第186射:襲撃の後

襲撃の後



Side:タダノリ・タナカ



「助かりました。タナカ殿」

「いや、この町に世話になっているからな、この程度のことは協力させてもらう。というか、さっそく堀が役に立ったな」

「ええ。勇者殿や、タナカ殿の防衛構想が役に立つと証明されましたな」


そんな話をする俺とアスタリの前には、堀の中で絶命したオーガが転がっている。

オーガの身長が3メートル弱の小さいので助かったな。

もう少し、堀が浅かったら、難なくオーガが乗り出してきただろう。

とはいえ、オーガの顔が少し出ているような状態だったからこそ、俺たちが狙いやすかったというのもある。

リカルドの剣一閃にいたっては、この高さだったからこそだな。

というか、魔力による身体強化を上手く使えばあそこまでできるのかと感心した。

それで、俺一人をどうにもできなかったのはアホかと思うが。

この魔力強化の技術が地球に持ち込まれれば更なる混乱をもたらす……わけないか、この程度の兵士の強化案はどこでもやっているし、本物のバケモノにはこういう小細工をしたところでどうにもならん。

バケモノ相手には敵対しないことが一番大事だ。

と、そんなことよりも、まずは状況の把握だ。


「で、アスタリ子爵。今回の襲撃の経緯を聞きたいんだがいいか?」

「それは私も同じですな。今、最初の発見者に事情を窺っているところです。もうすぐこちらに報告が届くでしょう。で、冒険者ギルドの方はいかがですかな?」

「こっちもまだ情報をまとめている所です。クォレンさんは、出現方角の支部に連絡を取っているところですわ」


ったく、この世界の情報伝達速度の遅さにはあきれる。

敵襲があって、夜が明けるまでほぼ動けないとかな。

幸い、この襲撃からの二次襲撃はなかった。

ドローンでの航空偵察で大和君に確認させたからな。

とはいえ、足跡をたどる限り面倒なことになりそうだ。

なぜなら、大森林から出てきた魔物だからな、こいつらは。

アスタリの正面の森からは出ずに、迂回してこっちに来たのが確認されている。

クォレンにはそれを教えて、単独で動いてもらっている。

アスタリ子爵の前では言えないが、嫌な予感はビンビンする。


「とりあえず、この場はもう大丈夫でしょうから、屋敷の方へどうぞ」



ということで、俺たちはアスタリ子爵の領主館へとやってくる。

その頃には流石に情報が集まっていたようで……。


「発見者は、防壁上の見張りのようですな。それから伝令を出し、その間にオーガたちが持っていた巨石での投擲。最初に町に鳴り響いた音の正体はこれですな。まあ、3つは壁に届くことなく、一つが壁に当たり砕けたようです。それからは、オーガたちはさらに接近しますが、タナカ殿たちと一緒に構築した堀に転落、その後タナカ殿たちが防衛に参加し退治されていますな」


なるほど、最初の音はそれか。

だが、ほかの情報はもういらん。

俺たちが行動を起こしただけの話じゃねーか。


「どこから来たとかはまだ調査中ってことか」

「はい。足跡をたどらせているところです」


……全然役にたたねー。

この場をさっさと去って、個人的に調べ物をしたいところだ。


「で、今の所、領主とギルド長としては、この襲撃は何が原因、理由だと思っているんだ? こういうのはたびたび起こるモノなのか?」


とはいえ、そんなことは言えず、一応聞いておくべきことを聞いておく。

この襲撃は俺にとっては初めてだが、意外と、このアスタリの町ではよくあることなのかもしれないしな。

大森林からの正面戦力はしっかりしているから、魔物もそれを避けているとかなら、多少は安心できるが……。


「そうですな。まあ、数か月に一度ぐらいはありますな」

「そうですね。大森林の正面は冒険者たちが遺品回収などで積極的に出入りしておりますから、魔物は排除されていますわ」

「オーガの群れとかもか?」

「ええ。オーガ程度ならこの大森林手前ではそこまで珍しいモノではないですからね。退治も今回ほど楽ではありませんが対処できますし」


意外だ。俺の予想が外れた。

今回の襲撃は異常かと思っていたが、ここでは定期的にあることのようだ。


「おそらくですが、遺品回収の冒険者がオーガやオークの巣に入ったのでしょう。それを追ってきたという感じかと」

「オーガに追われて冒険者が逃げ出してきたっていう話は聞いていないが?」

「奴らは、自分たちのテリトリーに入ったものを執拗に攻撃しますからな。臭いでも追ってきたのでしょう」

「……そういうモノか」


俺たちもオーガやオークの群れに遭遇したことはあったが、追われるようなことはなかったけどな。

まあ、巣にはいったことはないから、そこら辺が理由か?

