第189射:聖女帰還

聖女帰還



Side:ヒカリ・アールス・ルクセン



「あー、暇」


僕はそう言って、クッションに身を預けて天井を見る。

そこには代わり映えのしない天井が広がっているだけ。


「こら、ヒカリ。しっかりしないと怒られるよ」


そう言ってくるのは、ノールタル姉さんだ。


「退屈かもしれないけど。平和の証ってやつだからね」

「わかってるけどさー。馬車って足が遅いよー」

「はは、ドローンが異常なだけだよ」


ノールタル姉さんはそう言って取り合わないけど、本当に馬車の移送速度は遅い。

まあ、ドローンが早いだけっていうのはその通りなんだけど、もうかれこれ10日はこんな様子だ。

監視しているこっちの身にもなってよ。

それに……、私は起き上がってタブレットを覗くと、そこには聖女様と護衛らしき金髪の少年の姿が映っていた。


「……けっ、誰がカップルの監視して喜ぶっていうんだよ」


これじゃただのストーカーじゃん。

最初は何かの間違いかと思ったけど、たびたびの休憩で2人で降りてはああして一緒にいる姿を見せられれば表情がわからなくても嫌でも気が付くよね。

田中さんはこの金髪の少年を見て首を傾げつつも、おそらくモーブの連れか何かだろうという判断をした。

まあ、そうじゃないと一緒にいる理由はないよね。

モーブとかいう人たちと比べて、全然迫力もないし。

って、そんなことを考えているうちに、今度は馬車から妖精族の女の子が出てきて、聖女様と金髪の少年との会話に加わる。

かわいいーと思ったのは最初だけ、よくよく見れば胸はしっかりあるし、僕とは相いれない人種だということが分かったよ。

そこは全部ぺったんこであるべきだと思うんだけどなー。


「もうちょっと近づけば話が分かって面白いんだと思うんだけどなー」

「駄目だよ。冒険者は鋭いからね。しかも今回の冒険者は英雄といわれる人たちなんだろう? うかつに近づけないよ」

「わかってるって。でもねー、遠すぎるんだよねー……」


ざっと、300メートルは離れていて、拡大してようやく誰が誰だか判断できる程度で、向こうからはこっちを認識するのはほぼ不可能かな。

あー、でもどっかの部族は遠いところでも判断できるみたいなのがいるってのは聞いたことがあるけど……。

向こうはまるで警戒していないし、バレてはいないよね。

と、そんな風にノールタル姉さんと話をしていると、今度は撫子が話しかけてくる。


「光さん。その退屈も終わりですわ」

「へ? どういうこと?」

「こちら、リテア聖都の監視から聖女様が乗っている馬車が確認できました」

「まじ!!」


僕はすぐに撫子のタブレットを確認すると、確かに、聖都の監視に回しているドローンから、僕たちが監視している馬車が見える。


「おー!! ようやく到着だ!!」

「落ち着いてください。まだ終わってはいません。ドローンの高さだからこそ確認できるのであって、まだまだ距離はあります」

「わかってるって、あれ? なんか馬車の方から一騎出て行ったね」

「おそらく先ぶれでしょう。聖女様たちが到着するという報告をしに行ったんですわ」

「なるほど。と、僕たちも田中さんに知らせないと」


僕たちは聖女様たちがリテア聖都についたら報告してくれって言われてたんだ。

暗殺の恐れもあるから、リテア内に入ったら田中さんが操縦して護衛に当たることになっている。

ということで、端のベッドで寝ている田中さんに声を掛ける。


「田中さーん。おきてー、リテアにとう」

「わかった」


