第270射:パンと魔族

パンと魔族



Side:タダノリ・タナカ



ワイワイ言いながら荷物をアイテムバックに入れて持っていくルクセン君たちを見て、特に切羽詰まった状況にはなっていないのだと判断をする。


「……何とか間に合ったってところか」


避難民が死んで疫病なんか出た日にはとんでもないことになるからな。

そうなる前に壊血病を治療できたのは何よりだ。

おかげで俺たちの信用は上がるだろう。

あとは、魔族の情報をどう聞き出すかだが……。


「おーい。タナカ殿、パンがやけって……どうしたんだい?」


どうやらパンが焼けたみたいでこっちに来たみたいだな。


「いや、さっきルクセン君たちが物資補給でやってきたんだよ」


隠す理由もないので素直に話す。


「おー、ヒカリたちはけが人病人の治療だったね。上手く行ってるといいんだけどね」

「多分大丈夫そうだな。食料とかきれいな布とかを取りに来たから落ち着いたんだろう」

「そうか、それならよかったよ。あの子たちは腕っぷしは強いけど優しいからね。何か言われて傷ついていないか心配だったよ」


なんとも過保護なことで。

リリアーナ女王がノールタルの側を離れたのもなんとなくわかる。

この根っからの姉と一緒にいると頼ってしまうと思ったんだろうな。

さて、ルクセン君の話はいいとして……。


「で、パンが焼けたって?」

「ああ、そうだった。パンが焼けたから運ぶのを手伝ってくれるかい?」

「わかった。こっちも粗方物資は出し終わったしな」


断る理由もないので、そのままノールタルについて行って竃から焼けたパンを取り出してはアイテムバックに詰めていく。

とはいえ、これで終わりではなく、次を焼く準備がある。

このパンを与えれば終わりではないのが避難民の現実だ。

とはいえ、毎回ノールタルが焼く必要はない。


「じゃ、このパンを渡して自分たちで作るように話すか」

「そうだね。私もずっとパンを焼いてあげるわけにもいかないしね」

「あと、お前さんやゴードルたちを見てどう反応するかだな」

「……魔族に追われてか。私たちが行くとまずいんじゃないかい?」

「その確認のためだ。同じ魔族を指しているのかな。というかむしろ怖がられているのならやりやすい。食料を分けてくれるんだからな。関係改善にもってこいだろう」

「怖がられる身にもなってくれ」


そういってやれやれというノールタルは特に怖がっている様子はない。

肝が本当に座っている。

この女が強姦されて茫然自失とかなるのか不思議だ。

噛みちぎりそうなんだがな。


「他の仲間がいたからね。そう迂闊に動けなかったんだよ。それをずっと続けられてちょっと意識飛ばしてた」

「なるほど」

「っていうか、心を読んだのに焦らないね。あと、失礼とも思ってないよね?」

「焦る必要はないし、思ってないしな。どこでもあることだ。戦地ならどこでもな」

「……本当にタナカ殿が過ごしてきた場所はどんなところなんだよ」

「戦場だよ。一瞬で人がクソ袋になるな」

「間違ってもあの子たちをそんな場所にやらないでおくれよ?」

「俺が優先的に送ることはないさ。新兵なんて邪魔だしな」


戦場に新人を連れて行くのは誰だって嫌がる。

本人だけが死ねばいいが、周りも巻き込むからな。

とはいえ、必ず誰もが最初は新人だ。

それを乗り越えてベテランになるのだから、否応なし巻き込まれてそうなるんだろうな。


「と、そんな先のことはいいとして、あそこがそうだな」


避難民が集まっているという倉庫街の方へやってくると警備をしている兵士がこちらを確認して走りよってくる。


「まて。ここからは避難民が暮らしている地域だ。交流に来たのなら時間はすぎている。気持ちはうれしいが彼らも長旅で疲弊している。本日は……」


へぇ。交流時間を決めているってことは、それだけちゃんと管理しているってことだな。

領主は焦っているようではあるが、こう言う対策はちゃんとしているところ見ると、それなりにできる人物だな。

認識を改めよう。小物に見えてきっちり仕事をこなすっていうやつも沢山いるからな。

精々足元をすくわれないようにしないとな。

と、領主の警戒度を上げつつ、兵士に話しかける。


「すまない。そちらに連絡が行っているかは分からないが、連合軍から先行してきた部隊だ。パンとかの食事ができたのでもってきた。こっちはアイテムバックだ」

「ああ、聖女様がお連れになった方々ですね。確かに容姿は一致しております。申し訳ありません。確認不足でありました」

「いや、こちらも正規軍の格好をしていなかったらな。貴官の対応は間違っていない」


怪しい奴を誰何することなく通すとか、兵士なんでやってるのか疑問に思うレベルだしな。

そんな話をしていると隣にいるノールタルが出来立てのパンを取り出して差し出す。


「兵士さん一つどうだい?」

「いえ。お気持ちはうれしく思いますがこちらはどうか避難民の方々へ。その食事が彼らを安心させるでしょう」


おー、できた兵士だ。

ちゃんと自分を律してる。

下手な兵隊だと地球でもこういう物品を受け取って腹をこわすとかあほなことをする奴がいる。

人の好意を無下にするとかそういうのではない。

規律として守らなくてはいかないものがあるということだ。


そのあとはお礼を言って、奥へと向かっていく。

