第108射:ここはどこ? 何してたっけ?
ここはどこ? 何してたっけ?
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
なんか、すごい宝石(モノ)を見たんだ。
もう、ずっと見てたくなる。
すごくきれいな宝石。
世の中に、こんなすごい宝石があるんだーって、初めて知った。
あれ? でも、僕は何かをするために、ここに来たような?
……うーん。思い出せない。
そして、再び目の前にある宝石に視線を向けると、頭が理解した。
そっか、僕はこの宝石を見るために。この場所にきたんだ。
あー、すっきり。納得。
じゃ、もっとこの宝石を見て……。
ドンッ!!
そんな音がして、僕の目と耳がおかしくなった。
なんか、聞き覚えのあるような声がしたと思ったけど、すぐに何かを口に巻かれて僕は意識を失う。
「……? ううーん。ふぇ?」
僕は気が付けばベッドで寝ていた。
なんでベッドに?
いや、ベッドに寝ているってことは、睡眠していたってことなんだけど、なぜか寝た時までのいきさつを思い出せない。
とりあえず、僕は体を起こして、部屋を確認してみると……。
「……うん。普通にお城の僕たちの部屋だね」
ここは間違いなく、ルーメルのお城で用意してもらっている僕たちの部屋だ。
ということは、普通に寝てただけ?
でも、なんか忘れている気がするんだよなー。
というか、お腹がやけにすいている感覚から、僕はきっとお昼ご飯と晩ご飯を食べていないとわかる。
僕がご飯を食べずに寝ることなんてありえないから、この状態は異常事態ということだ。
だけど、なーんにも思い出せないんだよねー。
そんなことを考えつつ、何か思いだすかと思い、部屋を見渡していると、横に寝ている撫子を見つける。
「あれ? 撫子も寝てる? 僕、普通に寝てただけ?」
まさか、撫子もご飯を食べずに寝たというのはあり得ないだろうし……。
でも、そこで気が付いたのだが、撫子越しに見た窓の外は真っ暗だ。
というか、部屋はろうそくの灯りだけで照らされていることに気が付く。
「……僕が早起きした?」
そんなばかなと思うが、夜の内に僕が起きることが無いのは、自分自身がよく知っている。
寝れるときにしっかり寝るのは、いいことだって田中さんも言ってたし、決して僕が子供だという話じゃない。
となると、やっぱり不思議だ。
僕が夜に起きるような、何かが起こって、僕が思い出せなくっているってこと?
「ああもう、考えても埒が明かないや。撫子? 撫子、ごめん起きて」
ただ寝ているだけの撫子を起こすのは気が引けるけど、二度寝はできそうにないので、仕方なく起こすことにする。
「ん? んんー。光さん?」
「そうだよ、撫子。寝ている所悪いけど、起きてくれないかな?」
撫子はぐっすり寝ていたようだけど、僕が揺すりなから声をかけると、素直に反応してくれる。
僕の場合は梃子でも起きないから、田中さんが~で続くフレーズで飛び起きることが多い。
というか、結構な夜で、しっかり寝ていても、こんな簡単に起きてしまう撫子が変な気がする。
と、そんなくだらないことを考えている内に撫子が横たわっていた状態から、体を起こす。
「……あら? まだ夜じゃないですか。どうしたんですか、こんな時間に起きるなんて珍しいですね」
撫子は直ぐに窓の外を見て、僕が起きたことに軽く驚いている。
やっぱり僕が夜に起きるのはおかしいって認識なんだなーと思いつつ、話を進める。
「それがさ、なんか僕忘れている気がするんだよ。というか、ここで寝た経緯を覚えていないんだ。何か撫子は知らないかなーと思って。ほら、何か大きな事件でもあったかもしれないし」
「ここで、寝ている理由、ですか?」
撫子は僕の質問に首を傾げる。
傾げて……。
「……ちょっと待ってください。私も、なぜ部屋で寝ているのか見当が付きません」
「撫子も?」
どうやら、本当に何かがあったみたいだ。
僕はともかく、撫子も寝ている理由を覚えていないのはおかしい。
いや、なんか自分がおバカと宣言しているようで悲しいけど、今は現状の把握が大事だよね。
「……ええ。光さんに言われて思い出そうとするんですが、なぜここで寝ているかわかりません。うーん。確か、今日……今日ですか。もしかして数日寝ているとかありませんよね?」
「へ? ま、まさかぁー。僕のお腹は二食分ぐらいだけど……」
え? 数日寝ていたって可能性は考えてなかったよ。
「ま、まあ、とりあえずさ。何か覚えていることとかない? 僕はあまり思い出せないんだよねー。なんか、調べ物をしていたような気がするんだけど……」
なんで、調べ物が必要なんだっけ?
