第188射:聖女の手札

聖女の手札



Side:タダノリ・タナカ



目の前ではのんびりと馬車が移動している。

まあ、急いではいるんだろうが、馬車の速度はたかが知れているからな。

前方も後方も敵影無し。

魔物どころか動物の姿もない。


なにより、馬車の護衛に当たっている、冒険者がルーメルにいるリカルドも知っているような超有名な冒険者ときたものだ。

勘違いもあるかもと思い、ソアラとイーリスにも確認を取ってもらったが、間違いなく守りの英雄モーブ一行らしい。

どういった経緯かはわからんが、よほどのことが無い限りは、この集団が全滅するようなことないといっていた。

ああ、グランドマスターの爺さんに伝えたら、偉く喜んでいたな。

まあ、それもそうか。

これで、冒険者ギルドがリテアの上層部に恩を売れたんだからな。


だが、一つわからないことがある。

それは……。


「なんだ、あの小さい生物は」

「え? なんです?」


俺がつぶやいた言葉に、結城君が顔をのぞかせてきた。


「いや、ほら、何か見えないか?」


俺は特に結城君の監視をおろそかにしていることを咎めることなく、自分のタブレットを見せる。


「あ、本当だ。なんか小さい人?がいますね」

「だろう。俺の見間違いじゃないよな。確かにいるよな?」

「はい。ほら、また」


映像の中には、確かになんか小人のような人が馬車の中を飛び回っている。

俺の頭がいかれたのかと思ったが、結城君が見ているのなら、実際に存在しているのだろう。

と思っていると、元聖女様もにこやかに笑って話しているように見える。


「……あの生物は何だ」


初めてのことに俺も動揺を隠せないでいると……。


「どうしたんだい? タナカ殿が驚いているようだけど……。ん? ああ、珍しいね妖精族か」

「妖精族? あのちっこいのか」

「ああ、妖精族といって、体の小さい種族だよ。魔力の扱いに長けていて、映っているように浮遊する魔術も使いこなせるし、戦闘用魔術も魔族と並ぶといわれているね」


なんだそのバケモノは。

体が小さく、自力で飛べて、魔術も達者とか、なんて便利な種族だよ。

地球の軍人連中が見たら是が非でも手に入れたい人材だな。


「あとは、そうだ。どんな重症でも完全に傷をいやすエリクサー、そして、高価でなかなか手に入らないエンチャント武具の生産もできるらしい。というか本職がそれだったかな」


なんだ、その便利すぎる種族は。

というか、なんでその連中を紹介しなかったルーメルの連中は。

あ、いやまてよ。

そう言えば、四天王の偵察の時に妖精族の住処が襲われた跡があったな。

あの妖精族か。

とはいえ、聞き流していたことに今更ではあるが疑問が出てくる。


「今まで見たことが無かったのは、匿われているからか?」

「いや、妖精族は……あ、私がまだ人の国にいた頃って前提が付くが、どこの国も手出し禁止って言われていたのさ」

「どういう意味だ? ノールタルが言ったことが出来る種族なら、取り込むメリットは山ほどあると思うが?」

「そういうのを考えた国が、妖精族の捕縛に向かい、怒りを買って、魔術によって消し飛ばされたって話だね。回復アイテムもエンチャント武具も供給が止まって近隣諸国も大層迷惑したんだとさ」


……生きる爆弾か。

いや、扱いの難しい種族ってわけか。

単独で飛んで上空からの魔術攻撃。

単体爆撃機として機能する人か。

おっそろしいわ。


「で、その妖精族と元聖女が仲良く話しているっていうのは……」

「まあ、見た通りに仲良しなんだろうね」

「馬車に乗っているということは、リテアに行くつもりか?」

「多分そうだろうね」

「……なるほど。元聖女様はものすごい手札を手に入れたわけだ。妖精族との友好を餌に、敵対勢力を叩き潰すわけか」


こりゃ、敵対したほうは詰んだな。

現聖女様も楽しそうに元聖女様と話している様だし、死亡を認めさせるつもりが裏目にでたな。

……いや、英雄といわれる冒険者たちが一緒だったんだ。その情報を掴んで、わざとその村で合流したか?

普通に会おうとしても会えるわけがないからな。

リテア聖都の大教会に死んだ元聖女が訪問してきたなんて、素直に入れるわけないからな。

普通はどこかの密偵を疑うはずだし、元聖女様を暗殺した連中がそこらへんは徹底するだろう。

だから護衛が緩い出向き先で、合流したってことか。

……確実な手を打ってきているってことか。

そんなことを考えていると、結城君が口を開く。


「えーと、田中さん。これからリテアはどうなるんですか? 妖精族がいたら聖女様は元の立場に戻れるんですかね?」


まあ、気になるのはそこだよな。

例え、リテアに戻ったとしても、どうなるのかが大事だが……。


「元の立場に戻れるかは微妙だな。暗殺されるような聖女はダメという意見も出てくるだろうしな」

「え? なんでですか?」

「それだけ、周りに恨みを買っているってことだからな。聖女という立場には相応しくないってことだ。いつ暗殺されるかわからないしな。今回みたいな騒動は二度はごめんだっていう連中がいても当然だろう」


