第29射:洞窟の個人的な評価

洞窟の個人的な評価



『ダンジョン』



それは、神が作ったとも、魔王が作ったとも、それすらも意に介さない天災ダンジョンマスターが住む居城だとも言われる神秘の場所。


数多の怪物を吐き出し、財宝を蓄え、何のために存在しているのか、未だ解明されていない。


しかし、そこに人々は群がる。


それは、国防のためだったり、富と名声を求めるためだったり、その連中相手の商売のためだったり。


結局、なんだかんだで壮大に言われてはいるが、人にとっては生活を保つための手段の一つとなっている。


そして、時には遥か未来まで語り継がれるほどの冒険譚の生まれる場所。



Side:タダノリ・タナカ



そんな謳い文句を俺は聞いて、ぞっとした。

俺たちが今向かっているのは、ガルツ側の国境の町の近くにある訓練用ともっぱら言われている難易度の低い、ダンジョンである。


そう。ダンジョン。洞窟。


俺たちの、いや俺の認識からすれば、ただの穴だが、結城君たちからすれば、探求心をくすぐられる場所らしい。

まあ、気持ちもわからないでもない。

俺たち傭兵にとってはただの洞穴だが、学者などにとっては垂涎の価値があったりするものだ。

ある程度昔なら、海賊や山賊の宝がと盛り上がれたが、昨今の海賊、山賊は所謂、裏社会、マフィアとのつながりが強いからな。

洞窟に金銀財宝を隠したりはしない。

普通に、銀行に預けていることが多い。

時たま、時の独裁者か資産家が、隠していることはあるが、それも自宅だ。

映画の冒険家のように財宝を見つけるなど、めったにない。

まあ、それでも、沈没船などを探すトレジャーハンターっていうのは現代の地球でも存在するがな。

と、俺の洞窟への偏見はいいとして、ぞっとした理由は別にある。


このダンジョンというのは、この世界では、ダンジョンマスターと呼ばれる怪物が作るものであるらしい。

そこが一番ぞっとした。

罠やトラップも危険だが、管理者がいるというのが一番まずい。

この世界において、ダンジョンは資源を吐き出す鉱山のような役割であり、危険もあるという認識だが。

俺からすれば、敵の拠点としか思えないかった。

敵を排除して安全を確保できるのならともかく、無限に補充され、あまつさえ宝も生成されるらしい。

冷静にみれば、ダンジョンは人間ホイホイだ。

人をかき集めるために動いている。

まあ、国の上層部はそれを理解していないわけはないとは思うが、人がダンジョン内で殺されてもダンジョンに吸収されると知っているからな。養分になるという認識はあるのだ。

つまり、ダンジョンは怪物の胃の中といってもいい。

地球で言うなら、監視カメラとオート迎撃装置付きの屋敷というか要塞の中にいるようなものだ。


ローエル将軍たちは、訓練用で安全性が確認されていると言っているが、それは、ローエル将軍たちも含めて、今までの利用者が管理者にとって有害と思われていないから穏便に済んでいるのだと思う。

管理者、ダンジョンマスターの存在が確認されていて、討伐をする際は被害が甚大になるというのが一般的らしく。それからわかることは、敵と認識したら、国家戦力を用いても、苦労するということだ。

俺の心配している点は、俺たちが異邦人であることや、勇者という特殊な立場から、管理者から排除と認識されないか?ということなのだ。

下手にダンジョンに入ったが最後、そのまま死体になりそうで怖いのだ。

敵のテリトリーに入るのはよほどの覚悟がいるからな……。


「タナカ殿、どうかされたか?」

「あ、いえ。初めてのダンジョンなので、ちょっと緊張しています」

「はは。タナカ殿や勇者殿たちの腕前なら、あのダンジョンは軽く攻略できますよ。ああ、ですが、攻略しても奥にあるダンジョンコアをとるのはやめてくださいね。昨日も言いましたが、ダンジョンを動かす動力なので。一度取ったら、ダンジョンの機能が停止してしまいます」

「はい。そこは理解しています」


不安になる理由はこの話にもある。ダンジョンを動かすコアというものは、ローエル将軍たちの力では作り出せず、再起動もできないという、オーバーテクノロジー、ロストテクノロジーというやつなのだ。

自分たちで、管理、制御できないものを利用するっていうのも怖い。

いつ暴発するかわからんからだ。

まあ、言い出したらキリがないというのもわかるが、俺にとってはなじみのない事柄で警戒を解くわけにはいかない。

そして、最後に……。


「そういえば、ローエルさん。兵士の人たちもなんか張り切ってますけど、何かあるんですか?」

「アキラ。ダンジョンで討伐した魔物はアイテムをドロップするというのは教えたが、ダンジョンの間引き討伐では、通常日当とは別にそのドロップしたアイテムは臨時収入として扱っていいことになっている」

