第049話 ヘンタイ

 「赤鎧は〈アクマ〉に操られたAIVISアイヴィスなのかも」


ふと思いついたようなカズキの答えに、片桐たゆねは不敵な笑みを浮かべた。


「それは面白い推察だね。でも、だとすれば版権型キャラロイドを持っていたのはどうして?」


「〈アクマ〉の命令でAIVISアイヴィスさらってきたんじゃないですか?」


「だけど版権型キャラロイドは既に機粒菌きりゅうきんを食われた状態だったんだろう。暴走していたのが良い証拠だ」


「じゃあ、機粒菌きりゅうきんを奪った後の版権型キャラロイドを元の場所に返すところだったとか」


「確かにそれだと辻褄つじつまは合うね。だけど、そうすると赤い鎧が〈アクマ〉を襲ってた理由は何かな」


言いながら片桐たゆねはブラインド越しに窓の外を眺めた。目と鼻の先には〈アクマ〉の洋館が。


 「キミが高架下で〈アクマ〉の女と出会った時、その女は赤い鎧に追われていたんだろう? 操っている側が追われるのは変じゃないかな」

「そう言われると……」


歯切れ悪くカズキは痒くもない頭を掻いた。片桐たゆねは「ふむ」と鼻から小さな息を漏らす。


「だけど赤い鎧が〈イロハネ〉に関わっていることは間違いない。だから、もっと〈アクマ〉の子達の話を聞かせてくれないかな?」

「〈アクマ〉のですか?」

「うん。なんならお茶会でも開いて、本人達から直接話を聞いてみたいよ」

「前にアイツらが飲んでたのは、お茶じゃなくてお湯ですよ」


真顔で答えるカズキに、片桐たゆねは「はははっ」と可笑しそうに笑った。

 なぜ笑われているのかカズキは不思議だったが、何も言わず珈琲を飲み干し、「ごちそうさまです」と立ち上がった。


「もう行くのかい?」

「はい。ちょっと野暮用があるんで」

「そうかい。呼び出して悪かったね」

「いえ、大丈夫です」

「そうそう。レポートはちゃんと書いてね。ただし赤い鎧のこととか〈イロハネ〉に関係することは書かないように」

「分かりました」


丁寧にパイプ椅子を畳んで一礼のあと退室すると、カズキは談話スペースに設置されているゴミ箱へ空き缶を捨てた。



◇◇◇



 スカイライナーと共に学校を後にしたカズキは、駅と反対方向に足を向けた。長く大きな車道の先に見える風景は殺伐として物悲しい。


 相変わらずLTS第三支部校の周辺には人通りも車通りも殆ど無い。


 それもそのはず、この人工島デルタアイランドは南に行くほど廃墟や倉庫が多くなるが、それと反比例するよう人通りは少なく寒々しい。島の中腹にあるLTSや洋館の周辺も例外ではない。


 海の傍に建つ洋館は潮風に晒され、表の門には赤錆が浮いている。それを潜り敷地を進めば、先導するスカイライナーは脇目も振らず裏庭に続く小道を進んだ。

 狭い庭の小さなウッドデッキには、膝を抱える〈アクマ〉の少女が、独り静かに海を見つめていた。


 軽快に尻尾を振りスカイライナーが無邪気に擦り寄った。気付いたエーラは無表情のまま、差し出される頭を優しく撫でた。


「元気?」


カズキが声を掛けると、紅い瞳が向けられた。けれどすぐにスカライナーへ視線が戻される。

 蒼い首を摺り寄せて愛撫を促す蒼い動物型アニマロイド。その言いなりとばかりに白く細い指が光沢映える装甲を撫でた。


「貴方も相当な暇人ですね。またこんな場所へお越しになるなど」

「暇潰しで来てるわけじゃねーよ」


しかめた面で、けれど弾む声は隠せずカズキは隣に腰を降ろした。


「今日は海、どうだ?」

「どんな会話の切り出しですか。下手ですか。異性と会話をされたことがないのですか。生理的に受け付けられないオーラを醸し出していらっしゃいますしね」

「じゃあどんな会話の切り出し方すれば正解なんだよ」

「そうですね。相手が女性ならば、『今日も綺麗だね』などと囁くように声を掛けるのが宜しいのではありませんか」

「恥ずかしくて蕁麻疹じんましん出るわ」

「それはこちらの台詞です」

「そちらのご提案ですが」


淡々と言葉の応酬をしながら、カズキはドーナツを取り出した。さきほどエルグランディアから受け取ったものだ。

 2つあるうちの1つを差し出せば、エーラは物珍しそうな顔で受け取った。


「これは?」

「ドーナツ」


茶色い輪っか状の生菓子を透明な袋越しに見つめえるエーラ。それが菓子であるとすぐ理解して、もう一度カズキを見やる。


「ん? ああ、はいはい」


透明な包装を裂き破くと、改めてエーラの手に乗せた。

 まるで宝石でも手にしたかのように、目を輝かせてドーナツを見つめる。鼻先に寄せれば、洋酒と砂糖の香りが狭い鼻腔をこそばせ頬の緊張を緩めた。


 パクリ、と小さな口が輪の一部を削った。


 口内に詰め込んだ甘さと香りをひとしきり味わい、ゴクリと静かに飲みこむ。

 とろけるような紅い瞳が何もない空を見つめた。


「美味い?」

「悪く、は……ありませんね」

「耳赤くなってるけど」

「……ヘンタイ」


ムスッと唇を尖らせ、エーラは鋭い視線を返した。

 そんな〈アクマ〉の振舞いにカズキの口端には笑みが浮かんで、不貞腐れたようにエーラは二口、三口とドーナツを削る。


 あっという間にドーナツは無くなり、腹の中に収めたエーラの口からは「ほぅ」と夢見心地の吐息が漏れた。

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