第248射:王都帰還! こっそり

王都帰還! こっそり



Side:タダノリ・タナカ



「ふぅ……。ああ、酒が飲みたい。でも、仕事が終わらん」


そんなことを言って、机の書類を片付けている疲れた顔の中年男がいる。

いつかの日本で仕事をしていた俺の姿が重なる。

いや、日本の場合は徹夜が当たり前だしな。

明かりは当然として冷暖房完備だからな。

とはいえ、ろうそくの明かりだけで仕事をするのは辛そうだ。

と、そんなことより、周りに警戒している連中もいないな。

俺はそれを確認してから行動を起こす。


「よっ」


開け放たれた窓へと飛び込み、部屋へと入る。


「うおっ!? 敵襲か!?」


ようやく俺の存在に気が付いたのか、驚いているが、人を呼ぶための笛を持っているのはいただけない。

今人を呼ばれては困る。

なので、即座に近づいて、笛を叩き落し、首を鷲掴みにして阻止する。


「ぐへっ!? って、お、おまえ、タ、ナカ?」

「そうだ。黙っているなら放す。騒ぐならこのままつぶすがどうする?」


俺がそう言うとすぐに首を縦に振るクォレン。

そう、この疲れた顔をした中年男はルーメル王都の冒険者ギルド長のクォレンである。

つまり、ここはルーメル王都ということだ。

と、そんなことより、解放しないとな。

俺が手を放すと、首をさすって身の安全を確かめているクォレン。


「よし。生きてるな」

「おう。そうできることが生きている証だな」


死体はそんなことはできない。

ただそのまま腐って土に還るだけだ。


「で、一体なんでこんな夜中に俺の部屋にきた。英雄様」

「それは結城君たちであって、俺じゃないからな。というか、俺がこっそり顔を出した理由も察せられないとかいうんじゃないだろうな?」

「……そこまで警戒する必要があるかね?」

「そりゃな。不要になった英雄の行きつく先は処分が定番だからな」

「ま、よくある話だな。で、欲しいのは情報か?」

「ああ、お前には一切連絡が取れなかったからな。何のために渡したと思っている」

「あ!?」


俺に言われて思い出したのか、机の引き出しを開けてタブレットを確かめるクォレン。

着信履歴が沢山確認できることだろう。


「あー。すまん」

「別にいい。フクロウの方からお前が忙しいって話は聞いてたからな」

「ああ、そうだよ。勇者殿たち、というか連合軍が魔王を討伐そして魔族の王都を開放したって話をこっちからルーメル王に報告行く羽目になったからな。ルーメル王国の方には、魔族の情報封鎖のおかげで全然情報が届いてないし、伝えるだけで、ウソつきだの、ありえないだの集まった諸侯の連中から罵倒さ」


やれやれという感じで首を振るクォレン。

ま、そうだろうな。

集まったことを無意味にされる内容だしな。


「そうだな。話は長くなる。座れ」

「じゃ、遠慮なく」


俺はクォレンにそう言われてソファーに腰を下ろす。

すると、クォレンがお茶を出してくれ、それをお互いに飲んで一息つく。


「ふう。そっちは随分暴れたようだな」

「ただ暴れただけなら簡単でいいんだが、面倒ももちろんあったぞ」

「そりゃそうだろうな。10人ちょっとのメンバーで向かったんだからな」

「うち半数近くは非戦闘員だしな」


病み上がりの魔族のお嬢さんたちを連れていくのはなかなか骨だったぞ。

戦いだけじゃなくその道中の方が正直大変だった。

と、俺の苦労話をしに来たわけでもない。


「そういえば、アスタリの町への援軍は結局なしってことだったのか?」

「いや、アスタリが敵を押し返したことは、子爵からの報告で知っていたようだな。そのあと、こちらから逆撃を加えようという話が出たらしいが、諸侯が集まってなかったからな」

「ああ、なるほど。出るに出られないってわけか」

「おう。人が集まるとその分動きも意見も割れるからな」

「で、意見が割れて、俺たちの単独行動に文句を言うやつは?」

「もちろんいたさ。こっちに来てくれれば戦力が上がったのにとかな」

「ま、その気持ちはわかるけどな。最大戦力が勝手に動かれるのは嫌なもんだ」


現代風に言えば兵器を上の指示を聞かずに勝手に運用しているようなもんだしな。

ああ、一応上司に当たるのはお姫さんがいたから除外か?


「しかも、勇者殿たちを連れて行ったのはお姫様だろう? 前回のトラブルといい、今回の単独行動といい。処分をするべきだって意見もでたからな」


そういう意見も当然にでるか。

お姫さんの許可がでたとはいえ、結局のところお姫さんも組織の一員。

お姫さんのさらに上である立場の人物に何かを言われればそれは否定できないわけだ。


「で、実際どうなりそうなんだ? 俺たちが王都に戻ったとたん捕縛はされそうか?」

「そりゃない。タナカ殿の功績。っと、違ったな。勇者殿たちの功績は今後連合軍を結成した3大国への交渉で有効だ。いや、絶対に必要だ。そうでもしないと、ルーメルは今回の魔王大征伐になにも貢献していないことになるからな」