僕が言い切る前にすくっとベッドから起き上がる田中さん。

いつものことだけど、田中さんはちゃんと休んでいるのか不思議だ。

でも、目の下にクマもなければ動きが悪くなることもないんだよね。

だから、大丈夫ではあるんだろうけど……。


「グランドマスターの爺さんに連絡を頼む。ドローンの監視は俺が引き継ぐ」


そうスパッと判断して、すぐにタブレットを持って、監視を始める。

僕と撫子はすぐにグランドマスターのおじいちゃんに連絡を取る。


『きたな。と、ヒカリちゃんに、ナデシコちゃんか』

「やっほー。田中さんは忙しいから、僕たちから連絡だよ」

「はい。光さんの言うように、田中さんは聖女様の警護の方に就かれましたので、私たちから連絡させていただきました。しかし、きたなということはそちらでも?」

『うむ。こちらもルルア殿の帰還は確認している。こちらは、予定通り門で待ち構えて、友好を見せるといっておいてくれ。交渉の方もな』

「わかったよ。でも、無事に護衛が受け入れられるかな?」

「おそらく、今も聖女様たちを護衛をしているモーブという方たちがその仕事を受けるのでは?」

『おそらくそうなるじゃろうな』


あの、護衛で雇われたであろう、モーブとかいう冒険者たちがそのまま聖女様の護衛に当たるみたい。

まあ、信頼という感じではそれが一番なのかな?

さて、これでお話は終わりで、僕たちは晃を叩き起こして、寝ようかなーと思っていると……。


『ああ、すまんが、タナカ殿に代わってくれぬか。報告したいことがあるのだが、説明が難しいことが起こったのでな、本人に聞いてもらいたい』

「え? でも、田中さんはドローンで監視を……」

「構わないぞ。別にまだリテア聖都内に入ったわけでもないしな。ルクセン君、ノールタル、すまないが、代わってくれないか?」

「いいよ」

「うん。田中さんがいいならいいけど」


と、僕たちは再び田中さんからタブレットを受け取り馬車の監視を引き継ぐ。

とはいえ、田中さんが言ったように聖都内に到着したわけでもない。

まだまだ、到着は早くても1時間は先だろう。

遠くに聖都が見えるだけだし、馬車の視線の高さからはまだ聖都は見えていないだろう。

ドローンだからこそ、聖都が見えている状態なだけ。

そこはいいとして、グランドマスターのおじいちゃんが田中さんの話だけど……。

説明が難しいことって何だろう? そう考えて、意識を田中さんの方に向けてみる。


「で、わざわざ俺に代わってくれって言ったんだ。よほど面倒なことが起こったか?」

『うむ。まあ、タナカ殿だけにこっそり話す内容でもないから、音量を上げててもいいぞ』

「どういうことだ? ルクセン君たちに聞かせたくない内容じゃないのか?」

『別に彼女たちじゃダメというわけじゃないが、正直わしの方も量りかねていてな。タナカ殿が主体で聞いた方がいいじゃろうと思ったわけだ』


なんか、こっそり聞く必要もないみたいだし、堂々と監視のタブレットを持ったまま、横に座る。


「話していいよー」

『うむ。ヒカリちゃんにナデシコちゃんも来たようだな。では、まず前提じゃが、ロシュールの聖女でもあり、第三王女であるエルジュ殿下の訃報はしっておるのう?』

「ああ、こっちは大臣が魔族の手先だったとか」


こっちの話も怪しいよ。

リテアが係わっていそうだけど、ロシュール内部に味方がいないから情報収集ができないよね。

あ、フクロウさんに頼めばいけないかな?

でも、今も忙しいみたいだし、ルーメルの方をもっと調べてもらう方が大事かな?


