第148射:治療の結果

治療の結果



Side:ヒカリ・アールス・ルクセン



ドスッ!


「うひゃぁぁ!? だ、誰だよ!! 上からナイフ落としたヤツ!!」


一仕事終えて、裏口から出て外の空気を吸おうと思ったらいきなりこれだ。

といっても、命を狙うようなナイフの投擲じゃなく、ただ落としたような、スピードもない落下だったので、身構えるようなことはなく、上に向かって文句を言う。

刺さっても、致命傷になりようがないとはいえ、下手なところに刺さればそれだけで大怪我は間違いない。

落としたバカは僕が一度説教をしてやる!!


「おーい」


そう意気込んでいると、後ろから声を掛けられ、振り返ると晃と田中さんがいた。


「光、どうしたんだ、いきなり叫んで? 部屋まで声が聞こえてきたぞ?」

「ナイフが落ちてきたんだよ。誰かが取り落としたんだよ」

「狙われたんじゃないのか?」

「いや、ただ落としただけだよ。全然スピードなかったし、全然違う場所に落ちた。だけど、かなり驚いたから、落とした奴に文句を言ってやるんだ!!」


僕がそうガルルルとうなっていると、田中さんがツッコミを入れる。


「で、その落ちてきたナイフっていうのはどこだ?」

「へ? そこに落ちて……ない!?」


なぜか落ちてきた場所にはナイフの姿はなかった。


「あれー? おかしいな、確かに落ちてきたんだけど……」

「まあ、ないものはない。そこは一旦置いておいて、ルクセン君が外に出てきているということは、治療は終わったのかい?」

「ああ、そうそう。成功かはわからないけど、みんな回復魔術を受けた後はぐっすり眠っているよ。大抵はうなされるんだけど、今はぐっすり寝ているから、それだけでも意味があるよ」

「それはよかった。撫子たちは?」

「今は、地下で彼女たちの様子を見ているよ。それで、私がいったん休憩ってことで外に空気を吸いに来たんだよ。で、私たちが治療している間に晃たちは何していたの?」


そういえば、治療の間、田中さんたちが何をしていたかは知らない。

まさか、寝ていたとかいうのは無いとは思うけど……。


「何って待機組がすることなんて一つだからな。ドローンからの映像を監視だよ」

「うへー。そういえばそういうのあったね。って、今はだれがやってるの?」


そうだった。

あの地獄の作業をしていたのか。


「今はカチュアが代わりに見ていてくれている。ルクセン君の叫び声が聞こえたからな」

「そっかー。心配かけてごめんね。で、監視で動きは?」

「いや、特にないな。魔族の町は平和そのものだ」

「相変わらず、世界に動きはないよね。ま、それが一番なんだけど」


魔族に動きとかあったのなら、もう大騒ぎで彼女たちの治療どころじゃないもんね。


「さて、外の空気は吸ったし、いったん戻ろうかな。撫子たちはまだ様子を見ているし。田中さんたちはどうする?」

「そうだな。一応様子を見に行こうと思うが、大丈夫そうか?」

「別に寝ているだけだからね。初めて会った時みたいにいきなり近づくのはやめてね。特に晃」

「そんなことしねえよ」

「なら、よし。一緒に地下牢に戻ろう」



ということで、僕は2人を連れて地下牢へと戻ると、彼女たちがいる部屋の前にソアラさんが立っていた。


「やほー。ソアラさん戻ってきたよー」

「お帰りなさい。気分転換になり……」


そう言いかけて、ソアラさんの視線が鋭くなる。


「なぜタナカ殿がご一緒なのですか?」

「おやおやご挨拶だな。彼女たちの様子を見に来ただけだぞ」


あー、そういえば、田中さんが冗談で彼女たちを拷問するとか言っちゃったんだっけ?

そりゃ、ボコボコにされたソアラさんは警戒して当然だよね。

でも、ここで喧嘩をしてもどうにもならない。

というか、またソアラさんが負けるだけだから、ここは僕が大人の女性として……。


「何をやっているんですか。田中さんも無駄にソアラさんを挑発しないでください。話が先に進みません。ソアラさんも田中さんに無駄に殺気を向けないようにしてください。この場で喧嘩なんかされても迷惑です」

「「すみませんでした」」


……大人の女性の株は全部撫子にもっていかれてしまった。

そんな風にショックを受けていると、さらに部屋から、イーリスさんが出てきて……。


「おい。ナデシコ殿に迷惑をかけていないで落ち着け。そんな様子じゃ部屋に入れられないぞ。彼女たちが折角目を覚ましたっていうのに」

「「「え!?」」」


目を覚ました!?

うっそ、もうちょっと寝ているかと思ったのに。


「で、大人しくするか、このまま回れ右して帰るかどちらですか?」

「「大人しくします」」


僕が驚いている間に、撫子は二人に対して優位にお説教をして頷かせてしまう。

おお、なんか撫子ができる大人の女性に見えてきたよ!?