「一応、使者のほうから、敵を誘引してくれたってことにはなっているみたいだが?」


今回の魔王討伐には、間違いなくルーメルへ敵本隊が集中したからという理由もある。

まあ、その本隊にはゴードルがいたし、作戦通りに嵌まってくれてただの案山子ではあったけどな。


「分かってて言ってるだろう。足止めされて大一番に間に合わなかった。しかも、足止めといっても敵軍の方はタナカ殿たちが蹴散らした。その時ルーメル軍本体は王都に集合中ときたもんだ。とんだ間抜けだろう。それで敵を誘引したってことで交渉を持ち出せば……」

「他国から馬鹿にされるか」

「当然だろう。戦ったのは勇者殿たちだ。それを自分たちが頑張ったかのように言えばな。だからこそ、魔王大征伐に参加した勇者殿たちを引き入れなきゃいけない。もちろんお姫様もな。下手な処罰は各国が称賛していることを否定することになるからな」


その通りだ。

いや、俺の予測通りでよかった。

これで成果が上げられなければお姫さんは処罰されて、俺たちは拘束されていた可能性もあるからな。

ともあれ、ルーメル王国の政治判断はそれ相応と考えていいだろう。

独裁国家ならあっという間に邪魔者は排除されるからな。


「なるほど。クォレンは俺たちが暗殺されることはないと判断しているわけか」

「いや、暗殺となると話は別だ。ああいうのは個人の恨みでも動くからな。魔族の好戦派の連中がやってくる可能性もあれば、今回面子をつぶされた諸侯軍が動く可能性も捨てきれん。俺が言っているのはルーメルが国としてタナカ殿たちを拘束しようなどとは思ってないってことだ」

「わかってる。しかし、国全体で殺しにかかることがないってわかっただけでもいいことさ。最悪王都に戻らず、他の国に高飛び予定だったからな」


国全体でやりますよとなると、逃げるのに苦労するからな。

国を敵に回すとやっかいなんだ。


「そんなことすればルーメルは信用を失うからな。で、後必要なのは、暗殺しそうな連中のことか?」

「そうだな。まあ、そこからはフクロウも交えて話を聞こう」

「ん? フクロウ?」

「おや、やっぱり気が付いたかい」

「おおっ!?」


クォレンがいつかと同じように驚く。

というかさっきも驚いていたな。


「いや、気が付いたというか時間だしな」


俺はそう言って、タブレットを取り出して時計のところを指さす。

フクロウ、クォレンとも少し教えただけでタブレットの使い方を覚えたからな、時計の見方もすぐに身に付けた。

それを利用して、来る時間を連絡していたわけだ。


「ああ、なるほど。そっちも持ってて当然だね」

「そういえばそんな機能もあったな。しかし本当に便利だなこのタブレットとかいうの」

「あんたは全然有効利用していないようだけどね。いらないなら私にくれないかい?」

「やらん。今回は状況が悪かっただけだ忙しくて使う暇がなかっただけだ」


どちらとも気に入っているようで何よりだ。

さて、とはいえタブレットの使用感想を聞くために来たわけじゃない。


「そろそろタブレットの話は終わりだ。フクロウ、まずはそっちの話を聞かせてくれ」

「ああ、わかったよ。まず、暗殺者の前に隠れ家のことだ。言われた通り、希望の家は見つけているよ。ほら」


そう言って、テーブルに物件の紙をひらりと置く。

それを手に取ることなく、クォレンと一緒にのぞき込む。


「おいおい、こんなところを選ぶか? というか、まとまりないな。富裕区域に一般区域、そして貧民区というかスラムか」

「いいんじゃないか。いざという時の隠れ家にするつもりだ」


俺としては文句なしの分散具合だ。

一個が見つかってももう一つに逃げ込むことは可能だろう。


「あー、なるほどな。というかここまで手を回していたのかよ」

「ルーメル王国に追われたとしても、この王都での人脈からくる情報は捨てがたいからな。それに、ルーメル王が用意してくれる土地は監視されるだろう?」

「そりゃな。だから隠れ家か」

「そういうことだ。俺たちが帰れる方法をおとなしく探させると思うか?」

「思わないね。今の勇者殿たちは、ルーメルの中で唯一魔王討伐にかかわった者たちだ。それが帰還なんかすれば今後の交渉に支障が出るのは目に見えているさ」

「ま、フクロウの言う通りだな。利権が絡んでくるからおとなしく返すわけもないな」


そう、俺がわざわざ隠れ家を探しているのはそういう政治的背景による拘束も警戒してだ。

邪魔というやつもいれば、利用できると考えるやつもいるだろう。

どのみち、俺たちは今後そういう連中を警戒して動かなくてはいけない。


「物件の方は確認した。報酬の方だがクォレンの方で俺の口座から出してもらっておいてくれ」

「わかったよ。で、あとは勇者殿たちに敵対しそうな連中だが、諸侯軍の方では……」

「ああ? そんな連中がいたか?」

「クォレン。お前は本当にぬけてるねぇ。グランドの爺様に連絡をいれとくよ」

「ちょっとまて! グランドマスターは関係ない!」


とまあ、にぎやかにしつつ、はたから見れば知り合い同士で飲み会をしている風を装って俺は情報を集めるのだった。



「……さぁて、何もなければいいんだが」


俺は窓からのぞく月をみてそう呟く。

できるだけの味方、情報は集めた。

あとは、帰るだけか。

普通に家に帰ることもままならないというのは人生ままならないというところか?


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