というか、絶対出てくる。

そういう、状況を知っていて戻るとも思えないんだよな。

まあ、怨念返しで破壊しつくすという可能性もあるんだが……。


「ま、あとは元聖女様次第だな」


というしかないだろう。

人の感情なんてのはわからんからな。


「とはいえ、死ぬ可能性は低いな。妖精族と仲をこじらせてまで、元聖女を暗殺しろなんてことを言うバカはいないだろうからな」

「そうですか。それは、よかったです」


結城君はそう言って安心している。

確かに、これで元聖女様は安全だ。

だが、元聖女様を暗殺しようとしていた連中はこれで終わりだな。

リテアは当分政争に明け暮れて大変そうだな。

とはいえ、この結果を世間的にはどう伝えるつもりかね……。

下手をすると、ガルツとロシュールの争いの責任もという話にもなりかねないんだが。

まあ、それはそれでいいか。

だが、そうじゃない場合が問題だな……。


「……ま、過信はしない方がいいから、このまま監視だな。グランドマスターの爺さんにも連絡をしておくか」

「はい!」



と、こんな感じで、眠気も吹き飛んで色々している間に、交代の時間になり、休んでから、定時連絡の時間になる。


『では、リテアの聖女様は生きていたのですね』

『よかっただよ。これで、リテアが動き出すことはないべ』


この話を聞いて安心しているのは、魔族の女王と四天王のゴードルだ。

まあ、これがひとまずっていうのはわかっていてこのセリフだろうな。

そこまでこの2人はバカじゃない。


「で、いい話の後に、悪い話だ。いまだに四天王の2人は見つからない」

『……本当にどこにいるのでしょうか』

『だべなー。いい加減戻ってきてもいいころなんだが……』


リテアの動きが悪くなったのはいいことだが、ラストの方はそうもいかない。

未だに、四天王の2人は行方不明で、デキラを捕縛するには至らない。

まあ、リテアの真相がラスト国に届けばそのまま動きも止まるだろうが、不安要素であるのは確かだ。


『ま、今すぐどうこうってわけじゃないからいいべ。根回しはまだおわってないだよ。なあ、リリアーナ様』

『ええ。今までの非道の証拠を盾に切り崩しは着々と進んでいます。姉さん。もうすぐです。必ず仇は討ちます』

「いや、死んでないからね。というか、私たちも一発殴らせる用意を頼むよ」

『はい。殴る場所は残しておきます』


……下着泥のことを聞いて、殴る場所が残っているといいんだがな。

しかし、着々とラスト国の情勢も変わっている様だな。

だが、それはこちら側だけの事しか知らない。

デキラもデキラで動いている可能性もある。


「殴る場所の相談はいいが、聞きたいことがある。昨日の夜、このアスタリの町に魔物の襲撃があった。このことについて何か知っているか?」

『襲撃ですか? 構成は?』

「オーガとオークの混成だな。ルートは、直線的に来たわけじゃなく、わざわざ迂回をしてだな。まあ、領主と冒険者ギルドのギルド長はたまにあることだとは言っていたが、聞いておく必要はあると思ってな」


そう、デキラが動かした可能性もある。

クォレンはアレから戻ってこないから、何とも言えないがこっちでも確認を取っておく必要はあるだろう。


『私のところまで魔物部隊を動かしたような報告は届いていません』

『まあ、デキラの方はわからないべ。だけど、テイマーがいないのであれば、はぐれだべな』

「どういう意味だ? テイマーっていうのは、確か魔物を使役する連中のことだよな?」

『はい。その通りです。ですが、魔物を言い聞かせておけるのは基本的に声が届く範囲ですね』


んー? ああ、そういえば、俺たちを襲ってきた魔族のやつも、魔物の近くにいたな。

例が少なくてこれが絶対だという確信はないが、ここでリリアーナ女王たちが嘘をつく理由もないだろう。


「なるほど。人為的じゃないって意味でいいのか? はぐれっていうのは? 意図的に逃がしたというわけじゃないんだな? オークとオーガが組むことはあるんだな?」

『はい。自然とオークとオーガが徒党を組むことはあります。おそらく……人為的ではないと思います。デキラが意図的に送り込むなら、もうちょっとしっかりした数を送ってくるはずですし……』

『だべな。その数で流石に町を落とせるとは思わないべよ』

「……そう言われるとそうだな」


確かに、意図的に送り込んだにしては、規模が少ない。

ついでに、大森林の中に存在する道を通ったという話はノールタルたちからは聞いていないから、その可能性もあるとは思っていたが、気にしすぎたか?

しかし、迂回したっていうのはな……。

と、まあここは食い下がっても仕方がない。クォレンの報告待ちだ。


『ま、それもおらが探りをいれてくるだよ。デキラがなんか企んでたってのも考えられるからなー。手紙の返事があったし、ちょうどいいべ』

「デキラが話し合いに応じるってことか」

『んだ。向こうから、話がしたいって連絡が来たべよ』

「そういえば、どういった内容で手紙を出したんだ? まさか、そっちに寝返りたいなんて直球で書いたわけじゃないんだろう?」

『それで相談があるべよ。少し食料が出来たから分けるって話で手紙に書いただよ』

「なるほど。これ以上ない、的確な手紙の出し方だな」


物資が足りていない軍にこれ以上美味しい話はないからな。

とはいえ……。


「逆に疑われたりはしないのか?」

『いやー。それはないべよ。定期的にこういう物資のやり取りはしているだべよ。ということで、小麦を20キロと木の実を……』


ということで、俺はゴードルの希望する物資を渡して、その日の会議を終えることになる。

まあ、しばらくは報告待ちってことになるだろうが……。

この状況は、安定しているといっていいのかね?



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