第305射:味方が弱いのは困る
味方が弱いのは困る
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「「「……」」」
正直にいうと、僕たちは現状に絶句していた。
田中さんの教えられたとおりに、実力を見せないようにまずは武器だけで攻撃をしてみたんだけど……。
なぜか、晃の攻撃が当たってしまった。
クォレンさんならよけられただろうと思う一撃。
確かにさ、僕が隙を見せて油断を誘って、撫子の不意打ちで隙を作りはしたけど、それで同時に動いていた晃の攻撃をかわせないっていうのは……だめでしょ。
しかも、意外と痛かったようで、当たった胴を押さえている。
えーと、追撃するべきかと迷っていると。
「いたた。……素晴らしいわね。得意ではないのだけれどそれでも上位の冒険者並には使えるはずなんだけど。とりあえず治療ね」
そういうと、なぜかギルドマスターさんは控えさせた回復魔術師に頼まず自分で治療を始める。
そこでようやくある事実に気がついた。
「もしかして、ギルドマスターさんって魔術師?」
「ああ。だから回復魔術が使えるのか」
「その通りよ。私は本来のポジションは後方で回復とか魔術で仲間の支援なの」
そこまで言われてある程度納得した。
確かに後方支援の魔術師が前線で戦っちゃだめだよね。
まあ、それを言ったら僕や撫子も後方で魔術をぶっ放すのが得意なんだよね。
とはいえ、その程度で冒険者ギルドマスターを務めているのが不思議でたまらない。
さっきの私と勝負して現実を教えてあげるいう言葉を思い出すのけど、笑い話にもならない。
僕たちが強いと喜べる要素はあるかもしれないけど、僕たちが今後戦う相手は魔族が相手なんだ。
せめて僕たちを翻弄するぐらいの実力がないとこれからの戦いは物凄く厳しくなるのは僕でもわかる。
これから下手をすると魔族との戦争で矢面に立つことになる。
……それってかなり面倒なのはわかる。
なにせ今まで勇者ってことで期待をかけられてたし?
とはいえ、このまま沈黙していても始まらないので、どうするべきかと悩んでいると……。
「えっと、治療は終わったんでしょうか?」
「ん? ええ。そうね。ちょっとまって……」
晃の質問に答えたギルドマスターは胴を触って確かめた後上半身を動かして、最後に訓練用の剣を振って治療ができたかどうか確かめている。
「大丈夫ね」
「そうですか。それでどうします? これから続きします?」
よし、よくやった晃。
このままだと相手になりませんって言ってくれた。
こういうのって気を遣うよね。
お前弱い。って言われていい気分な人なんてか弱い女の子ぐらいだしね。
ん? そうなると僕ってか弱い女の子じゃないか?
そんなことを考えているうちに、晃の質問にギルドマスターが答える。
「そうね。正直君たち3人が相手だと完全な殺し合いになっちゃうから、一対一にしようかしら」
「ギルドマスター!?」
おお、素直に相手にできないといって認めている。
でも、その言葉に驚いた職員の人が声を上げている。
まあ子供って思われているみたいだから、その僕たちが勝ったっていうのは驚くよね。
「落ち着きなさい。私が手加減しているとはいえ、3人の子供たち相手に一撃もらったの。この事実は認めなさい。この子たちは既に並みの冒険者以上よ」
「……ですが」
「わかっているわ。いくら強いからと言って冒険者として経験不足の子たちを現場に送り出すなんて真似はしないわよ。それで、アキラだったかしら?」
「はい」
「確か、依頼は冒険者になるために腕の良い冒険者に訓練を頼みたいって話だったわね?」
「そうです」
晃はそうですっていうけど、その裏は冒険者ギルドが今起こっている戦争の情報をどれだけ持っているかを確認したいからなんだよね。
だから紹介してもらうにしても、そういう裏事情を知っている人に頼みたいんだよね。
「それなら、私がその仕事受けましょう」
「ちょっと! ギルドマスター!!」
「大丈夫。仕事に支障がないようにするわ。それにこの子たちの実力ならどこのギルドでも即採用よ。バカなギルドもあるんだし、そんなところに行かれて使いつぶされちゃたまらないわ。あの話もあるんだし」
「……そういうことでしたら」
あの話ねぇ。
いったいどんな話か聞きたいけど、今聞くわけにはいかないよね。
ま、その機会はあとでもいいか、今はこのギルドマスターさんが僕たちの依頼を受け付けてくれるってのが大事だ。
一応、視線だけ晃と撫子に向けたけど、2人とも問題がないようで頷いている。
僕も賛成かな。
強さはともかく、情報を集めるうえで組織の上位者とつながりがあるのはいいことだし。
「どうかしら? 私以上に冒険者のことを教えられる人もいないと思うわよ。これでも元冒険者で引退した身だから」
「ご迷惑でなければお願いします。ですが、あまりお金は……」
晃が適当に小分けした金貨袋を取り出す。
僕たちが大金を持っていると思われても妙なトラブルしか起きないから、こういう手段をとっている。
冒険者とか、町の人とか日本みたいに平和じゃないし、大金を持ち歩いているとか日本でもあまり褒めらたことじゃないね。
「依頼料は気にしなくていいわ。あなたたち3人はギルドマスター相手に勝利を収めた。その逸材を育てることがこの冒険者ギルドの財産になるわ」
ふむふむ。お金はいらないと。
それは助かった。
こっちの持金が知られないならそれに越したことはないしね。
「じゃ、これで試験は終了。訓練でまた使うからこの場所は覚えておきなさい。まずは、場所を変えましょう。執務室へいくわよ」
「「「はい」」」
ということで、僕たちは訓練場から移動をする。
しかし、今よく見てみると、キャリアウーマンみたいなスーツを着てよく剣を持ったもんだよね。
動きにくいだろうなー。
そういう意味もあって僕たちは勝てたんだろうか?
