第284射:波間の休み
波間の休み
Side:タダノリ・タナカ
ザザーン、ザザーン……。
そんな波の音がのんびりとした夜の時間を演出してくれている。
「とはいえ、そんなロマンチックな状況でもないんだがな」
俺はそう言いつつ、横を向くとそこには俺たちがのっている同型艦が同じように鎮座している。
軍船が夜の海に浮かんでいても軍事行動中としか思えないよなー。
これが豪華客船ならまだのんびりできただろうが。
「……いや、その場合はこの世界だと沈没必至か?」
どこかの豪華客船みたいに真っ二つになって沈没しそうだな。
まあ、氷山なんかにぶつかってなどではなく、魔物に襲われてだろうが。
余程スプラッタな状況になるだろう。
そしてゴーストシップか? いやー、そっちの可能性も心配しないといけないな。
「真夜中の不審船。誰も乗っていない船ねー。地球じゃまずはお目にかからなかったが、こっちの世界じゃ普通にありそうだな」
はっ、俺もどうやら退屈らしい。
軍船に乗って幽霊船のことを考えるとはな。
「とはいえ、出航してしまっている。できることはやったしな。これ以上じたばたしても仕方はない」
たった3か月の短い、いや短すぎる訓練で俺たちはゼランたちの故郷へ向かっている。
普通はありえない。軍艦を動かそうとなると数年単位の練度が必要になる。
まあ、新兵はとりあえず乗ることから始まるんだが、それでもなー。一年は座学と基礎訓練に明け暮れるものだ。
とはいえ、緊急事態だ。
ゼランたちは故郷を奪還するために、仲間を助けるために素早い移動を望んでいた。
船を見せて期待させてしまったからな、俺も行くなとは言えなかった。
「あとは、実戦でやるしかないか。あとは帰る場所も確保したしな」
まあ、帰る方法もダンジョンコアを預かっているし、ついてきている聖女さんも持っているので紛失して帰れないというのはないだろう。
あいつも別大陸の情報は欲しいだろうからな。
「問題は魔族とやらがどこまで勢力を広げているかだな。艦砲射撃と対地ミサイルのつるべ撃ちでどうにかなればいいが」
それも沿岸の精々30キロがいいところだろう。
というか、この軍艦に対抗できる戦力がいたら即座に撤退だ。
どう考えても練度で負けている。
だが、その可能性は低いだろう。
俺が倒した魔族が一人だけでやってきたの良い証拠だ。
普通に船があるなら一人で泳いでやってきたりはしないだろう。
だから、向こうにも海を渡ることは視野に入れていないってことだ。
つまり軍船が存在していない。
いや、ゼランたちが船に乗ってノルマンディーまでやってきたんだから、相応に軍人が使う船があっても不思議じゃない。
でも、そんな木造船はフリーゲート級の敵じゃない。
俺が言っている脅威は同じ技術力を持っているというやつだ。
まあ、同じではないにしろ、俺の銃を見ておもちゃといいやがったからな。
大口径の大砲でもありそうだけどな。
とはいえ、大砲ごときではこの船はびくともしないけどな。
「となると一番の問題は岩礁地帯とか、港にこの大型船が近寄れるかってことだな」
俺がそんなことをつぶやいていると、後ろから声をかけられる。
「港の方はわからんが、岩礁地帯は俺たちに任せとけ」
「ヨーヒス。悪いな」
俺はそう言いながら振り返ると魚人のヨーヒスが酒瓶を片手に立っている。
「休んでるか? まあ、手に持っている物を見ればわかるか」
「ああ、存分に休憩させてもらってるよ。まさか、こんな海のど真ん中でゆっくり酒が飲めるとは思わなかったがな」
「これぐらいはさせてもらうさ。こんな海図もないような大海原を案内してくれてるんだからな」
そう、ヨーヒスと人魚の姉ちゃんたちは何と結城君たちになぜか協力的で今回の航海で先行で泳いでくれて危険地帯を教えてくれるという役目を買って出てくれたのだ。
そのお礼が酒で済むならいくらでもくれてやる。それだけヨーヒスたちの支援はありがたいことだ。
「だが、なんでまた手伝ってくれる気になったんだ? ヨーヒスも人魚の姉ちゃんたちも今の生活があるだろうに」
「なに、海で生きるものとして、どれだけ海が広いのかを見てみたいってだけさ。命がけなるのは嫌だが、今回はお前さんがいるだろう? こんな船があるなら何も心配はいらないさ。人だって大地を果てまで探検したがるだろう?」
「なるほど。それと同じか」
「ああ、同じさ」
なるほど、魚人も人魚も俺たちも何も変わらないってことか。
「とはいえ、無理はするなよ。ヨーヒスたちがいないと動けないからな」
「ああ、誰も死にたくはないからな。とはいえ、お前さんたちの世界は凄いんだな。こんな船を使って海を渡っているんだから」
「それも何度目だよ」
「ははっ。悪いな。それだけ驚いているってことだ」
「ま、そうだろうな。木造船が精々の世界から100メートル越えの鉄の船だからな。ノルマンディーの連中を落ち着かせるのも大変だった」
