第15射:バックアップ

バックアップ



Side:タダノリ・タナカ



「いやー、焦った。いろんな意味で」


まさか、あれだけ魔物を狩って返り血浴びて、血になれているはずの大和君があれだけ騒ぐとは。

いや、あれが普通の反応なのかもな。日本の年頃の女性としては当然か……。

今まで無理をしていたのは、日本を知る俺としてはよくわかっているからな。

だからと言って、手を抜くことはできない。

それは命にかかわるからな。


「しかし、血は落ちにくいよなー……、こりゃ買い替えた方がいいか? でもなー、この世界じゃ、服って高いんだよな……。しかも機能的によろしくない」


当然といえば当然なんだが、この世界の服は手作りだ。

地球のように量産体制が整っているわけではないので、自然と服というか、それぞれの品物は高騰する。

服もその一つで、平民は基本着回し。

新しい服を手に入れるときは、基本的には布を買って自分で縫うことが多い。

新品の服を買うというのは着回しできるモノがない時などだ。

ちなみに、中古の服、古着屋があるのでそちらからの購入も多かったらしい。

まあ、高いと言っても、平民が買えないほどの値段ではないのだが、服にそこまで金をかけるなら他にというのがあるのだ。

そして、俺の場合は、機能的な日本の服装。着心地とかも含めてあれだ。

一応支給されている服はあるが、比べるだけ悲しいという奴だ。

ああ、勇者の3人は高級な一式を受け取っているから、学生服は脱いで、シルクの良いシャツとか靴を履いている。

そこまでくると、流石に地球の一般的な服装よりはマシになるらしい。

値段は聞きたくないが。

とまあ、そういうことで、血に濡れた服を洗っているわけなんだが……。

全然落ちないというわけではないが、染みがしっかり残ってしまっている。

ガシガシやって落ちることは落ちるのだが、近く服が破ける自信がある。


「こりゃ、あきらめて新しい服出すかね」


魔力代用スキルで服を出せるのだ。

それで問題がないと思うのだが、魔力が切れた瞬間裸になるということもあり得るので、多少心配なんだよな。

ま、シャツが汚れただけだしな、シャツだけ変えて、シャツが消えたら上着で何とかするか。


「なにをしてるんだ? タナカ殿?」


俺がそんな感じで難しい選択で悩んでいると、大和君に続く訪問者が現れた。


「ギルド長か、見ての通り洗濯だよ。獲物の取り出した時に汚れたからな」

「あの時は別に汚れてなかっただろう? 服も解体用の服を着ていたし」

「いや、こっちに戻って肉を取り出す時、落としかけてな。咄嗟に抱き込んだのが失敗だった」

「お前さんがそういうミスをするとは意外だな」

「そりゃな。草で包んだモノなんて久々だったからな」


そう、ギルドで渡されたお肉は、日本では珍しい、草で包んだモノだ。

まあ、ビニール袋なんて存在しないんだから、草を使って包むか、鍋に肉を入れて持っていくしかないのだ。


「で、こっちに来たってことは、何かわかったか?」

「ああ。昨日の連中は闇ギルドの一員だな」

「それは本人たちから聞いた。他には? 鍵とか諸々あっただろう?」

「拠点は特定できた。だが、見張りがいる。あの男がどういう立場だったかはわからんが、他にまだ残っているのがいるから、迂闊に乗り込むわけにはいかん」

「そうか。場所がわかったんならそれでいい。俺が乗り込む」

「まて、闇ギルドを一掃するチャンスだ。冒険者ギルドも協力する」

「俺は別に一掃するつもりはないんだがな」

「なに? 利用するつもりか?」

