第269射:航海の果て
航海の果て
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
病室とも言えないただの倉庫に案内されたときに思い出したのは、貧民区画の人たちがとらえられていた倉庫。
病人をただ放り込んで、そのまま放っておいているという胸糞悪い場所だった。
「なんでっ!!」
あまりの扱いに声を荒げる。
避難民たちを助けているって言ったのに、こんなことを!!
そう叫ぼうとした瞬間……。
「ヒカリ。落ち着いてください。声を荒げるのが私たちの仕事ですか?」
「エ、ルジュ?」
「答えてください。ヒカリ。貴方はただ叫ぶためにここにいるのですか?」
そう問いかけてくるエルジュの顔はとても真剣だった。
似てる。田中さんが真剣な時だ。
叫んでる暇があったら動けって顔の。
「ふぅー。僕はけが人の治療に来たんだよ」
「そうです。怒るのは後でいいでしょう。まずはこの場の人たちを治療するのが先決です。ユーリア様よろしいですか?」
「ええ。領主殿からの許可はもらっているわ。聖女の力見せて頂戴」
ユーリアがそういうと、エルジュは笑顔で頷き。
「今一度、今を生きる者たちに生への力を。エリアヒール!」
そういうと、倉庫全体を包み込むエリアヒールが発動して、全員の傷を癒す。
「おーすげー。ここまで広範囲で威力もすごい。って、こんな規模の魔術使ったら魔力が枯渇するんじゃない!?」
私は覚えてないけど、血を吐いてぶっ倒れたってことだし、今エルジュに倒れでもしたら大変だからそう声をかけたけど、特に調子が悪そうな様子もなく……。
「いえ、私は大丈夫です。この程度で魔力が空になることはありません。それよりも、エリアヒールでも厳しい人がいます。そちらを手分けして治療しようと思いますがよろしいでしょうか?」
そう返事と指示を出してきた。
いや、流石聖女様。
この手のことは慣れっこか。
「任せて! 一度なら僕たちも経験あるから」
「はい。手分けして、手に負えないようならお互いを呼びましょう」
「ああ。じゃ早速」
「はい。頑張りましょう」
「「「おー!」」」
ということで、僕たちはさっそくけが人の治療にあたる。
「エリアヒールしたけど、まだ具合の悪い人はいませんかー?」
僕はまずそう声をかけると、すぐに手を挙げてくる人が多数いる。
えーと、こういう場合は……。
「じゃ、具合の悪い人はこっちの壁際に集まって、動けないほど具合の悪い人はいる?」
トリアージってやつだね。
本来は助からない人を選別するためのものだけど、僕たちは医者じゃないし、助かりそうのない人に力を入れられる。
なにせ魔術があるからね!
で、やっぱり手を挙げる人がいる。
「よし、動ける人の中でもう死にそうだって人はいない? いないね。まずは死にそうな人から見るから、具合の悪い人はちょっと我慢してね」
僕はそういって手を挙げている人のところにいくと……。
血まみれになっている人が横たわっていた。
「ちょ!? エクストラヒールで怪我が治らなかったの?」
僕の質問のその人は息も絶え絶えで答えてくれる。
「な、おりません、でした。古傷が……開いて、血が……」
ん?
その話聞いたことあるよ。
有名な病気だからね。
そうか、航海をまともにしたことがない人たちは知らなくて当然だね。
新鮮な野菜や果実にあるビタミンが不足して起こる病気。
地球でも中世の航海では不治の病といわれた……。
「壊血病だね。……でも回復魔術が効かないってことは体力がそれだけ消耗しているってことだよね。とりあえず、エクストラヒール!」
ふははは!
通常の回復魔術が聞かなければ超回復魔術で回復すればいいじゃないか!
あれから練習してるんだ。
ラスト王国でもけが人は多かったら実践経験には事欠かないから、調整もばっちりさ!
「ううっ……。って、あれ? 痛くない。体が軋まない」
エクストラヒールを施した病人は今までの苦痛が嘘のようにうつろな目からはっきりと目を開けて自分の体を確かめている。
「とりあえず、血が出ていたところをこのタオルで拭いてみて」
「あ、はい。あれ? 古傷が消えている?」
どうやら壊血病での古傷の怪我も治療可能みたいだ。
あれだね、エクストラヒールにはビタミンを補給することも可能と。
いや、僕が意識しているからかな?
ま、そこは要検証で、まずは……。
「えーと、まだ完全に治ったわけじゃないから。待機ね。あとで特製の食事を持ってくるから、それを食べて養生すること」
「はい。ありがとう、ございます……」
なんか泣いちゃってるよこのおじさん。
「死ぬかと、思っていました。航海中に、私のような病気にかかって何人も……」
あー、なるほど。
死ぬのが分かってて助かったから泣いちゃったわけか。
うんうん気持ちはわかる。命が助かったってわかるとこう気持ちがぶわーってくるもんね。
アスタリの戦いとか、ラスト王国の戦いでそんな感じに僕もなったよ。
とはいえ、その感動を分かち合うのはまだあと。
「まだ僕は治療があるからいくね。気持ちは受け取ったよ」
「はい! 本当にありがとうございます!」
僕はそのお礼を背に、ひん死近そうな人からとりあえず回復魔術をかけて行って持ち直させる。
ほとんどが壊血病だったんで、エクストラヒールはやめて意図的にビタミンが回復できるようにイメージして、傷も治すとあら不思議、体調が元に戻った。
いやー、回復魔術って本当にすごいね。
田中さんがあきれるわけだよ。
で、一通り回復し終えて他のメンバーのところに戻ると……。
「どうしましょう! 傷がふさがらないのです!」
なぜか一番の実力者であるエルジュが治療ができないで慌てていた。
それも当然だよね。
怪我を治すだけじゃ、この人たちの治療はできない。
病気を治す必要があるからね。
「落ち着いてエルジュさん。私たちは回復できましたので、そちらの応援に行きます」
「え!? ナデシコたちは治療できたのですか!?」
「ま、もともとこの病気は知ってたからな」
どうやら、撫子、晃も僕と同じように病気については予想がついて、対処していたみたいだね。
「そうそう。この病気は航海しないとまず発病しないからね。僕たちの世界では壊血病って言われてたよ」
「かいけつびょうですか?」
「うん。一種の栄養不足から起こる病気なんだけど……。栄養ってわかる?」
栄養素なんてこんな文明レベルのところで発見されているわけないよねー。
どうやって説明したもんかと悩んでいると……。
「はい。わかります。タンパク質とかビタミンとかですね」
「「「ふぁっ!?」」」
あり得ない単語が出てきた驚く僕たち。
「昔々にこの世界にやってきた勇者様が伝えてくれたのです。食べ物には栄養素というものが含まれており、食べ物によりその割合や入っている栄養素が違うと。そのバランスが悪くなると体調を崩すでしたか?」
ああー。
昔召喚された勇者から伝わったのか。
超納得。
それと同時に、昔から誘拐やったんだなーと腹が立ったり。
ま、そこはいいか。
「そうそう。話が早くて助かるよ。今回の病気はその栄養素が足りないから起こる病気なんだ。だから、その栄養素が不足した状態では傷は治らないんだよ。傷をふさぐための材料がないからね」
「なるほど。回復魔術で体の治癒能力を高めるというのが無意味なわけですね」
おー、流石は聖女だ。
理解能力が半端ない。
「ですが、皆さまは治療に成功したようですが?」
「ああー、絶対に治っているって保証はないんだけど、回復魔術って欠損した部分を治す役割もあるじゃん。だから……」
「なるほど。不足している栄養素を回復するようにすればいいわけですね」
すげー、これだけの話でちゃんと理解しているよ。
僕たちが驚いている間に、さっそく試してみますといって、即座に患者のところに戻るエルジュ。
おっと、サポートしなきゃと思っていると、撫子がこちらを向いて……。
「エルジュさんのサポートは私が行います。皆さんはこれからここの人たちに必要な食べ物、物資を田中さんにお願いして出してもらってください」
「おっけー。任せて」
「おう。そっちは任せた」
「はい。エルジュを頼みます」
僕たちがまとまってエルジュを助ける必要はないもんね。
効率よく動いて、沢山の人を助ける。
これが大事。
さっそく僕たちは田中さんのところに戻って……。
「野菜と果物くださいな」
「おう。ほれ」
田中さんは特に質問をすることもなく、大量に野菜と果物、主にレモンが入った箱を大量に出してくれた。
「あれ? わかってたの?」
「船で病気って言ったら大体一つだしな。さらに言うなら、回復魔術だけでは完治が困難なものとなると外傷だけじゃないものだ。足りないから治らない。ってことで予想してただけだ」
「なるほど。って、やっぱり田中さんもこういう経験があるんですか?」
「おう、仲間が海じゃないが陸地でそういう目に合ったのは知ってるぞ」
「「陸地で!?」」
「傭兵ってのは好き勝手に生きている連中だからな。新人の奴らとかは特に好き勝手飲み食いするんだよ。栄養バランスなんてしったこっちゃない」
「あー、なんかわかる。お菓子とかずっと食べたくなるよねー」
「俺の場合は肉だけになりそうだなー」
僕と晃がそう納得していると、田中さんは苦笑いしながらうなずく。
「そういうことだ。それで結局栄養が偏って病気になって動けなくなる。傭兵は体こそ資本なのにな。それでベテランの連中はそういう食事にも気を遣っているってことだ」
「でも田中さんはたばこ吸ってるよね? あれって体に悪いでしょ? 肺とか特に」
「戦場での数少ない娯楽だからな。悪いとはわかっていてもやめられないのさ。これで死ぬならそれまでってことだ」
田中さんは悪びれることもなくそういう。
こりゃ、どうしてもタバコは止めないだろうね。
撫子はタバコ嫌いだから止められればと思ったけど無理だね!
「で、荷物を持っていくのはいいとして、病人の数はどうだった?」
「えーと、重傷者はそんなにいなかったよ。回復魔術でほとんど持ち直したから。今は撫子がエルジュについて壊血病の治療の仕方を教えているところ」
「ああ、こっちの知識じゃ奇病としか見えないだろうしな。しかしけが人とかはいなかったのか。魔族ってのに逃げたんだろう? 襲われて怪我をした人がいればそれは確認してみたかったが」
「そういえば、そういう人はいませんでしたね。治療のことで頭がいっぱいになってました」
「なら、戻ったらそのあたりを聞いてみるといい。とはいえ、ゴードルたちが普通に物資の持ち運びをしているんだが、怖がられている様子もないからきっと魔族というのは別のものだとは思うが。ま、そっちでも話を聞いてみてくれ」
「りょーかい」
「わかりましたわ」
そういえば、僕たちって魔族のことを調べにきたんだったよ。
よし! 思い出したからには頑張ってやろう!
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