第10射:安くてつらい仕事は人気がない
安くてつらい仕事は人気がない
Side:ナデシコ・ヤマト
ガサガサ……。
茂みからそんな音が響き、身を屈めて警戒する私たち。
剣と盾を構えて、いつでも迎撃できるようにしていると、茂みの揺れは激しくなりそこから出てきたのは……。
モフッとしたウサギでした。
学校の飼育で飼うような白ウサギではなく、茶色の野ウサギです。
そういえば、本来白いウサギは珍しいアルビノ種で、自然界ではなかなか生きられないんでしたっけ?
そんなことを考えていると、ウサギはこちらの姿を確認し、すぐに去って行きました。
それを見て気が抜けたのか、晃と光、私もほっと胸をなでおろします。
「き、緊張したー」
「だ、だよねー。ウサギかー」
「ですわね」
そういえば、戦闘にならなくてよかったという気持ちもあります。
ですが、私たちは今回……。
「はいはい。ウサギは目標じゃないから、さっさと目標をさがせー。今日中に見つけられないと野宿だからなー」
そういわれて、私たちは再び神経をとがらせて、森の中を進むのでした。
そう。私たちは一週間の町でのお仕事を終え、ギルドで初めて魔物関連の仕事を受けて、森へと赴いていたのでした。
「スライムの捕獲?」
「ああ、その仕事を頼みたい」
その日の朝、田中さんとクォレンギルド長はそんな話をしていました。
「ああ。スライムは雑食でな。なんでも食べるんで、町のごみ掃除としては人気がある。特に汚物の処理だな。とは言え、魔物であるし、汚物を処理したスライムに襲われるのは二重の意味で恐ろしいからな。スライムは連れてきて掃除をした後はすぐに処分される。だから、いつも数が足りていないというわけだ」
「なるほど」
そういえば、中世ヨーロッパの文明レベルだと下水というのはまだ存在せず、おまるにしたものを捨てるという方式でしたわね。
でも、町中は汚かったはず……。路地に入ればそれはもう……。
私たちが顔をしかめていたのを見たのか、ギルド長は苦笑いしながら口を開きます。
「汚物処理にわざわざ金を出す奴なんざ、お貴族様だけだ。一般人にそんな余裕はないからな」
なるほど。そういうことですのね。
「魔物としてはそこまで脅威でもないし、対処を知っておけば、強襲されても子供でも何とかなる。新人の仕事だ。それ故にやってくれる奴も少ない。だからやってくれると助かる」
ということで、私たちはスライムを捕まえるために森を訪れていたのでした。
「しかし、探すとなると見つからないなー」
「さっきから、遭遇するのはゴブリンやウルフだし」
「……まさかとは思いますが、この森のスライムが絶滅しているなんてことはないでしょうか? 田中さん?」
「ん? それは無いと思うぞ。いや、一時的に絶滅したとしても、魔物は勝手に発生するらしいからな」
そういえば、そんなことも言ってましたわね。
魔物は魔力だまりから勝手に発生すると。
魔力だまりというのはよくわかりませんが、そういうものらしいです。
「ま、根気よく探すことだな。こういう時もあると思え」
そう言われてしまっては何も言えませんので、私たちはそれからしばらく森の中でスライムを探し続け……。
「がぼっ!? がぼぼっ!!」
ついに、スライムを見つけました。
いや、正確には晃がスライムに襲われました。
「落ち着けー。対処は教わっただろう? 慌てると窒息するぞ。あ、大和君たちは手出し無用な。ぎりぎりまで自分で対処できるか見る」
「もがー!! もがー!?」
晃は田中さんの言っていることが聞こえていないのか、じたばたと慌ててスライムを引き剥がそうとスライムの体をつかみますが、すぐに液体の体に手が埋もれて取り外すことができません。
「晃!! 核!! 核!!」
「落ち着きなさい!! 光の言う通り、核を破壊すればいいのですわ!!」
「いや、手出し無用って……」
「「口出しです」」
「……あ、そう」
なにか初めて、田中さんに勝った気がしますが、まずは晃がこの場を何とかしないといけません。
幸い、私たちが目の前で叫んだことで聞こえたのか、落ち着いてスライムの核を探し出し、握りつぶして、顔から液体が落ちました。
「げほっ!! ごほっ!! や、やばかった。知ってても、実際やられると頭が真っ白になる」
そう言って、地面に座り込む晃。
「いい経験になったろう? アドバイスを送ってくれた大和君とルクセン君に感謝しとけ」
「あ、はい。2人とも助かった」
「いいよー。気にしないで」
「私たちは仲間ですからね」
「そうだな。信頼できる仲間は大事だ。それがよくわかっただろう。だが、まだまだ甘い。スライムはまた探し直しだな」
「「「あ」」」
晃の手をみると握りつぶした核がある。
「「「あー!?」」」
「状況をよく判断しろといったろう? ま、命を優先したという判断だから、俺は特になにも言わないが」
がっくりと膝をつく私たち。
また、また探すんですの……?
「あと、今まで探して見つからなかった理由がそろそろ分かったんじゃないか?」
「「「?」」」
私たちは一瞬意味が分からず首を傾げるが、晃が顔の液体を拭っているしぐさを見て思い出した。
「あ、スライムに上から襲われることはままある!! ってことですか?」
「「あ」」
「そうだ。他の地域のスライムはどうか知らんが、ここの地域のスライムはどうやら、上に構えていることが多いらしい。そして、現状、生息数がそれなりにいるはずなのに、地面をいくら探しても見つからないということは……」
ここまで言われればバカだってわかります。
地面にいないなら、上!!
