第264射:海からの来訪者
海からの来訪者
Side:タダノリ・タナカ
「へぇ。海からお客さんがねー」
この世界において海というのは危険が一杯。
まあ、地球でも中世の技術レベルの木造船で遠距離航海とか自殺行為同然ではあったが、こっちの世界の海はさらに危険だ。
ルクセン君がいったが、魔物という脅威が存在していて、船ほどの大きさを誇るでかいのもいるらしい。
そんなのが海にいて襲われれば、そりゃー船は沈むな。
ということで、この世界の遠洋航海技術は発達しておらず、それどころか丈夫な船を作ろうとか言う発想がないようだ。
精々、海で漁をするだけ。あとは近郊、沿岸沿いに交易をする船ぐらいか。いつ沈没してもすぐ岸にたどり着けるようにと。
その中で、見たことない船団が現れたって話はつまり、海の向こう。
この大陸以外からの来訪者ということになる。
「で、その船団が現れただけじゃ、特に慌てることじゃないだろう? 下手をすれば交易品を使って莫大な資産を作ることも可能だ。それがなんで俺たちのところに話が来る? 普通は囲い込むだろう?」
わざわざ当たり前のことを聞く。
何か問題があったからこそ、俺たちや連合にこうして話しているんだからな。
「ああ、もちろんそちらに把握してもらいたいことがあるからこそ、来てもらったのだ。魔王リリアーナ殿」
「……なるほど。私たち絡みでしょうか?」
今まで一切視線を向けなかったリリアーナ女王にようやく視線を向けるルーメル王。
なるほど、魔族絡みとなるとなおのこと話すわけにはいかないな。
連合の顔をつぶすことにもなるし、下手をすればあの祝賀会で襲われる可能性もあったわけだ。
「ええ。兵士の報告では、港に現れた船団は逃げてきたそうです。魔族から」
「え? どういうこと? 海ってリリアーナ女王の国と別方向じゃん」
「ですわね。全く別方向ですわ。片や大陸のど真ん中。片や大陸の外とも言っていい海から。どう考えても無関係でしょう」
「だよなー。関係しようがないよな?」
珍しく大和君も含めて全員で首をかしげている。
となると、訂正するのは俺か。
「無関係かどうかはわからないな。リリアーナ女王、以前に魔族が海に出たとかはないのか?」
「え? 田中さん何言ってるの? そんなことできるわけ……」
いかん、ルクセン君が自分の思考が正しいと思い込んでるな。
今までの知識があるからこそなんだろうが、ちょっと危ない思い込みなんで今修正しておくか。
「ルクセン君落ち着け。別にリリアーナ女王が犯人とかそういう話じゃない。魔族は長生きだからな。そういう話があってもおかしくないだろう?」
「……なるほど。そういう可能性も考えろというわけですね」
この説明で大和君は冷静になったみたいだな。
でも、ルクセン君と結城君はいまだに首をかしげている。
想像がそこまで働かないんだろう。
で、もちろんリリアーナ女王は俺の言いたいことはわかっているようで、首を振りながら……。
「私の命令で海へ出た魔族はいません。もちろんデキラもですね。海に出て新天地を求めていたなら、こうして戦うこともなかったでしょう。ですが、各国に魔族の村もあります。その者たちが決意して海へ出た可能性は否定できません」
「そんなの関係ないじゃん! こっちに残っているリリアーナ女王やノールタル姉さん、ゴードルおっちゃん、セイールとか何も関係ないじゃん!」
リリアーナの答えにルクセン君がそう叫ぶ。
ようやく魔族と友好が成ったところにこんな問題をぶち込まれるのが認められないんだろう。
しかしながら、世の中はそうはいかない。
リリアーナたちもそのルクセン君の叫びに嬉しいような悲しいような顔をするだけ。
だが、ノールタルだけがルクセン君のそばによってポンポンと頭を軽く叩く。
「ヒカリ。落ち着いて。気持ちはうれしいけど、リリアーナが否定できないってことは世間はそう見てくれないってことだ。だろう? ルーメル王?」
「うむ。勇者殿たちや聖女殿たちが命がけで切り開いてくれたこの世の中だが、まだまだそれは世間には伝わってはいない。その中、海から魔族に襲われて逃げてきたという連絡。これに対して下手な対応をすれば……」
「魔族に恨みを持っている連中はここぞとばかりに動くだろうな」
デキラが各国に放っていた魔族連中による被害もあるだろうし、そこら辺を突かれるとなんともいえなくなる。
「でも!」
「落ち着けルクセン君。今、こうしてルーメル王が俺たちを呼び出したのはその対策のためだからだ」
「え? 対策?」
俺の言葉で怒りの表情からきょとんとした顔になる。
「うむ。このままルーメルが独自に処理をしてしまうのも問題になりかねない。こちらとしても連合軍が勝ち取った平和を壊すようなことはしたくない。そのために話し合いの席を設けさせてもらった」
ルーメル王も説明が足りなかったなという感じで、改めて今回集まってもらった経緯を説明する。
「なーんだ。なんか、魔族が攻めてきたからリリアーナ女王やノールタル姉さんたちが悪いって言われるのかと思ってたよ」
「そんなこと致しませんわ。そんなことをすれば、お父様が言ったように連合の顔をつぶすことにもなります。そうなれば、ルーメルの立場はさらに厳しいものとなるでしょう」
ユーリア姫さんのいうとおり、下手な対応をすれば連合VSルーメルという図式になりかねない。