「ああ、ああいうところは情報の宝庫だからな。ついでに家探しをして、いらん契約書でも見つけたら大問題にしかならんからな。3人の安全の為にも迂闊なことはできないな」


裏に暗殺者を派遣する組織があるのはわかったが、迂闊に叩き潰すと反撃がめんどい。


「既に、幹部みたいなのを殺しているが?」

「本当の幹部がこんなちょっとした手違いでわざわざ出向くかよ。俺は仕事の依頼書を抜いて、痕跡を消して、依頼人を見つけて万々歳」

「タナカ殿は町の平穏を守るつもりはないのか?」

「悪いが、よそ者なんでな。安全を第一にしたい。有名になるのは避けられないだろうが、あの3人にはまだ早い」

「……そうか、勇者殿たちのためでもあるのか」

「俺1人ならどうとでも生きていけるからな。じゃ、案内してもらおうか、元凶はさっさと始末するに限る」


あとは潜入して目撃者を消せばいいだけだ。

それで3人の安全は確保できるだろう。


「まて、なら私も一緒に行こう」

「はあ?」

「そうすれば、タナカ殿が始末したのではなく、私が、冒険者ギルドが闇ギルドを始末したことになる。ばれないようにやるというのは不可能に近いのはわかっているだろう?」

「まあ……な」


人が消えれば誰だって怪しく思う。

その関連で探せば、俺に行きつくのはそうそう時間のかかることではないだろう。

だが、こういうことを好きで引き受けるのがいるのか?

下手をすれば命を狙われることになる。


「俺の暗殺依頼を知ってると色々な意味で消されるぞ?」

「だからだ。ギルドは別口で潜入して、闇ギルドは拠点に火をかけて逃げた。ということにすればいい」

「資料は押収したうえでか?」

「そうだ。王家や貴族が関わっている暗殺の書類など貰っても、こっちとしても面倒なだけだからな。冒険者ギルドに敵対した連中をということにしておけばいい」

「闇ギルドだったとは知らずにか? そんな都合のいいことを信じるか?」

「こちらから何か言わない限り、接触する気はないだろう。自分が闇ギルドと関わっているとばらすようなものだからな。それで、闇ギルドが冒険者ギルドに喧嘩を売ってくるなら全面戦争になるだけだ」

「そうなれば、願い叶ったりか?」

「ああ、堂々と全冒険者ギルドは闇ギルドの始末に動き出せるな」


ま、予想はしていたが、冒険者ギルドとしても、闇ギルドは邪魔なようだ。

俺についてきて、冒険者ギルドの仕業だと堂々と残すつもりか、そして、全面戦争といっても、表向きにまっとうな仕事をしている冒険者ギルドと、暗殺などの後ろめたい仕事をしている闇ギルドじゃ、地力が違う。

いくらか犠牲は出るだろうが、闇ギルドは壊滅に近い状態になるはずだ。

裏に、貴族や有力者がいようが、表向きは支援しているなどと言えないからな。

ま、俺にとっても悪い話じゃないか。

冒険者ギルドの力量でも見せてもらおう。


「よし、話はわかった」

「なら、さっそく……」

「まて、冒険者ギルドが責任を持つなら、俺がわざわざ出向いて敵認定を受ける必要もないだろう。そっちで手配してくれ。というかしているだろう? 俺たち2人で全員やれるなんて思ってないだろうからな」

「……向かって来ればやれると思っているがな。ま、逃げる連中もいるだろうから、もちろん既に包囲している」

「なら、そっちの御手並み拝見といこうか。今更できないとかないぞ? あとは、俺の暗殺依頼に関する資料は押収できたらよこしてもらおう。俺が情報提供者だし、それぐらいはいいだろう? ああ、勝手に動いてなかったことにするか?」