って感じで、妙に頭の中に靄がかかっているんだよねー。
「調べ物? 調べ物……。あっ!? 思い出しました!! 私たちは前王が得ていたかもしれない魔族の拠点について、何か資料が無いかを調べていたんですよ!!」
「あー!!」
思い出した!!
そうそう。田中さんの指摘で、大軍を動かすのに目標が不明はあり得ないって話になって、お姫様に頼んで、王家の倉庫へ調べ物に行ったんだった!!
「で、何で僕たちがここで寝てるの?」
「……いえ、それは私も覚えていません。一体何があったのでしょうか?」
2人して首を傾げる。
肝心の部分がやっぱり思い出せない。
「とりあえず、ここで考えても思い出しそうにないし、誰かに聞くのはどうかな?」
「誰かに、ですか……。そうですね。今のままだと気になって眠れませんし」
「だよね。だから僕も撫子を起こしたんだ。でも、ごめんね。寝てたのに」
「いえ。このような状態なら起こしてもらわないと困りますから。気にしないでください。とりあえず、外へ出ましょう」
「うん。そうしよう」
そういうことで、僕たちは部屋から出たんだけど……。
暗くて静かな廊下が広がっているだけだった。
「……誰もいないね」
「それだけ、夜遅くというわけですわね」
「どうする? こんなに遅いんじゃ、みんな寝ているかも」
「とは言え、このまま朝を大人しく待っている気分ではありません。そうですよね?」
「まあね」
目が覚めたらわけのわからない状況だったし。
原因がわかるのなら知りたい。
「では、この時間でも起きてそうな、寝ていてもすぐに起きること間違いなしの、田中さんのところへ行きましょう」
「おおっ。それは名案」
確かに田中さんなら、夜更かししていそうだし、寝ていてもすぐに起きそう。
晃は起きそうにないし、リカルドさんやキシュアさんは結構部屋が遠いし、メイドのカチュアさんやヨフィアさんは使用人室だからほかの人もいるから、田中さんしかいないね。
ということで、僕たちは田中さんがいるであろう部屋に向かうことになるのだが……。
「「……」」
暗い廊下を自分の魔術の灯りを頼りに進んでいくと、何か妙な気持ちになってくる。
蛍光灯とは違って、自分がいるところが光源だから、暗い廊下の先は見えない。
ただ無限に広がる闇の中に進んでいるように感じる。
「……道こっちであってるよね?」
「そのはずですが、光が差さない夜のお城は別の道に見えてきますね」
「うん。なんか妙な感じがするよね」
「ええ。まるで別世界のようですわ」
僕たちの影が壁に映るとどこかの影絵を思い出させる。
なにか、絵本の世界に迷い込んだみたいだ。
そう、撫子が言ったようにまるで別世界って……。
「いや。ここって既に別世界だよね」
「そうでしたわね。って、そういう意味ではありませんわ。ガラッと雰囲気が変わっているという意味ですわ」
「わかってるって、あれだよね。放課後の学校みたい」
「ですわね。日中は誰かしら廊下を行き来しているイメージあるのですが、夜はここまで静かなのですね」
「だねー。深夜にもなると見回りの兵士さんたちも見ないねー」
「……」
「あれどうしたの?」
突然、撫子が足を止める。
「いえ、光さんに言われて気が付きましたが、おかしいですわ。見回りの兵士もそうですが、私たちは一応勇者としてそれなりの待遇を受けています。なのに、私たちが部屋を出たのに誰一人あっていません。使用人などはこういう時は寝ずの番で控えるはずなのですが……」
「あ、そういえばそうだよね。のどが渇いたときはお水持ってきてくれたし」
なのに今はいない。
やっぱり何かあったのかな?