と、そんなことより、今は女性たちが目を覚ましたことだよ。

僕たちはそれを確かめるために静かに部屋の中へと入っていくと、そこには確かにベッドの上で体を起こしている女性たちの姿が見える。

その近くにはヨフィアさんとキシュアさんもいて静かに女性たちを見守っている。


「おー、起きてる。そして静かだね」

「ええ。光さんが出て行ってからしばらくして目を覚ましてからあのようにぼーっとしています」

「大和君。特に反応なんかはあるか?」

「いえ。今のところはこちらから接触するようなことはしていません。そっとしています」

「それがいいだろうな。自分たちの状況をしっかり把握している所だろうからな」

「意外ですね。貴方ならすぐに話を聞きに行くとか言うと思っていたのですが」

「おい、ソアラ。いちいち突っかかるな。すまないタナカ殿」

「いや、気にするな。今は彼女たちの方が優先だ」

「……」


うっわー、ソアラさんぴくぴくしているよ。

まあ、自分で煽っておいて返されたんだから、自業自得なんだけど。


「とりあえず、どうするんですか? そっとしておくなら、俺たちはこれ以上いない方がいいと思うんですけど?」

「そうだな。彼女たちが無事なのを確認できただけで良しとしよう。大和君、ルクセン君ここは任せた。お姫さんたちにも伝えるから、こっちに来るかもしれない。そこは注意しててくれ」

「はい。わかりました」

「おっけー。ここは任せて、晃は監視を頼むよ」

「……あとで交代してもらうからな」


そう言って、田中さんと晃は出ていく。


「そういえば、私たちが治療している間は任せっきりですね」

「といっても、お姫様とかも手伝っているはずだから、そこまで大変じゃないはずだよ」


そんな話をしていると、僕の話を聞いたソアラさんが首を傾げながら……。


「監視ってなんのことですか?」


ごく単純に聞いてきた。

ここでソアラさんが食いついてくるとは思わなかったよ。

迂闊なことをいったね。

さて、どうしようかと思っていると、イーリスさんが口を開いて……。


「そりゃソアラ。一応、領主様とは和解したとはいえ、警戒を解くわけにはいかないだろう?」

「ああ、そういうことですか」

「地下にいれば上のことはわからないからな。お姫様の護衛のためにタナカ殿は上に戻ったのだろう」


なんかそれっぽいことを言い始めた。

あー、うん。一応、確かに田中さんはお姫様を守ろうとはしているよね。

護衛のためにというと首を傾げたくなるけどさ。


「確かに。まだ信頼するには早いですね。悔しいですが、タナカ殿の視野の広さはすごいモノですね」

「戦闘能力も異常だよ。と、そんな雑談はいい。私たちがやるべきは彼女たちに関してだ」


そう言うとイーリスさんはこっちを向いて……。


「治療した本人たちとしては、あの状況は回復魔術が効いてのことだと思うか? 効いているとして話しかけてみるべきか?」

「そうですね。回復術師としての意見が聞きたいですね」


真剣なまなざしで見つめられる僕と撫子。

とりあえず、お互い顔を見合わせて苦笑いをしてみる。

回復術師とか言われても、ただの学生だからなにもわからないんだけどね……。


「私たちもこういう治療は初めてですから、何ともいえません。まずは、よく観察をして動きを見てみるべきでしょう」

「そうだね。ヨフィアさん、キシュアさん、彼女たちは起きてからどんな感じ?」


よく観察ということで、近場で様子を見ている2人に聞いてみることにする。

僕たちよりも起きてからの彼女たちを一番観察しているのは、この2人だからね。


「そうですねー。起きてから、ぼーっとしているだけですけど、時折私たちに視線を向けてきますね」

「ええ。ヨフィアの言う通り、時折視線をこちらに向けては残りは自分の手元を見ていますね。でも、治療前にあったような取り乱す、錯乱するようなことはないですね」


とりあえず、落ち着いているってことでいいのかな?


「うーん。放っておいてもいいと思うけど、とりあえず話かけるってのはどう? 触るんじゃなくて、話すだけ」

「……そうですね。それぐらいしか今はできることが無いですね。とりあえず、それをやって反応がないのであれば、様子を見ておくほうがいいでしょう」


方針が決まったところで、撫子が代表として、彼女の1人に近づいて……。


「……あの、私のことがわかりますか? 言葉はわかりますか?」


そっと声をかけてみると……。


「……」


彼女が顔を上げて、撫子を見つめてきた。

反応しているようだね。

確かに、彼女の視線は撫子の姿が映っているようにみえるけど、質問に答えたわけじゃない。

それは、撫子もわかっているようで、もう一度同じように質問をする。


「……私のことがわかりますか? 言葉はわかりますか?」

「……」


でも、彼女は反応しない。

やっぱりまだ放っておいた方がいいのかな?

そう思って、撫子に声を掛けようとすると……。


「……こ、ことは、ば、わかる。で、も、あなたの、な、まえ、しらない」


喋ってくれた。

叫び声じゃない、おびえた声でもない。

たどたどしくても、はっきりと理性が感じられる言葉が彼女から発せられていて、うつろだった瞳はしっかりとしていて、撫子を見つめていた。


「ああ、失礼いたしました。私は、ナデシコ。ナデシコです」


撫子は彼女の疑問に答えてあげる。

言われてみれば当然だ。

撫子のことがわかるかといわれても、名前も教えてないのだから、知っているわけもないよ。

そして、知り合いになるには……。


「あなたの名前を教えてくれますか?」


お互いの名前を知ること。

そしてこれは……。


「わた、し、は、セイー、ル」

「セイールさんですね。私は貴女とお友達になりたいのですが、いいでしょうか?」

「……ええ。よろ、しく、ナデ、シコ」

「はい。よろしくお願いします」


こうして撫子は、魔族のお友達を作ったのでした。


「って、僕も混ぜてよ!?」

「きゃ!?」

「こら、光さん。静かにしてください。セイールが怯えているでしょう!!」

「ご、ごめんなさい。つい……」


あー、なんか僕ってしまらないよね。

でも、セイールが喋ってくれたから、そんな小さいことはいいか。


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