第224射:夜の再会

夜の再会



Side:タダノリ・タナカ



「静かだな。こんなものか?」

「夜は特にやることもありませんから、こういうモノです」


そんなやり取りをしながら俺とメルは貴族が住んでいる地区を目指している。

しかし、本当に誰もいない。

ノールタルの家があった貧民区と同じように静まり返っている。

夜に明かりが確保できないから、寝るしかやることが無いのだろうな。

やはり、文明が進むための第一歩は夜の明りなんだろう。

と、そんなことを考えていると……。


「ここが私の実家です」


意外と早くついてしまった。

特に兵士の巡回にも出くわすこともなくありがたい限りだ。

まあ、現実としてそんな簡単に秘密裏の行動がばれてしまってはたまらない。

そういうことが起こるのは映画やマンガの世界だけだ。

それか、よほどの阿呆。

さて、そんな感想はいいとして。


「よし。じゃ、一端報告だな。こちら田中とメル。目的地に到着した。確認できるか?」

『こちら結城です。田中さんたちは確認できてます』

「そうか。俺たちはこれから屋敷に入って交渉に入るが、ルクセン君たちの方はどうだ?」

『光たちの方も到着したみたいです』

「意外と早かったな」


森のほうはそれなりに距離があったはずだが……。


『魔物も兵士の巡回もいなかったので、全速力でした』


全速力ね。

普通ならばれるところだが、魔物はともかく、兵士の巡回もない?

どういうことだ?

いや、まあ夜も深いから森の中を巡回する兵士がいなかったってことか?

ま、考えても仕方がないか。


「そうか。ま、時間の短縮になったのなら結構だ。とはいえ、注意はしておけ」

『はい。わかってます。じゃ、俺のほうは予定通り、光と撫子の方に集中させてもらいます』

「ああ、そうしてくれ。俺の方は進展があったら連絡する」

『お願いします。では』


こうして、結城君との連絡は終わり、横で控えていたメルが口を開く。


「どうやら、ヒカリ様、ナデシコ様も到着したようですね」

「ああ。早すぎるのが多少気になるが、それを言うならこっちもだからな」

「ええ。本来貴族街なら、警備の兵士がかなりいますが、今日は誰もいません」

「デキラの行動が影響しているのかね」

「……おそらく。ですが、確認しないことには安心はできません」

「そりゃそうだ。とはいえ、今のところ楽に仕事が進んでいる。ここだけはデキラの無理な行動に感謝かもな」

「それだけ、デキラには余裕がないということですね」


メルの言う通り、デキラには戦力的余裕がないってことだ。

無理な政権交代が響いているということだな。

これって案外、敵の主力を打ち砕いているから、俺たちが何もしなくても勝手に瓦解するんじゃない?

と、そんなことを思うが、今回はあくまでも民間人の犠牲を減らすための行動だし、今更やめたとはできない。


「さて、ここからどうする? 正面から乗り込むか? それとも、こっそり会いに行くか?」

「正面から会いに行きましょう」

「意外な選択だな。理由は?」

「私が反逆者として処罰ということになっているのなら、既に実家もデキラの手が伸びているはずです。その場合家が残っているわけがありません。つまり……」

「つまり、メルは反逆者として処罰されていないってことから、話を聞いてくれる可能性があるってことか」

「はい。もとより父はリリアーナ様の支持者でもあります。デキラの事はもとより好んではいません」

「……いや、それってデキラと昔から敵対しているってことだろう? よく無事だな」

「そこまで露骨に敵対はしていません。リリアーナ様の支持者だったというだけです。もし、もっとわかりやすくリリアーナ様に協力していたらデキラにつかまり、最前線の方へ送られていたでしょう」


なるほど。

ある程度、推移を見守ってこっそりというスタンスだったのか。

それで難を逃れたと。

デキラもその程度のやつを処罰するより、使った方がいいと判断したんだろうな。

まあ、流石にそこまで敵対を増やすと支持者も増えないからな。

そういう意味でも、デキラは処罰できなかったんだろう。


「話は分かった。で、このドアをたたけばいいのか?」

「いえ、この時間ならば裏の使用人の部屋から行く方がいいかと。既に時間が時間ですので、騒ぎになる可能性があります」

「いや、正面からっていうのはどこに行った?」

「別に侵入するという意味ではありません。裏の方には使用人が夜番でいますので、その者に話を通すという意味です」

「ああ、そういうことか」

「こんな深夜に玄関をノックするような相手の方が警戒するでしょう」

「そりゃそうだ」


深夜突然、玄関のドアを叩かれて警戒しないとか、日本でもないな。

というか、恐怖の対象だ。

普通に警察に通報される。

メルの言っていることは至極尤もだな。

夜分は相手を気遣って訪問しましょう。

さて、そうと決まれば、普通にメルに案内してもらい……。


コンコン……。


『こんな夜分にどちら様でしょうか?』


ドアをノックするとすぐに返事が返ってきた。

夜番の人はしっかりして仕事をしている様だ。

これで居眠りとかしていたら、強行突破をしなければいけなかったからな。


「メルです。戻ってきました」


で、メルがそう言うと……。


『……メル? メル様!?』


ガチャッ!! バンッ!!


