第43射:謎の集団と全員集合
謎の集団と全員集合
Side:タダノリ・タナカ
何か知らんが、戻ってきたとき、ルクセン君は非常に危ない目をしていた。
錯乱しているとか、クスリで逝っちまっているタイプの面だった。
まあ、こっちを頼ることのない大和君の様子から見るに、別にそこまで危険なことではないんだろうとは思うが……。
しかし、ルクセン君の目が死んでいるのはいいとして、危なかった。
もう少しズレていたら、あの団体と鉢合わせるところだった。
クラックとの約束もあるからな、今はまだ聖女様と顔を合わせるのはよろしくない。
そんなことを考えていると、大和君が俺に話しかけてくる。
「あ、そういえば、今戻ってきたということは、先ほど通っていた集団を見たのではないですか?」
「ん? ああ、見たぞ。まあ、人だかりが多くて、裏を抜けてきたからなんの集団かはわからなかったけどな」
「そうですか。どうやら、あの集団は聖女様たちが移動していたらしいのです」
「ほー。わざわざこんな時間に珍しいな」
いや、動いた理由は知っているけどな。
クラックが孤児院の不正の証拠を集めて、しょっ引きに行ったんだろう。
まあ、その過程でなんで聖女とかいう大物が動いたのかはしらないが。
普通なら部下に任せて終わりだろうに。
だが、そこらへんは政治的な理由も絡むだろうし、なんとも言えないんだがな。
「あれ? おじちゃん。アロサは?」
「「あ」」
ここでようやく、アロサがいないことにミコットが気が付いて二人も声を上げる。
ついでに、ルクセン君の目にも光が戻った。
「俺がシボール孤児院に行ったのはミコットから聞いたな?」
「はい。リカルドさんたちも一緒にとか」
「ああ、流石にあの場で食料を大量に出すわけにもいかんからな」
「あ、そっかー。で、ここで出して、持っていったわけだ」
「そういうことだ。まあ、それよりも、詰め替え作業が大変だったけどな」
缶詰とかフレーク系をそのまま渡すと騒ぎになりかねないからな。
中身を取り出して、購入した袋に詰め替えるのが苦労した。
アロサはもちろんリカルド、キシュア、ヨフィアにも手伝ってもらった。
報酬は板チョコ3枚ですんだから、安いといえば安いんだが。
「まあ、その大変だったのはいい。とりあえず、シボール孤児院には食料を大量に届けておいたから、孤児院の子供たちはしばらくは持つだろう」
「しばらくってどのぐらい?」
「大体一週間ぐらいだな」
「……一週間ですか」
大和君の方はこの量に不満のようだな。
だが、文句を言わないところを見ると、継続的に支援するのがどれだけきついかというのもわかっているらしい。
たかが一週間の食糧。されど一週間の食糧。
1人につき一日500円と考えても7日で3500円。
そして孤児院の人数は17名。
つまり、59500円かかるわけだ。
これに加えて、購入する労力もいるわけで、一般の大人がこれだけの出費を毎週していられるわけがない。
加えて根本的な解決になっていないからな。
でも、そんなことはミコットには関係ないようで……。
「おじちゃん。ありがとー。みんなもおなか一杯食べられるよ」
「おう。アロサにいろいろ案内してもらったからな。そのお礼だから、そこまで気にするな。で、アロサには孤児院に残ってもらって、食事のとり方を教えてもらっているところだよ。急にたくさん食べると体に悪いからな」
「そうなんだー。だから、お兄ちゃんは少ししかくれなかったんだー」
「ま、ゆっくり治していけ。体力が回復したら、そこのお姉ちゃんたちが回復魔術かけてくれるからな」
「おー、お姉ちゃんたちは、治療師様だったの?」
「いやー。旅の冒険者だよー」
「ええ。このリテアにはちょっと寄っただけですわ」
「おー、冒険者!! あのお兄ちゃんも?」
「そうだな。俺たちはぶらぶら国を見て回っている最中に、ミコットとアロサを見つけたわけだ」
子供はどこでもやっぱり冒険に興味があるようだな。
まあ、冒険者なんて、自分の知らないことをたくさん知っていそうだからな。
そういうことに興味が尽きない年ごろなんだろう。
で、冒険者というところに興味を持ったミコットは近くにいたルクセン君にいろいろ質問をしているすきに、大和君がこちらに近寄ってボソッとミコットには聞こえないように話しかけてきた。
「……シボール孤児院の他の子どもたちはどんな感じでしたか?」
「不幸中の幸いというべきか、ひどかったというべきか、アロサやミコットのような年長の子は、二人と同じように極度の栄養失調状態だった。年長がアロサとミコットを含めて5人ほどいて、それ以外は何とかガリガリで済んでいた。一応体調などは確認したが、栄養失調以外に問題はなかった」
俺としては意外だった。
てっきり、すでに部屋に子供の死体でも転がっているもんかと思ってたけど、そういうことはなかったようだ。
「……そうですか。部屋とかは?」
「寝る場所だけだな。服も替えなんてない。あの姿だから予想はできたがな。寝る場所といっても木の箱が並べてあるだけの藁の布団だがな」
まあ、中世のベッドなんて藁の上にシーツをかぶせているのがデフォルトだけどな。
だが、直接藁の上に寝るっていうのはなかなか斬新だな。
子供たちにシーツを購入する余裕すらないのはわかるが。
「孤児院の方とは?」
「いや、こっそり子供たちのところに行った。あんなことをしている連中だ。あいつらに渡しても横流しされるのは目に見えているからな」
俺がそういうと、大和君はあからさまに顔をゆがめる。