うーん、まあ、縄張り意識の強い生き物っていうのはいるからな。

腑に落ちないが、子爵とソアラというこの世界で生きている人がそう言うならそうなのだろう。

というか、こっちはこっちでクォレンに動いてもらっているから、信用もクソもしていないんだが。

どちらにしろ、クォレンの情報を聞いてから判断するべきだな。


「ともあれ、今回の事は先ほども言ったように、この堀を張り巡らせるのはかなり有効ですな」

「ええ。敵の行動が制限されるのでやりやすいです。オーガは堀に落ちて、オークは迂回しようとするところを矢を射かけて倒せましたから、便利なことこの上ないですわね」

「今からでも堀を増やすべきではという話が、部下から上がっておりますな」

「いや、作れば作るほど、商人や旅人の出入りが面倒になるから作りすぎもよくないぞ」


こういう堀や防壁の構築は防御としては有効ではあるのだが、無論デメリットも存在していて、交通の便が悪くなるということもある。

じゃあ、かけ橋でも作ればいいじゃないかと思うが、それはそれでかけ橋を占拠するという作戦を敵にとられかねないのだ。

一長一短だな。あっちをとればこっちがたたずというやつだ。


「ふむ。確かにそう言った面もあるでしょうな。そこはこれからよく考えてから検討いたしましょう」

「そうですね。交通の便か、それとも防衛を重視するかですから」

「まあ、そこは二人で考えてくれ。アスタリの町の利益関係に関しては俺は何ともいえないからな」


防衛手段については色々提案できるが、町の利益に関しては、俺は全然だからな。


「で、話は変わるが、ルーメルの王宮から連絡は来たのか?」

「聖女様暗殺の件でしょうか?」

「ああ」


話をしてから数日は立っている。

まあ、悩んでいるかもしれないが、何かしら方針や答えが出ているかもしれない。

そう思ってその後の経過を聞いたのだが……。


「いえ。まだ王宮の方は悩んでいるようですな。私たちの所には特に情報は回ってきておりません」

「そうか」


うん。情報が届いていないのはわかったが、情報更新も全然当てにならんというのもわかった。

実は元聖女様は生きている。

情報源も確かだ、リテア聖都にいるグランドマスターからだからな。

まあ、こっちはドローンとタブレットの通信機能によるものだから、仕方ないとはいえ、この情報伝達速度の差はいただけない。

わざとルーメル王都がこちらに情報封鎖をしているという可能性も考慮しないといけなくなったな。


「では、子爵、そちらの聖女様暗殺の件についてルーメルの報告があればお願いいたします」

「うむ。ソアラ殿、タナカ殿には確実に伝える」

「あとは、今回の魔物の処理についてですが……」

「オークの遺体は……」


と、そこからは倒した獲物の分配の話になり、俺は適当に切り上げて部屋をでる。


「あ、お疲れ様です。田中さん」

「お疲れ様です。魔物の方は移動をすませました」


会議室を出ると、結城君とリカルドが待っていた。

2人には退治した魔物の回収と、堀の補修を任せていたのだが、俺たちが話している間に終わったようだ。


「お疲れさん」

「いえ、で、そっちはどうでしたか?」

「何か、王宮の動きはありましたしたか?」

「いや、全然。ルーメルの情報伝達速度が遅すぎるのか、わざと情報を止めているのかわからん。と、まあ、詳しい話はもどってからだ」


俺がそう言うと、2人は頷いて、ギルドの方に戻ると……。



「……おー、お帰り」

「……お疲れさまでした」

「……おかえりなさーい」


ルクセン君たちがそう言って迎えてくれた。

まあ、手元にタブレットを持ってだが。


「「「……」」」


その姿になんにも言えなくなる俺たち。

しまった。俺たちが対処している間は、俺たちの分は彼女たちがやっていたということだ。

全員徹夜だったのか元気がない。


「とりあえず、代わるぞ」

「んー。ありがとう。とりあえず、聖女様がのった馬車はまだ見てないよ」

「わかった。あとは任せて寝るといい」

「うん。おやすみー」


襲撃でほったらかしにしていた、元聖女様がのる馬車の監視をしてくれていたのかルクセン君は。

結城君やリカルドも同じようで、すぐに監視を代わってお礼を言っている。

流石に俺たちも徹夜なんだという文句をいうことはない。

そんなことを言えば、どうなるか全員がわかっている。

ということで、俺が聞いた話はまた後で報告するということで、静かに彼女たちの眠りを妨げることなく、ドローンの操作に戻る。

映像は夜放置した時点で変わっていない。

下手な操作はせずにずっと見ていてくれたのか。……かなり疲労しただろうな。

変わり映えしない動かない風景をずっと見るというのは、よほど心が疲れていない限り、見つめることなんか不可能だからな。

そんなことを考えつつ、操作をしているとタブレットに着信が届く。

また、グランドマスターの爺さんからかと、思っていたが、そこには「フクロウ」の文字。

ああ、そう言えば、フクロウにもドローンを預けていたな。


「何かわかったか?」

『久々だっていうのに、反応が薄いね』

「友好を温め合う中でもないだろう。で、何を掴んだ?」

『タナカ殿らしいね。まあ、こっちとしてもそのほうがやりやすいか。じゃ、単刀直入にいう。今、王宮ではリテアの聖女様死亡の報告が伝えられている。いや、元聖女様か』

「そうか、ルーメル王都にはその情報は届いているか」

『そっちも知っているんだね。クォレンからかい?』

「ああ、ギルドの特殊連絡方法でな」

『ああ、あれがあったね。ちっ、こっちが掴んだ情報は遅かったか』

「いや、ルーメル王都に情報が届いていることが分かったのはいい情報だ。つまり、今アスタリに何も連絡がないのは、ルーメル王宮連中はどう動くか悩んでいるってことか」

『そのとおりだよ。というか、情報の確認を行っている所さ。魔族に聖女がやられた。なんてのが誤報なんてのはあり得ないだろうけど、正式にリテアから情報が届いたわけじゃないからね』

「そういうことか。ギルド経由の情報ってわけか」

『そうだ。この確認に時間がかかっている。まあ、早馬でも片道一週間はかかるからね』


なるほど。その間にリテアとしては決着を付けたかったわけか。

各国に死亡しましたと正式に伝えるために、現聖女のアルシュテールの早期の説得が必要だったわけだ。

そりゃ、死体がないのに、死亡しましたとか、各国も疑うよな。

それを補うために必要だったわけか。


「助かった。これである程度全容が見えてきた」

『そうかい。それならよかった。で、そっちはアスタリでの生活はどうだい?』


ということで、俺はフクロウとドローンの監視を続けつつ話を続けるのであった。


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