「え? ということは稼ぎ時?」


そう、兵士に周りを囲まれているのだ。

表向きは、俺たちの手助け臨時収入となっているが、何か思惑があれば、ダンジョンの中で行方不明というのもあり得るだろう。

こっちはダンジョンの知識は皆無で、対応力も低い。

幸いというかローエル将軍は昨日の会話から、敵対する意思はないと思うが、それでも部下がほかの指示を受けていないとも限らない。

……あまりの状況に、冷汗がでる。

ダンジョンというのはいろいろな意味で危険な場所だ。


「ヒカルの言う通りだ。まあ、訓練用で稼ぎもたかが知れているがな。それでもないよりはましだし、戦争に参加するよりいいのだろう」

「……失礼かもしれませんが聞いてもいいでしょうか?」

「ナデシコ? かまわない、言ってみてくれ」

「将軍は戦争に参加するよりいいといわれました。やはり、ロシュールとの争いは不本意なのでしょうか?」

「ああ……、そういう話か。まあ、将軍としては不適切な発言かもしれないな。だが、ロシュールとは国境争いこそしていたが、長年それだけで済んでいた間柄だ。交易もあったし、お互いの友好もあったからな。不本意といえば不本意だ。だが、王族として、この国に住む一人の人として、国民を見捨てることはできない。だから私はかつての友が敵になろうとも戦う覚悟はできている」

「「「……」」」


大和君たちはローエル将軍の覚悟を感じたのか、じっと話を聞いている。

まあ、こういう真面目なところから、このローエル将軍が裏切ることはないと思っている。

この人だけは信用できるというのは、生きる上で大事だからな。

とは言え、それに裏切られてあっさり終わる連中もいる。

俺たちも、あっさり終わらないように気を付けないとな……。


「まあ、命を懸けるというのはそういうことだ。そう難しそうな顔をすることはない。生きるために、自分が望むものを手に入れるために努力する、戦うという意味でもあるからな」


ローエル将軍は真剣に聞いている大和君たちにそう声をかける。

まあ、真剣に悩んだところで答えが出るようなものじゃないからな。

その時になって、その場の判断でっていうのはよくある。

というか、今は、ダンジョンでの訓練に集中してもらわないといけない。


「ほら、ひよっこが戦争に出た時のことなんて考えても仕方がない。戦えなくちゃ、その場所には行けないからな。そんなことを考えているとその前に訓練途中で死ぬぞ?」


俺がそう言うと、ローエル将軍も俺に同意して頷く。


「そうだな。田中殿の言う通りだ。いずれ来る選択に悩むというのはわかるが、先を見すぎて躓いてしまえば元も子もない。まずは、この訓練を終えることに集中したほうがいい」

「わかりました」

「わかったよ」

「ええ。死にたくなんかありませんから」


3人はそう返事をする。

まだ、多少迷いはあるだろうが、現場に行けばそんな迷いは吹き飛ぶことを祈ろう。

そうでなければ大けがか、死ぬだけだ。

大けがは復活できるならいい教訓として是非負ってほしいが、そんな絶妙なことはできないだろうから言わない。

とまあ、そんな会話がありつつも、目的のダンジョンへとたどり着く。


「そういえば、訓練用という割には、町から結構離れているな。稼げる場所ならその近辺に村や町ができていそうだが」


俺は、ダンジョンを見てそんな疑問が出てきた。

そしてその疑問にはやはりというか、ローエル将軍が答えてくれる。


「訓練用と言っただろう? ここはそこまで収益が見込める場所ではないからな。新人の冒険者や兵士の訓練用としても使われているということだ。つまり……」

「遠征とかの、訓練も含めて考えてこの距離だってことか?」

「その通り。このダンジョンに来るだけで基本的に夕方まで時間がかかる。それから、探索となると、数日を要する行程だ」


なるほど。ここでの訓練は、野営、夜番といった、サバイバルの基本も訓練に入っているというわけか。

となると……。


「さて、ここからは勇者殿たちに判断を任せよう」

「「「え?」」」

「そうだな。結城君たちがこれからどうするか指示をするべきだな。結城君たちの訓練なんだからな」


そう。この場で判断をくだすのは、結城君たちだ。

まあ、ちゃんとした判断ができるぐらいには育てているから……。


「では、今日はダンジョンの近くで休みましょう。朝になってからダンジョンの探索に行きたいと思いますが、お2人はどうですか?」

「異議なし」

「同じく意義ナーシ。もうすぐ夜なのに、ダンジョンに入ったら寝ないでオールナイトになりそうだからねー」


3人は迷うことなく休息を選択。

作戦でもない限り、夜に動くメリットは低いからな。

ちなみに、稀にダンジョンから魔物が外へ出てくることもあることから、近くとは言ってもかなりの距離を空けているので、気が付いたら包囲されて、ダンジョンの魔物から攻撃を受けるということはない。

そして、夜はゆっくり休んでから……。



「よーし!! 準備は完了!! 宝を探すぞー」

「おー!!」

「……不安ですわ」


結城君とルクセン君は昨日の夜、戦争のことではなく、宝のことを考え、ハイテンション。

かわりに大和君が不安で頭を抱えるという始末だ。

とは言え、ある意味これはこれでバランスはいいのかもしれないな。

2人が調子に乗って、1人が冷静。訓練には最適かもしれない。


「よし、お前たちは、勇者殿たちが通って行った通路の確保だ。その間に出た魔物のドロップ品は懐に収めてよし」

「「「よっしゃー!!」」」

「だが、勇者殿たちが行っていない未探索区域には立ち入りを禁ずる。宝をあれだけ期待しているんだ。譲ってやれ」

「「「はっ!!」」」


ローエル将軍の部下は本当によく鍛えられている。

これで、堂々と、俺たちの帰り道は封鎖されたわけだ。

いや、俺が嫌なだけで、ローエル将軍はこちらを心配してだろうがな。

何もなければ、それはそれでいい。

だが、何かあるのなら……。



「遠慮なくやらせてもらおう」



ここはダンジョン。

何が起きても不幸な事故で済ませられる。

お互いにな。


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