でもなー。田中さんとかヨフィアさんはそれでもいとも簡単にかわしてくると思うんだけど。
「今後、君たちは朝一に私の執務室に来なさい。冒険者の連中は荒い者も多いからうかつにうろついていると絡まれるわ。君たちの実力なら問題ないでしょうけど、そのたびに騒ぎになるのもあれだから我慢して頂戴ね」
「それはわかるけど、いずれってやつでしょう? 最初の数日で全部まとめて整理した方がよくない?」
僕は素直にそう意見をいう。
弱いやつを見て喧嘩を売るのは冒険者の挨拶みたいなもの。
その程度で及び腰になるならこの世界では生きていけないっていうやつで、意外と冒険者さんたちは優しい。
むろん、いじめてやろうとか、金を巻き上げようとするやつもいるけど、一番の理由はその覚悟もない新人に足を引っ張られるのが嫌だからだ。
役に立たない仲間ほど厄介なものはないしねー。動かないルーメル本国とか、足引っ張ってくるのもいたし。
で、私の意見にギルドマスターはちょっと驚いた様子で。
「意外と肝が据わっているわね。その服装からどこかの貴族の子かと思っていたけど、結構修羅場をくぐっているのかしら?」
「貴族というのは間違いですわ。でも、貴族の子でも一般人の子でも育て方一つというところでしょう」
うんうん。
人って言うのは育った環境で変わってくるからね。
僕たちはこっちに来てから田中さんというありえない人に訓練してもらったから、ただ顔がいかついとか体が大きいだけの冒険者にひいたりはしない。
あの人のほうがよっぽど恐ろしいから。
「確かにそうね。でも、戦争から離れている子供ってそんなに覚悟は決まってないはずだけど……。まあ、深く聞くのはマナー違反ね。さ、どうぞ」
話しているうちに、執務室に到着したのか、ドアを開けて入るように促してくれるギルドマスター。
特に部屋の向こうに仕掛けも人もいないので僕たちは戸惑うことなく部屋に入ると意外とすっきりとした執務室がそこにはあった。
具体的にはテーブルの上がきれいだった。
「そこのソファーに座って。って、どうしたのかしら? 私の執務用の机がそんなに珍しいかしら? ああ、普段なら見ることのない大きさだものね」
そう苦笑いをしながら机の上をポンポンとたたくギルドマスター。
いや、僕たちが驚いているのはそこじゃない。
「書類が片付いている」
「書類? ああ、仕事はちゃんとこなしているから君たちの対応をしたのよ。でも、その言い方だと書類が片付いていない光景を見たことがあるみたいだけど?」
「失礼したしました。私の知り合いの方は常に書類の山に囲まれていて、片付かない状態でしたので」
撫子がいう知り合いの方はクォレンさんだ。
書類が片付かない理由は主に田中さんが暴れるから。
僕たちが原因なのはほとんどない。多分。
「その人がだらしないのか、それともとても仕事ができる人なのかわからないわね」
「うーん。それは僕もどっちわからない」
「いえ、普通に考えれば優秀でしょう。処理もできない人に書類を渡すということは進まないということですから、本人が優秀でないにしても周りがちゃんと処理をしてくれると思っているから渡すのでは?」
「確かにその通りね。でも、こんな話をできるのだから、やっぱり君たちは立派な家の出なのね」
「そこはご想像にお任せします。それで、冒険者になるには何をすれば?」
「あら、ごめんなさい。詮索はしないって言ったものね。そうね、まずは冒険者についてどれだけ知っているかしら?」
そこからは、意外と普通に講義みたいなのが始まった。
てっきり冒険者は現場で働いてなんぼとか言われるかと思ってたので意外だ。
「今までのことをまとめると、冒険者というのは国の手が回らない仕事や民間が個人で頼みたい仕事を引き受ける便利屋みたいなものね。とはいえ、個人がやっている便利屋と違うのはその人材の多さと各国に冒険者ギルドの支部が存在していて連携をとっていることね」
とはいえ、聞いた内容はロガリ大陸と同じようなものだ。
規模の大きい便利屋。それが冒険者ギルドの正体。
とはいえ、腕っぷしとか実力の高い人が多いのは事実。
……向こうでも思ったんだけど、こんな各国をまたいで一組織をどうやって作ったんだろう?
地球でもグローバル展開って難しいはずなのに、ロガリ大陸でもどこの国にもあった。
なんでそんな風になっているのかちょっと不思議だ。
でも、今はそんなことよりも……。
「つまり、魔族に取られた地域の情報もあるということでしょうか?」
「もちろんだよ。ああ、なるほど。君たちは土地を奪われたのか……」
なんか勝手に勘違いしてくれているけど、これなら詳しい情報を引き出すことには違和感がない。
結果うまくいったって感じかな?
田中さんにはいい報告ができそうでよかったよ。
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