「はうっ!?」


いきなりドアを勢いよく開けられドアに顔と近づけていたメルの顔面を強打。

どこのコントだ。

そして、そのコントはまだ続くようで……。


「お、お前は何者だ!! さ、先ほどのメル様の声がしたのはお前か!! 何が目的だ!」


ドアを勢いよく開けてメルを強打して出てきたメイドは俺がメルの声を出して、ドアを開けさせたと思っている様だ。

まあ、女だと、メルだと思ってドアを開けたら、現れたのは男の俺だったんだからそれは驚いても仕方ないが……。


「何が目的の前に、メルは下だ。下」


俺はそう言って地面に向かって人差し指を向ける。


「下? 何を言って……」

「……」


下には顔面を押さえて蹲っているメルがいる。

地面に血が滴っている所をみると、怪我をしたか。

いや、あれだけの強打だからな。ケガをしないわけないか。

で、それを視認したメイドは、しばらくの沈黙のあと……。


「お嬢様!? いったい誰が!!」


いや、お前だよお前。

と、心の中でしかツッコまなかった俺は偉いと思う。

そんなことを考えている間に、メルは痛みを耐えながら立ち上がり……。


「誰とは言いませんが、まずお父様、お母さまへの連絡をお願いいたします」

「はっ、はい!!」


そう伝えると、メイドは慌てて屋敷の中へと消えていく。


「……大丈夫か?」

「血は止まりました。いきましょう。このようなケガなど、デキラに負わされたものに比べれば何ともありません」

「……了解」


確かに、デキラにボコられた時よりはましだろうが、友人というレベルではないが、知り合いの前で顔面強打で蹲ったというコントをやってしまった羞恥は、デキラの暴力よりも……。

いや、それは考えるべきではないな。

この出来事は俺の胸だけにしまっておくべき事柄だろう。

よし、思考を切り替えよう。

今、メルの案内でメルの実家の屋敷に入ったわけだが、まあ、映画にでも出てきそうな豪華な屋敷だ。

それをいったら城も城でファンタジーだったな。

ま、城のことはいいとして、廊下には調度品もちゃんと並んでいて、困窮している様子は、対応したメイドの姿からもなかったから、おそらく裕福層の方は食べるモノ、生活必需品に困っているようには見えないな。

この強力な魔物に囲まれている土地でどうやってと思うが、そういえば、各国に魔族の村を作ってこっそり交流しているみたいだからな。

そこから流れてきたモノもあるんだろうな。

そんな感じで屋敷の中を観察しながら歩いていると、廊下の奥からパタパタと走ってくる人の姿が見える。


「メル!!」

「メルーーー!!」

「お父様、お母様!」


どうやら、メルの両親のようだが、やはり魔族というのは長命の種族のようで、メルの両親はぱっと見、メルと同じ年ぐらいにしか見えない。


「心配したぞ! デキラからは、リリアーナ女王陛下が錯乱してお前を殺したと……」

「そのようなこと、リリアーナ女王陛下がするわけがございません。そもそも助けてくれたのはリリアーナ女王陛下です」


なるほど、デキラの謀反はそう塗り替えられているわけだ。

デキラは謀反をしたのではなく、リリアーナ女王がデキラを殺そうとして、逃亡の果てにメルやほかの人物を盾に逃げて行ったと。

世の中勝者が歴史をつくるのだという、一面を垣間見た気がするな。

まあ、あからさますぎたから、メルの両親たちは信じていないようだが……。


「そうなのね。やっぱり。だから言ったでしょうあなた。陛下がデキラたちを襲ったなどというのはうそだって」

「ふん。あの話を信じているやつはそうそういないだろう。だが、軍事を握っているのはやつだ。うかつなことは言えん。真っ向から文句を言った仲間は全部、ルーメルの町、アスタリへと送られた。皆無事だといいが」

「ああ、そこはご心配なく。和平派の皆さんはゴードルと共にいて無事ですよ」


と、せっかくの再会だが、口を挟ませてもらう。

長々と話している時間はないからな。


「ゴードル将軍と共に無事? それはほんとうかね? と、君は一体何者だ? メル、紹介してもらえるかい?」

「はい。時間がありませんので簡潔にご説明させていただきます。ゴードル将軍の命令で送られた、連絡要員でタナカ様といって、ゴードル将軍と肩を並べるほどの腕前で、レジスタンス結成を促すためにやってきたのです。私はそのレジスタンス結成の過程でデキラの謀反の際に助けられたのです」


うん、よくすらすらと言えたな。

まあ、嘘は言っていない。

俺たちが、ゴードルと協力体制なのは事実だし、連絡要員なのもその通り、レジスタンスの結成にきたのも事実、そしてメルを助けたこともまた事実だ。

勇者であるっていうのは、地雷になりかねないからこの場では黙っているだけだ。


「なるほどな。ゴードル将軍もちゃんと動いていたか。なぜデキラに与したかと思ったが、前線に送られた和平派を救うためだったか」

「はい。その通りです。それでお父様、レジスタンスを結成するための協力をしてほしいのですが?」

「うむ。協力しよう。と言いたいが、そちらの作戦を聞いてからだ。無謀な作戦には参加できん。この家に仕えるものたちの命をかけるに値するのかを見極めなくていかない。いくらメルのお願いでもそこは譲れない」


ほう。意外と筋の通っている親父さんだな。

下手に感情的に動かれるよりもずっとましだ。


こんな感じで、俺たちはメルの両親たちに作戦の説明をしていくのであった。


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