殴りこむことはないだろうが、心が乱れるのはよろしくないので、アドバイスを言うことにする。
「まあ、ある意味助かった」
「え?」
「ここまであからさまなところだったからな。こっちも対策が取りやすい。ずる賢い奴だと、見えないところで虐待をするからな。そう思っとけ。気が付かないうちに子供が死ぬよりましだってな。冷静になれ、憤るよりも、何ができるかを考える方がいいぞ」
「……顔に出ていましたか?」
「ああ、気持ちはわかるが、相手からすれば感情が読みやすいから誘導されやすくもある」
「……肝に銘じます」
「それもやりようだ。こっちがそれに誘導していると意識すれば変わるからな。ただ、先のこと考えずに動くのはやめとけ」
「はい」
大和君がどこまで理解できたかはしらんが、人間いろいろやりようはあるんだ。
短所は長所、長所は短所ってな。
極端な話だが何もできないというのは、逆の意味では何でもできるということでもある。
感情が表情に出やすいなら、それをわかっていて利用すればいい。相手の思考を読むためにとかな。
さて、アドバイスはここまででいいだろう。
窓から外を見ると、日はそろそろ沈みつつあり、そろそろ、あのご一行が、と思っていると、部屋に今度は結城君がやってきた。
「あ、お兄ちゃんだー」
一番最初に声を上げたのはミコット。
どうやら、彼女は結城君に懐いているようだ。
「よう、ミコット元気そうだな。あれ? 田中さん戻ってたんですか。孤児院の方は? アロサはどうしたんです?」
「ああ。無事にこっそり届けてきた。そして、アロサは食べ方指導で残った」
「そうなんですか。よかったー。って、そうだ。撫子と光に代わってもらって、気分転換に外でのんびりしていたんですけど、そこでなんか仰々しい集団がいて、騒ぎになってましたよ」
おそらく、聖女様ご一行のことだろう。
ルクセン君もそう思ったのだろう、俺の代わりに口を開いて答えてくれる。
「ああ、あれって、聖女様だったみたいだよー」
「聖女様? 聖女様ってリテアのトップの?」
「そうそう。……ありえないぐらい胸が大きくて、バランスのとれた美人さんだったよ……」
そういってルクセン君の瞳から光が消える。
ああ、同じ女性として色々思うところがあったんだな。
世の中、同じ生物なのかと疑いたくなるような人物と会うことはある。
「へー。美人かー。まあ、よくわからないからいいけどさ。でも、俺が見たのは違うと思うな。だって、なんか人連れていたし、連行って感じだった」
「れんこう?」
「そうそう。何か事件でもあったのか、血を流している人もいてさ。それを連れているのがまた兵士だからな」
「そんなことがあったのですか。そうなると聖女様とは別の話かもしれませんわね」
「だねー。あの聖女様がそんな血なまぐさいことやるとは思えないし」
いやー、そうでもないんだなこれが。
あの聖女様かなりのやり手で、問題がある部署は徹底的に修正しているんだ。
だからこそ、自ら出向いたんだ。
ごまかされないように、自分の目で見て現場を押さえるために。
だが、それで、内部の反発を招いているというわけだ。
ああ、クラックのことじゃない。
潰された連中がだ。
クラックはルルア個人のことはかなり評価している。
しかし、組織となると話は別だ。
聖女ルルア一個人がいかに良くても、組織の体制が正常に戻るまで時間がかかる。
というか、正常に戻るかもわからない。そんな時間は待てない。
ならば、既存の組織を一度壊すしかない。
つまり、リテアという国の崩壊だな。既存の権力者を一掃する。
正しい者も間違っている者もすべて一度綺麗に。
というのが、クラックの考えだろう。
そうでなければ、あれだけ働ける聖女様を排除しようとは思わないはずだ。
心酔まではいかないが、支持する意見を出すだろう。
逆に疎ましく思っているなら、もっと文句が出るはずだし、子供を助けようとは思わんだろう。
となると、まずは聖女ルルアに恨みを持っているものを煽って、聖女ルルアとその一派を処分。
その後、腐った連中を謀反か扇動で一気に壊滅ってところだな。
あれだけスラム、背信者地区が大きいのに、放っておいているのがその証拠だな。
今のリテアにはそれだけのまとまった戦力が存在しないのだ。
まあ、上手くいくかはわからんし、俺の妄想で、クラックはもっと違うことを考えているかもしれないので、俺は何も言わないが。
とりあえず首を突っ込むと面倒になるのは確実なので、ノータッチを宣言してきたけどな。
そんなことを考えつつ、謎の集団について盛り上がっている結城君たちに声をかける。
「さて、集団の話はいいとして、そろそろ晩御飯だ。リカルドたちも待っている。いかないか?」
「「「あ」」」
すっかりリカルドたちのことは忘れていたようだな。かわいそうに。
あれでも結構、大和君たちのことを気にしていたからこそ、俺の食糧運搬を手伝ってくれたんだがな……。
「話すこともあるだろう。ミコットのことは俺が見ておくから、行ってこい」
「はい。ありがとうございます」
「うん。いってくるよ」
「お願いします。ミコット。またな」
「うん。行ってらっしゃい」
そう言って、ご飯を食べにでる大和君たちと、見送るミコットと俺。
そして、当然部屋には俺たちだけが残される。
「おじちゃん。私チョコが食べたいなー」
「いいぞ。一枚だけな」
「えー」
「その体を治してからだ」
「ぶー」
このガキは将来大物になるな。
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