出来なかった。
そんなカズキを、スカイライナーが不思議そうに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます