第215射:順調に進む不安

順調に進む不安



Side:ナデシコ・ヤマト



「どうも、初めまして? になるのでしょうか、リリアーナ女王陛下のメイドを務めるメルと申します」


そう言って頭を下げるメルさん。

あの大混乱のラスト王国のお城からリリアーナ女王と共に逃げたメイドさんです。


「やっとあえたね。メル!!」


そう言って光さんがメルさんに飛びつきます。


「ヒカリ様。本当に可愛らしいお姿ですね。こうして出会えたことうれしく思います」


メルさんも優しく光さんを抱きしめて再会を喜び合います。

しかし、その姿はけっして楽な道のりでないことを示していました。

一週間以上、大森林を彷徨っていたせいでしょう。メイド服は所々擦り切れ汚れもかなり目立ちます。

靴に至ってはボロボロと言っていい状態です。

それに、何よりひどいのは……。


「さ、メル。約束だよ。顔を治そう」

「あ、はい。よろしくお願いいたします」


そう、メルさんの顔は最初の頃よりはマシとは言え、いまだにデキラの部下か誰かは知りませんが、暴行された跡が残っており、内出血を起こしているのか、青くなっています。

女性の顔を何だと思っているのでしょうか。

まあ、国をとるという目的があったのでしたから、普通の手段ではだめというのはわかりますが、これはダメです。

私たちの怒りをさらに買いました。

メルさんを守ったリリアーナ女王も顔をなぐられ、ひどいことになっていました。


そういえば、女王はウィードにたどり着いたと聞きましたが、治療はどうなのでしょうか?

優秀な回復魔術師がいればいいのですが……。


と、そんなことを考えているうちに、メルさんの治療が終わったようです。

だって、見るからに、美人といえる人がそこに立っていましたから。

光さんの回復魔術はうまくいったようで、顔の傷だけでなく、所々にあった擦り傷などもすっかり治っています。


「……凄いものですね。これが回復魔術の最高峰、エクストラヒールですか」


メルさんも驚いているようで、自分の体を確かめるように触っていたり、動かして確かめているようです。


「どうよ。これが僕の回復魔術だよ」

「流石、勇者様。ありがとうございます」

「メルが治ってよかったよ。じゃ、あとは服を着替えよう。僕たちがいるから、安心して着替えていいよ」

「……そうですね。目立ちますし、お言葉に甘えさせてもらいます」


そう言って光さんとメルさんは車のほうへと向かい着替えを始めます。

流石に車の中で何人も着替えの手伝いをするのは難しいので、私たちは外で着替えが終わるのを待っていることになったのですが……。


「そういえば、撫子。国境の近くなら魔物がいてもおかしくないと思うけど、襲ってこないよな?」

「そういえばそうですね。……周囲の状況はどうなっているのでしょうか? 田中さん」


こういう時は、田中さんに聞くのが一番なので、ちょっと遠くに立っている田中さんに声をかける。


「ん? どうした?」

「いや、国境って情報封鎖をするために、敵が張ってるって話じゃなかったでしたっけ?」

「その割には、静かすぎませんか? 私たちの車は目立ちますし、なのに……」

「ああ、そのことか。俺も不思議に思って今ドローンを飛ばして辺りの警戒をしているところだが、まったく敵はいないな。少なくとも、大森林のところまでは」

「何か起こっているのでしょうか?」

「さあな。ま、何か起こっているのは事実だな。考えられるのは、もう情報封鎖の意味はないと思っていて、戦力をさらに集めているか。それか意外とそこのメルが知らないうちにここいらの魔物を全部排除したとか」


なるほど。

確かに、もう情報封鎖の意味はないのかもしれません。

既にデキラが率いる好戦派の先発隊はアスタリに到着していますし、情報封鎖をしようにも限度があると考えても不思議ではありません。

あ、メルさんが倒したとかいうのは無いですね。

メイド服は確かに汚れてはいましたけど、魔物を倒したような血の付着はありませんでした。

まあ、おそらくメルさん自身からでた血の付着は見受けられましたが。


「まあ、すんなり国境を越えられたんだ。俺たちにとってはありがたい話だから良しとしておこう。案外、リテア方面の砦に集まってメルの捜索に参加しているかもしれないしな」

「あー、その可能性ありそうですね」


そっちの可能性もありますわね。

確かに、デキラたちはリリアーナ女王を優先的に狙っていましたが、メルの方にも追手を差し向けることも十分に考えられます。

というか、最初はメルを人質に取っていたぐらいですから、また人質にしようと考えてもおかしくはありません。


と、そんなことを考えているうちに、メルさんがなぜかまたメイドさんの服装で車から降りてきました。


「なんでメイド服をまた着るかなぁ~。もっといろいろ服を選べたのに」

「いえ。私にはこれが一番しっくりきますので。ですが、見せていただいた服が嫌というわけではございません。厚かましいお願いではありますが、いつか機会があれば見せていただいた服に袖を通させていただければと思います。今は、まだ戦いが続きますから」