数分で倉庫街のちょうど真ん中あたりに兵士たちが立っているのが見える。

おそらくあの一帯が避難民が利用している場所なんだろう。


「あ、ヒカリたちだ」


そういえば物資を先にもっていってたな。

けが人、病人のところ優先だったはずだ。

ルクセン君たちの前には人が列をなしている。

混乱はしていないようだな。

兵士たちもその列の手伝いをしているようだ。


「都合がいいな。ルクセン君たちはぱっと見て敵意は持たれていない。魔族であるノールタルでも仲が良さげな様子で近づけばいきなり襲われたり、パニックには……なるか」

「なるんかい!」

「そりゃ、命からがら逃げてきたんだからな。脅威だ。いかに取り繕っても本能からは逃れられん。とはいえ、パニックになってもフォローしてくれる連中がいる。いくぞ」

「はぁ、本当にタナカ殿は並みじゃないよ」


ここは大人な女性だからか、無駄な抵抗をすることなくむしろ堂々と歩いていく。

ビクビクしていれば不信感が募るのが分かっているな。

さて、避難民たちはどんな反応をするのやら。


「じゃ、声掛け頼む」

「いきなり私からかい? ……わかったよ」


すぐに納得したノールタルは小さい体にも関わらず……。


「おーい! ヒカリ、ナデシコ、アキラ―!」


とても大きな声で呼びかける。

なので当然ルクセン君たちだけでなく、多くの人がこちらに振り向き。


「ノールタル姉さんこっちだよー!」


ルクセン君が大きく手を振りながら大きな声で返事をしてくれる。

これで、ノールタルが近くにいることで瞬間的なことで攻撃されることは防いだわけだが……。

避難民はどうでるかな?

俺はいつでもノールタルを抱えて逃げられるように覚悟を決めていると……。


「「「?」」」


全員こちらを見て首をかしげているだけだ。

こちらが何者か分かっていない様子だ。

これは……まじか。

新たな答えを得たことで安堵もあれば、その答えに新たなる悩みができたのでプラマイゼロか。

しかし、今は今後のためにも……。


「この子が皆さんのためにパンを焼いて持ってきてくれました。今から配りますので、そのまま列を作ってください!」

「「「おおー!!」」」


パンを配るという言葉には盛大に反応する。


「皆さん落ち着いてください」

「そうだよー。みんなの分はちゃんとあるから今の列を乱さないでねー!」

「列を乱す人には配りませんので、ちゃんとならんください」


その言葉が聞いたのか、騒いでいた避難民たちはすぐにおとなしくなる。

列を乱すような人物は誰もいない。

……何度も思うが本当にノールタルのような魔族は向こうにいないってことになるな。

というか、パッと見た目でわかるような奴なら、こっちとしても安心か?

ま、そんなことよりもまずはパンを配るか。

これでパンをくばらなかったらそれこそ、飢えた避難民に恨まれるだろうからな。


「ほれ、どんどん配ってくれ。追加はどんどん持ってくる予定だから気にするな」

「わかりました」


結城君は素直に俺の言葉に従って受け取ったパンを配り始める。

俺もアイテムボックスからパンを取り出すという作業を始める。

そして配りながら……。


「お姫さんも手伝っているんだな」

「意外そうですわね」

「まあな。こういうことには慣れてないと思ったんでな」

「今更ですわね。タナカ殿たちについてラスト王国まで乗り込んだんですよ」

「ああ、確かにそんなこともあったな」


このお姫さんも意外とアグレッシブだったな。

今更避難民程度で驚かないか。


「それはいいのですが、リリアーナ様、ゴードル殿、セイール、そしてマノジルはどちらに?」

「ああ、向こうはまだ物資を倉庫に運ぶのが終わってないからな。出すだけ出した後は任せてノールタルだけ連れてこっちに着たわけだ」

「ノールタルさんだけで?」

「逆だよお姫様。この方が守りやすいのさ。そしてこの成りだしね」

「なるほど」


ノールタルがそういうと納得するユーリア姫さん。

随分と最初に比べれば物分かりが良くなったな。


「しかし、この様子だと、避難民の方々が言っている魔族というのは……」

「多分別物だろうな。ということは……」

「本当に別の大陸からやってきたということですね」

「そうだ。まあ、案外ノールタルがちいさすぎて、まだ気が付いてないって可能性もあるが」

「どうだろうね。その件に関しては私は何とも言えないね。でも、私の姿を見て慌ててないってことはこんな姿の魔族っていうのはいなかったようだね」

「そうなりますね」

「まずはここでパニックにならなかったことを喜ぶとしよう。あとで代表者と話せればいいが、お姫さん誰か代表者とは会えたか?」

「いえ、今まで治療でしたから、意外と物資を運んでいるマノジルかリリアーナ様があっているかもしれませんね」


ありえるな。

だが、ユーリア姫さんの言うように向こうにはマノジル、リリアーナ、そしてヨフィアがいるからな。

どうにかなるだろう。

向こうは向こうでどういう対応されているか楽しみだな。


「よし、まずはさっさと物資を配るぞ」

「「「おー!」」」


ということで、俺たちはひとまずボランティアに奔走するのであった。


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