3人そろって上を向いて、スライムを探すと……。
「「「いた」」」
晃が襲われた辺りの木の上にスライムがたむろしていた。
「この森の魔物の情報は実戦訓練の時にきいてただろう? ちゃんと思い出しとけ。というか、ギルドの連中やお店の人たちに聞けば最初からわかったことだ。情報は集めるだけじゃだめだからな。ちゃんと活用してこそだ」
……田中さんの言う通りですわね。
「ま、流石にスライム捕獲で野宿は嫌だし、頑張って捕まえろよ。俺はその間にちょっと周りの警戒でもしてくるから、安心して捕まえてくれ」
田中さんはそう言うなり、さっさとその場から離れて行きました。
「……とりあえず捕まえようか」
「そうだね。反省はしたし、今は仕事をきっちりしないと」
「ですわね。田中さんの警戒を抜けて魔物が来る可能性もありますし、さっさと終わらせましょう」
そのあとは、木の上にいるスライムを捕獲することになったのですが、思いのほか苦戦しました。
意外と警戒心が強いのか、それとも一匹殺しちゃったのがいけないのか、真下を晃に歩かせてもなかなか降りてこないで、3人であれこれしてようやく捕まえることができたんですが……。
「い、意外と、お、重い」
「うん……」
「それにとても持ちにくいですわ……」
帰り道、スライム捕獲がどうして人気がないのか、本当の意味で、肌で実感しました。
お金がかかるとか、捕まえるの面倒だとかそういうのは二の次でした。
水分の塊であるスライムは、それなりに大きく、重いのです。
ステータスが上がっている私たちですらこんな感じですから、ステータスの低い新人がやりたがる仕事ではありませんわね。
「しかも、一匹で銀貨1枚。1000円かよ……」
「割に合わないよねー」
「ええ……」
そして、報酬も低い。好んでやる仕事ではないですわね。
3人で精々7匹。これなら、お店で働いていた方がいいです。
まあ、尤も、初めてですから、慣れれば効率は上がるでしょうが……身を危険に晒してまで捕まえに行くには、他の討伐する方がおいしいですわ。
「ま、所謂ブラックな仕事ってやつだな。いい社会経験になっただろう」
後ろでは、リカルドさんたちと一緒にのんびりと歩いている田中さん。
「いや、これで最後にしてほしいです」
「うんうん。これじゃ、魔物も倒してないし、情報もない、お金もほとんどもらえないから意味ないじゃん……」
「ですわね。次はもっといい経験になる仕事がいいですわ」
「まあ、当然の話だな。じゃ、仕事を受ける手順は今日学んだんだし、明日から3人で仕事を選んで行ってみるといい。俺はサポートに回る」
「「「え?」」」
意外な言葉に驚く私たち。
「いや、これから先いつでも俺が判断、指示できるわけないからな。ちゃんと自分たちで情報を集めて、戦力を把握して、やれる仕事を選ぶってのも大事だぞ」
「「「……」」」
そう言われると、何も言えなくなる。
いつまでも、田中さんの足を引っ張るわけにはいかないって話しましたもの。
「アドバイスとしては、こんな風に、損な仕事もあれば、逆に簡単な内容なのに、報酬が高いとかは気を付けとけ。絶対何か裏があるからな。冒険者ギルドだって依頼を受けるときはそれなりに注意はするだろうが、絶対じゃない。怪しいと思ったら手を出すな。それでも受けるなら……」
「「「情報をしっかり集めること」」」
「そうだ」
うん、ちゃんと教えてもらったことを、忠実にやっていけば大丈夫。
そう思いながら……。
「じゃ、明日の話の前に、スライムたちを納品しに行こうな」
「「「……」」」
そういわれて、両腕にずっしりと重みを感じながら、目の前に見える町へと私たちは歩いていくのでした。
なんとか、日が暮れる前に帰り着いた私たちは、迷うことなく冒険者ギルドへと向かいます。
「あ、あのー。依頼が終わったんですが」
「ん? おう。坊主たちか。スライム捕獲なんざよく受けたな。ま、こっちに来い」
冒険者ギルドで出迎えてくれたのは、最初に訪れた時に受付にいたおじさまでした。
そして、案内されるままに、納品所の方へと向かいます。
「ここにおいてくれ。中身を確認する」
そう言われて、ようやく重いスライムから解放されました。
「ふむふむ。全部で7匹。生きているな。よし、仕事は確認した。ちょっとまってろ」
そう言うと、おじさまは奥に入っていき、すぐに戻ってきました。
「ほれ。依頼完了だ。報酬」
本日の報酬はしめて銀貨7枚。
……やっすい仕事ですわね。
明日は、ちゃんと儲かる仕事を探すとここに誓うのでした。
「あれ? 田中さん、それ血ですか?」
「あー、ほんとだ。怪我ですか?」
「森で襲われたのですか? 見せてください」
帰り道、晃が田中さんの袖が血で滲んでいるのに気が付きました。
「いや、これは返り血だよ。傷はない、ほれ」
そういって、袖を捲って見せると確かに傷がありませんでした。
安心すると同時に、私たちがスライムと格闘している間、田中さんは戦っていたのだと実感しました。
本当に割の合わない仕事をしているのは、田中さんのではないでしょうか? と不意に頭をよぎったのですが、自分たちの役立たずさが悲しくなるので、まずは自分にできることを頑張るしかないですわね。
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