俺はそう言って笑って見せる。

敵になるなら、こっちも容赦しないぞ? ってな。

向こうも、貴族たちに貸しを作りたくて、俺たちの面倒を引き受けたって経緯があるからな。

今回の事件で俺たちを冒険者側に引き込もうとするだろう。


「いや、情報提供をしてもらって、そのような不義理なことはしない。冒険者ギルドは信頼第一だからな。まあ、正直残念なのは、タナカ殿の実力を見られないことか」

「残念だったな。俺は、妙に強いレベル1の無能力者だからな」

「あそこまでの戦闘能力、戦術眼に度胸が備わっていてレベル1などというのが私は不思議でたまらないのだがな」

「それについては同意だが、レベル1は死にやすいんだろう? わざわざ危険な所に行く気はないね」

「……そう言われると連れて行くわけにはいかないな。では、ここで待っててくれ」

「おう。無事に闇ギルド退治ができることを祈っているよ」


俺がそう言うと、クォレンは周りに声を掛けて、宿屋から離れていく。


「あれだけ周りに人員を配置しておいて、俺と2人でってのは笑える冗談だよな」


俺をやっちまって、依頼した貴族の責任問題にでもするつもりか、本当に俺の実力を見るつもりだったのか、それとも俺の交渉能力を見るつもりだったのか。


「さて、洗濯は……。もうこれ以上は自分でやるのはあきらめるか」


あれだけ長話しながら、ごしごしやっても血はなかなか取れず。

洗剤もない世界は辛いね。手も冷たい。


「ヨフィアさん。これ頼めるか?」

「へ? あ、はい!!」


俺がそういうと物陰から出てくるヨフィア。


「どうも血がとれないんだよ。メイドさんのヨフィアさんならできるだろう?」

「え、あ、その……」

「それとも、ギルド長の指示で見張れとか言われてるのかな?」

「うぇバレて……違いますよ!! っていつから!?」

「前々から怪しいとは思っていたんだが、今日の連携訓練の時に確信したね。ギルド長がなにも知らないメイドをメンバーに組み込むわけがないからな。ナイフを足に巻き付けるのは慣れてなかったのは事実だが、ナイフの取り扱いは妙に慣れてたからな。主に攻撃する用の」

「うあちゃー……」

「ま、誰かにばらしたりはせんよ。ヨフィアさんには結城君たちも懐いているし、これからもよろしく頼むよ」

「……はぁ。わかりました。タナカ様はともかく、あの勇者様3人は私がちゃんとお守りします。これでもランク5の冒険者ですから」

「そら凄い。じゃ、メイドのスキルもこのついでに磨いて、冒険者メイドとでも名乗るといいさ」

「いやですよ。しかし、血を落とすのは得意ですから、洗濯物は承りました。では行ってらっしゃいませ」

「行ってくる。仕事をちゃんとするか、監視しないとな」

「ギルド長は、仕事はしっかりする人ですよ」

「信頼がないんでね。ヨフィアさんを見張りにだされちゃな」

「うっ……」


とまあ、こんな感じで、ヨフィアを置いていったあと、俺は知らないはずの闇ギルドの近くまで迷わずやってくる。


「いやー、発信機って便利だね」


文明の機器万歳である。

ヨフィアのことも超小型の発信機を付けてギルドに出入りしてたのを確認していったことだ。

無論、クォレンにもな。今日の訓練の時にちょちょいとやらせてもらった。

この世界の服装がゴテゴテで助かったよ。

中世ヨーロッパの服装恐るべし、あんな服をきてよく動けるもんだ。

細工し放題じゃん。


「ま、そこはいいとして、場所はあそこかな」


俺は辺りを見回して、建物中で一番高い場所へと移動する。


「方角良し、暗視スコープよし、スナイパーライフルよしと……」


屋上で俺はせっせと準備をして、構える。

相手が地下通路や反対側から逃げればヤレないが、冒険者ギルド側は反対側から襲っているようだし、逃げるならこちら側しかない。

しばらくすると、勝てないと見たのか、こちら側のドアや窓から逃げてくる闇ギルドの皆さま方が見えてくるのだが、それも待ち構えていた、裏を封鎖している冒険者の方々に迎撃されて捕縛されていく。


「おー、おー。流石ギルド長。こういう布陣はしっかりしているな。だけど……」


闇ギルドの方だって生死が関わっているので、死に物狂いで突破する奴もいる。

というか、なんか偉そうなのが余裕で出てきたと思ったら、冒険者たちが一気にやられた。

ボスかね?

ま、あれだけ堂々立っているとやりやすいな。


タンッ、タンッ、タンッ。


夜の町にそんな音が響いて、人がバタバタと倒れる。

さーて、残りも綺麗に始末しておきますかね。

いや、銃を知らない世界って便利だよな。



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