と思って廊下の角を曲がろうとすると、その角からぬっと影が伸びてくる。
「何やってるんだ」
「「きゃっ!?」」
顔を出したのは探していた田中さんだが、こんな夜中にいきなり現れると心臓に悪い。
思わず女の子らしい悲鳴を上げてしまった。
いや、可愛らしい女の子だから問題は無いんだけど。
と、そこはいいとして……。
「なんだ、田中さんか。何をやっているって、なんか気が付いたら夜で、わけわかんないから、誰かに事情を聞こうかと思ってたんだよ」
「そうです。なぜか、記憶が途切れていまして、確か、前王の遺品を調べに行ったような気はするのですが……」
僕たちがそう聞くと、田中さんはこちらをじっと見つめて……。
「どうやら、正気に戻っているようだな」
「はい?」
「どういう意味でしょうか?」
よくわからないことを言ってきた。
どういう意味かな、正気に戻っているって?
「ま、そこの話を俺もしたいが、ここじゃなんだ。部屋で話すか」
「あ、うん。そうだね」
「そうですわね。廊下ですもの」
ついでにすごく暗くて不気味。
そういうことで、僕たちは近くにある田中さんの部屋へとやってくる。
「で、田中さんは、何でこんな夜更けに外を出歩いてたの?」
「ん? 普通に一服の為だな」
「またタバコですか……」
この人は、相変わらずだねー。
そして撫子もちょっと怒っている感じで田中さんを睨む。
まあ、健康に良くないし、僕たちも田中さんに倒れてもらっちゃ困るからね。
「まあ、そう睨むな。こういうのはそうそうにやめられるものじゃないしな。それに、今日は散々だったからな。これぐらいはいいだろう」
「散々だった? やっぱり、僕たちの記憶が曖昧になるようなことがあったの?」
「あった。というか、2人はどこまで覚えているんだ? 大和君の話だと、朝話した王家の倉庫へ遺品を漁りにってのは覚えているんだよな?」
「はい。ですが、それ以降の記憶がなくて……」
「僕なんか、最初は王家の倉庫に行ってたことすら忘れてたよ」
「なるほどな。結構前後まで記憶を飛ばすわけか。まったく厄介な代物だな」
田中さんは面倒くさそうにそう言う。
「厄介な代物って僕たちが何かしたってこと?」
「田中さん、教えてくれませんか? 一体何が起こったのですか?」
「あー、まあ、隠していても仕方がないか。簡潔に説明するぞ……」
田中さんの説明を聞くと、僕たちは当初、一緒に王家の倉庫へやってきて、前王の遺品から魔族の拠点が分かるようなものを探していたみたい。
言われてみればそんな気もする。
しかし、そこで、前王の遺品の中から宝物と呼べるものが多数入った小箱が出て来て、その中にある宝石に僕たちが目を奪われたらしい。
いや、表現が甘かった。田中さん曰く、薬をやっている人たちみたいだったらしい。
その様子を見た田中さんたちはヘタに宝石から引き離すと、加減無く暴れられることを考慮して、スタングレネードを使用して、混乱している私たちに対して、薬を嗅がせて寝かせたらしい。
それが、僕たちがベッドで気が付けば寝ていた理由だ。
「えーと、僕たちに後遺症ってないの? その宝石とか眠らされたお薬とか?」
流石に、正気を失ったり、簡単に眠るほどの薬を使われたってのは、ちょっと心配になった。
「宝石の方は知らないが、眠らせた薬に関しては心配ないぞ。ただの精神安定剤だ。ともあれ、その後はマノジルまでやってきて大騒ぎ。正気を失ったのはお姫さんたちも含まれてたからな。ようやく後片付けが終わって、解散したところだ。俺は寝る前の一服。ま、宝石の方に関しても今は普通に会話ができているから、そこまで心配はいらんだろうさ」
「「ほっ」」
安全だということを聞いてひとまず一安心だね。
そう思っていると、撫子が田中さんに質問をする。
「私たちが正気を失っておいてなんですが、結局何か魔族の拠点に関する情報は得られたのでしょうか?」
「あ、そうだ。そっちが大事だよね。何か見つかったの?」
「ん? ああ、そっちはもちろん見つかったぞ。ほれ」
そう言って、印刷したような紙が渡される。
「へ? これって何か機械でコピーされたような感じなんだけど?」
「スキャンしたような感じですわね」
「そりゃ、原本の資料は一応、遺品だからな。それは王に渡している。ま、そんなことより中身だ」
そう言われて、僕たちはパラパラっと資料に目を通すんだけど……。
「これって……」
「魔族が道を作っているということですか?」
「その通り。お姫さんが未来予知で見た、大軍が押し寄せるってのは案外ハズレじゃないかもな」
「「……」」
そう言う田中さんに僕たちは何も答えることができず、耳に痛い夜の静けさだけがこの空間を支配していた。
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