「あー、そっか。それなら納得。うん、その時になったらいろいろ着てみよう。メルならきっと似合うよ」


まあ、メルさんの言う通り、今からは戦いの連続です。

着飾るのはそれが終わってからいいでしょう。

……なぜメイド服がメルさんにとって戦闘服なのかは置いておきましょう。

きっと仕事服だからという意味です。


「さて、着替えも終わったなら戻るぞ。いつ魔族と魔物が出てきても不思議じゃないからな。足止めされるまでに出るぞ」

「「「はい」」」


田中さんにそう言われて、すぐに私たちは車に乗り込み移動を開始します。


「よし、向こうに残っているセイールに連絡を」

「はい。分かりました」


私は田中さんに言われて、アスタリの町に残っているセイールさんに連絡を取ります。


『あ、ナデシコ。元気?』

「ええ。元気ですわ。セイールたちの方はどうですか?」

『こっち、は、問題ない』


最近はセイールも随分回復してきて、たどたどしい話し方から脱しつつあります。


「そう良かったですわ。こちらはメルさんの回収に成功いたしました。これから戻ります」

『そう、はやかった、ね』

「ええ。魔族や魔物がいなかったのが幸いでした」

『……それは、おか、しい。情報封鎖を、していたはず』

「そう思います。ですが調べている時間はありませんでした。まずは戻って好戦派本隊との戦いが優先です」

『わか、った。その通り。こっちも、タナカの言われたことは順調に進んでいる』

「それは良かったです。では、また定時連絡で」

『うん。待ってる』


そう言うと、通信が切れて私は田中さんへと視線を向けて話の内容を告げます。


「どうやら、向こうにも特に問題はないようで、セイールさんの表情も普通でした。そして、田中さんに言われたことは順調に進んでいるようです」

「そうか、ゴードルのいう毒物作戦はうまくいくかね」

「ゴードルのおっちゃんが言うなら間違いないんじゃない?」

「ま、ゴードルさんの言うことを信じないわけじゃないけど、魔物がおなかを壊す食べ物か。普通、そういう食べ物って、野生の生き物って食べないんじゃないのかって思うよな」


3人が話しているように、田中さんが外出中に頼んでいるのは、敵の進軍を遅らせる、鈍らせるための毒物作戦。

ゴードルさんの発案でそれを魔物が食べれば食中毒で動きが鈍くなり、アスタリの町への侵攻を鈍らせることができる予定です。

まあ、晃さんの言うように人を簡単に殺せるような生物たちが、食中毒になるのかという疑問は残ります。


「まとめて殺すなら簡単なんだけどな。それは出来ないからな」

「……田中さん絶対だめだよ。和平派の人もいるんだからね!」

「……ゴードルさんも巻き込みますわよ」

「2人とも、流石にそこまで田中さんもしないって、ねえ?」

「……ああ。俺もフレンドリーファイアは簡単にはしない」

「そこはすぐに否定してくださいよ! あと簡単にはしないって!?」

「そりゃ、戦場だ何が起こるかわからないからな。ゴードルが自分ごとと言うなら、俺は引き金を引く。そこは間違うな。ためらいが犠牲を生むこともある」

「「「……」」」


その言葉に私たちは沈黙する。


「そうだね。タナカの言う通りだよ。ためらって、作戦が失敗したら元も子もないからね。その時は、ためらわずにやってくれるさ。タナカがね。そうだろう? だから、自分でやるって言ったんだろう?」


その沈黙の中、気にした様子もなくノールタルさんがそう答える。


「別に俺がやる必要もないけどな。結城君たちがやる方がきついだろう。というか、その時になって邪魔されてもかなわないからな」

「はぁ、邪魔されるかもって思って、わざわざ言うかい? タナカなら私たちが動く前にどうにでもできるだろうに。そういう不器用なところは直さないと、誤解されるよ?」

「……こういうのはな、矛先がある方がいいんだよ。誰かのせいでこうなったってな。ため込む方が面倒になりやすい」


そういうことですか、なぜ田中さんはそんな私たちが足手まといだというのかと思いましたが、私たちの代わりに動くという意味だったのですね。

紛らわしい言い方です。

でも、そうすることで、私たちが悩まないようにしていたんですね。


「俺ならそういうのは慣れているからな。新兵の教育ではよくあることだ。で、まあ、何か不満があったらこっちにぶつけろ」

「いや、今の話聞いたら無理だよ……」

「流石にできませんよ」

「私たちも子供ではありません。なんとかします」


私がそう言うと、光さんも晃さんもうなずきます。


「あー、こういうのは無理するモノじゃなくて吐き出す方がいいんだが……。まあ、リカルド、キシュア、ノールタル、ヨフィアたちのような大人もいるから、そっちを頼ってもらうか」

「ああ、任せておくといいよ。若者を慰めるのはお姉さんの務めだからね」


ノールタルさんがそう言うと、リカルドさんたちも頷きます。


「タナカ殿ほど頼りにはならないと思いますが、多少は力になれるかと」

「はい。意外とタナカ殿より、私たちのほうが話しやすいかもしれないですしね」

「さ、アキラさん。私の抱擁で元気になりましょう! 不満も性欲も全部吐き出して」


最後のヨフィアさんの発言はほっといて、まあ、この分ならちゃんと頑張っていけそうだと思うのでした。



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