『そうじゃ。まあ、真実はどうかわからんが、その関係で一つ不可解な話が出てきておる』

「不可解?」

『うむ。その聖女エルジュ様じゃが、姉のセラリア王女と逃げた際に、一度ダンジョンに逃げ込んでおるのじゃ』

「ちょ、ちょっと、それって危なくない? ダンジョンって魔物がでるじゃん!?」

「なぜそのようなところに?」

『まあ、当時は大臣の根回しで周りが全て敵じゃったようでのう。仕方ない判断だったようじゃが、問題はここからじゃ』


そう言って、グランドマスターのおじいちゃんは一度、間を入れて話し始める。


『その逃げ込んだダンジョンを聖女エルジュ様は我が物としたようじゃ』

「「「は?」」」


間を置いたのにもかかわらず、僕たちはお爺ちゃんが言った単語が理解できなかった。


「えーと、言葉の意図することはわかるが、ダンジョンを我が物っていうことがわからない。そもそも魔物が湧きだす洞窟をどうやったら自分のモノにできるんだ? 占拠したということか?」

『あー、うむ。わしもそこら辺がよくわかっておらん。まず、ダンジョンを我が物としてというのは、一般的にダンジョンコアを手に入れたあるいは、その場所を確保したということじゃ』

「ダンジョンコア?」

『うむ。ダンジョンを維持するためのモノで、魔石をもっと凝縮したような宝玉に近いモノじゃ。魔力を蓄えるので、それを使った高級な魔道具も作られている。城の魔力無効化の結界などじゃな』

「そんなものは初めて聞いたな」


うえへ、そんなことが出来たんだ。

となると、お城で魔術を撃つのはできないってことか。

まあ、危険だしこういうのは当然かな?


『ふむ。知らんかったか。まあ、そういうモノだと思ってくれ。じゃが、今回のダンジョンの掌握宣言は違った。ダンジョンの制御を握ったといっておる』

「制御?」

『そうじゃ、ダンジョンのつくりを変えることはもちろん、魔物を生み出すことも、モノを作り出すこともできると』

「……どこまで冗談だ?」


ちょっ、ダンジョンが好きに作れるって無敵じゃん。

敵を落とし穴に落としたり、閉じ込めたり自由ってことでしょう?

魔物を呼び出せるなら無限に兵士が出てくるわけだし、モノが作れるってのも好きなモノ食べ放題じゃん!?

物凄いじゃんそのダンジョンの制御を握るって!


「と、まて、そのエルジュ王女は亡くなってなかったか?」

『そうじゃ、じゃが、ダンジョンの制御は姉であるセラリア王女が引き継いだそうじゃ』

「……意味が分からんな。ダンジョンの制御は誰かが引き継げるってことか?」

『そのようじゃ』


はー、聖女様ってすごいんだ。

いや、だからこそ聖女様ってことかな?

あっ、そのセラリア王女って人と仲良くすれば、僕たちも楽にデキラを倒せんじゃん!!

僕はそんなことを考えていたんだけど……。


「まあ、どこまで本当かわからんが、それがどうしたんだ? 別に俺たちに関係しそうな話はないが?」

『ふむ。まあ、そうじゃが、いずれ落ち着いたら、そこの調査にでも行ってほしいと思ってな』

「パス。絶対いかん。爺さん、今さっきダンジョンの制御ができるといったばかりだろう? ダンジョンに入れば最後適当に始末されてもおかしくない。他国から見れば勇者っていうのは脅威でもあるからな」

『そこまでのことをするとは思えんのじゃが。まあ、お主の意思は尊重しようかのう。で、話がどうつながるかというと、その制御したダンジョン。セラリア王女の部下にルルア殿は救われたという話じゃ』

「なるほど。元聖女様と行動を共にするとダンジョンに関わらずにはいられないってことか」


ええー!?

なぜか、田中さんはダンジョンの調査を拒否した。


「なんで!? セラリア王女と仲良くなれば、デキラをコテンパンにできるかもしれないんだよ!!」

「……そうなればいいんだが、俺たちの話を聞かない場合、ダンジョンの力を使ってラスト王国を蹂躙する可能性もあるからな」

『あるのう。しかも、セラリア王女は妹のエルジュ王女を溺愛しておったからのう。それを殺されて……』

「「「……」」」


そう言われて、沈黙する僕たち。

……はぁ、なんでうまくいかないかなー。


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