更に魔族も敵に戻る可能性も出てくる。
そうなれば、一国だけの問題にはとどまらない。
だからこそ、ここに人を集めて相談しているわけだが……。
「もったいぶった言い回しはここまでだ。ルクセン君たちの心臓に悪い。頑張ってきたことを否定されたようになるからな。単純に、トラブルを回避するためにはどうするか。というのがこの集まりの目的でいいな?」
俺がそうルーメル王に問いかけると即座に頷く。
「うむ。私もそのほうが話が早くて良い。このまま小国の港にやってきた船団を放置すれば魔族との関係悪化につながりかねん。かといって、私たちルーメルが口を出せば以前の因縁を持つ者が勝手に暴走する可能性も高い。よって……」
「かしこまりました。無用なトラブルを避けるため連合がこのトラブルの解決をお引き受けいたしましょう」
ルーメル王がお願いをする寸前に聖女が即座に言葉を遮り続きをしゃべる。
ま、ルーメル王が要請して動いたっていう事実もそれはそれで問題なんだよな。
ルーメル王国が管理するべき小国の問題を連合に任せるってことは傍から見れば、管理ができませんって言っているようなものだ。
それはそれで国の威信にかかわるし、別の問題が起こったと邪推もされるだから……。
「じゃ、表向きにはその港に私たちの情報を知って立ち寄ったという事にするんだな」
「そうしてもらえるとありがたい。どうかなローエル将軍」
そう、俺たち……じゃなくて連合が勝手に動いた。遭遇したという事にしなくてはいけない。
「それを決めるのは私ではありません。こちらの聖女エルジュ様だ」
しかしここは流石に王族として、軍事の責任者として上の意向を無視することはない。
ローエル将軍はあれだな、個人的にだらしないって奴だろう。
さて、聖女様は要請ではなく単独で動くことに許可をだすのか?
「それも承知の上でお引き受けいたします。私もそして勇者様もそんなことを望んでおりません。しかしながら、話から察するに多少兵を連れて行かないとまずいようなお話です。ルーメル国内、そして例の国までの連合軍行動許可を頂けないでしょうか?」
ごもっともな意見だな。
船団で逃げてきたという人たちがいるのであれば、それに対処するにはそれ相応の人数がいる。
しかも敵から逃げてきたという話だから、下手をすれば追っ手がやって来ることも考えられる。
戦闘になった時の戦力も相応に必要だろう。
「当然だな。では、名目上は魔物討伐のためという事にしておこう」
「ありがとうございます。そして最後に……」
聖女はなぜかルーメル王から視線を外し、ルクセン君たちに顔を向ける。
「ヒカリ、ナデシコ、アキラさん。……こちらを優先すると帰る方法を探すのが遅れます。いいでしょうか?」
聖女は申し訳なさそうにルクセン君たちにそういう。
まあ、帰る方法を一緒に探すと約束してこのざまだ。
普通なら怒って当然だが……。
「全然問題なし!」
「ええ。このまま放ってはおけませんわ」
「ああ。俺たちも一緒に行く。このまま戦争とかになっても俺たちも迷惑だし。ねえ、田中さん」
「……そうだな。魔族のことがどうかはわからんが、対応をしくじるとまた勇者を引っ張り出すことになりそうだしな。行くことは問題ない。というか、帰りたいのは結城君たちだしな。3人が寄り道したいっていうなら俺は否はない」
やはり3人はトラブルの解決を望んだな。
親しい人たちを放っておいて自分の目的のために動くっていうのは難しいか。
それに俺が言ったように放っておけばまた勇者が必要だとか言われても迷惑なのも事実、さらに今回は連合に救援を求めているから、連合と別れて行動することになる。
そうなれば魔術の国での交渉は難航する可能性もある。
それらを考えるとついていくのが最善か。
「あとは、ノールタルたちとお姫さん、マノジル爺さんだが……」
「はっ! 聞くまでもないよ。妹が行くならどこまでもついていくさ」
「んだ。おらたちは友達を見捨てないだよ」
「はい。一緒にいきます」
速攻で答えるのはノールタルたち。
お前さんたちが魔族だから一番危ないんだけど、それがわかっててもこの即答ぶり。
魔族大嫌いのルーメルに乗り込んでいる時点で今更すぎた質問だったな。
で、この即答ぶりとは反対に答えに時間がかかっているのは、お姫さんとマノジル爺さんだ。
「……お父様。私は……」
「ふむ。わかっておる。名目上は連合軍が独自に動くとは言え、ルーメルの協力者がいたほうが話がスムーズであろう」
「え?」
「なので、聖女エルジュ殿、ローエル将軍と親しく、立場も相応のユーリアに協力することを命ずる」
「お父様!」
普通、敵が来るかもしれないってところにお姫様を送り込むかね?
それとも厄介払いか?
そんなことを考えていると、ルーメル王は今だ沈黙を続けるマノジルへと視線を向け。
「マノジル。そのほうの知識を持ってユーリアを補佐せよ。長旅に出る予定なのだ。一度近郊の小国までついていけなくては話にならん」
「はぁ。もっと老人をいたわってほしいですな」
その言葉にルクセン君たちはようやく笑顔を見せる。
さてさて、どうなることやら。
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