「そりゃそうだろう。こんな島みたいな船がいきなり現れたんだからな。そこはお姫様たちに感謝しておくべきだと思うぞ」
「ああ、それに関してはお礼を言っているさ」
そうでもしなければ、ノルマンディーの連中からすれば異形の船がやってきたってことで大慌てでそのまま攻撃を受けていた可能性もあった。
素直に、権力を持っている連中の説得はありがたいと思ったね。
「しかし、ゼランたちの故郷は無事だと思うか?」
「さあ、そこは何とも言えないな。だからこそこういう船を用意したんだ」
「確かにな。そこでタナカたちの帰る方法も見つかればいいがな」
「そこまで期待はしていないさ。とはいえ、知り合いを増やすのはいいことだろう?」
「はっ。お前さんは本当に悲壮感がないな。一体どんな修羅場をくぐりぬけてきたのやら。勇者殿たちもお姫様たちだってこの船の航海で多少は緊張しているのにな」
「そりゃ、ヨーヒスの言う通り潜り抜けた場数の違いだな。船なんて山ほど乗っている。というか、この船を奪うためにドンパチしたからな」
懐かしい。
構造が同じだから当時のこともよく思い出せる、すぐに視線を向ければ自分が侵入してきた経路だ。
あそこから壁をよじ登っていった。
そして、船内を制圧に入る。油断しきってたおかげであっさり制圧できた。
とはいえ、部隊の2割は死んだんだけどな。
「その話も聞いたが、信じられないな。こんな敵の本拠地みたいなところに乗り込んで無事だとはな」
「それが仕事だからな」
まあ、面白そうだというのもあった。
マイケルの奴が手に入れてきた仕事だし、報酬もよかった。
傭兵の名も売れること間違いなしだったからな。
「とはいえ、ある意味制圧出来て当然でもあった」
「どういうことだ?」
「ヨーヒスは海で狩りをするときに大方予想をするだろう? 獲物のいない地域で狩りはしないだろう?」
「ああ、そういうことか。相手の行動を読んでいたわけか」
「当然。普通こんな船に真っ向から近づこうものなら、近づく前に海の藻屑だよ」
こいつが全力稼働していた空陸海で近寄りようがない。
飛行機からだと対空ミサイルで、陸からは砲撃、海なら機銃掃射。
精々一中隊の傭兵だからな。
だからこそ隙をついてやるしかない。
「まあ、作戦を立てたのは理解したが、それでも驚きだな」
「そこはわかる。俺たちも半数は死ぬと思っていたからな」
「それがわかっていて挑むか」
「そういうもんさ。戦争を職場にしているんだ。頭のネジ一つぐらい飛んでるさ。俺の方が意外だったよ。ヨーヒスや人魚の姉ちゃんたちが付いてくるなんてな。冒険心は分からないでもないが」
普通人は安全をとる。
それが当たり前だ。
「さっきも言ったがタナカがいるなら心配ないと思っただけさ。俺も、人魚たちもな」
「というか、人魚の姉ちゃんたちは普通に船に上がるよな。しかも足を生やして」
「そうでもないと、丘の上で生活できないからな。海の中で寝ていると水中の魔物が食いにくるからな」
「本当におっかない世界だ」
「いや、こんな船が何隻も存在する世界の方がおっかないと思うけどな」
どうやら隣の芝生は青いってやつのようだ。
いや、意味が違うか?
まあいいか。
「さて、船内に戻って一杯やるか」
「お、飲むのか?」
「ああ、明日は非番だからな。夜風も浴びたし、あとは飲んで昼まで寝かせてもらう予定だ」
船の中は知り合いしかいないし、部屋に至っては個室だ。
何かが襲い掛かってくる可能性は限りなく低い。
なので俺もしっかり休めるというわけだ。
どうせ大陸についたらゆっくり休めそうにはないしな。
「ついでだ。何かつまみでも作ってくれないか?」
「ああ、そうだな。何か作るか」
流石に塩をつまみに酒を楽しめるほどアルコール中毒でもないからな。
「俺としては肉がいいな。最近魚ばかりだからな」
「わかった。牛肉でも炒めるか。塩コショウで炒めるだけのシンプルな奴だ。あとはモヤシ炒めと、果物だな」
「つまみが食事になっている気がするけどな」
「なに、病気を未然に防ぐためだ。当然のことさ」
海の上ではちゃんとビタミンを取らないと壊血病になるからな。
目的地について病気で動けませんとか間抜けすぎるから、ちゃんと体調管理はしないといけない。
そう、だから豪華なつまみを食べても問題がないわけだ。
ということで、俺とヨーヒスは静かな食堂の角のテーブルで酒を飲みながらつまみを食べる。
「うん。うまい。しかし、あとどれぐらいで目的地に着くんだ?」
「そうだな。ゼランの話から察するにルートからそれてない限りあと3日ほどだな」
「おい。目前じゃないか。酒飲んでていいのか?」
「いいんだよ。慌てたとことで何かが変わるわけでもないからな」
そう、目的地はもうすぐだ。
さて、どんな状態なのかね。
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