第225射:強制労働の果て

強制労働の果て



Side:ヒカリ・アールス・ルクセン



夜の森の中を駆け抜ける。

思った以上に暗い。

でも、その暗闇が僕たちの姿を隠してくれる。


「しかし、私たちもよくこの速度で動けますわね」

「うん。普通なら躓いて転んでそうな速度だけど……よっと」


今では走りながら話す余裕がある。

もちろん、魔力による身体能力向上をしているおかげもあるけど、一番の理由は……。


「田中さんに散々走らされましたからね」

「うんうん。森の中を駆け抜ける練習で一体何度転んだか」


田中さんに散々鍛えられたからだと確信している。

世の中。経験より勝る物はないというのは言い過ぎだけど、環境に身体を慣れさせるのは、間違いなくその環境で鍛えることが一番だと思うね。

ま、慣れなかったら身体を壊すとか、けがをするというハイリスクなんだけど。

僕たちの場合そんな事を気にする余裕はなかったし、そもそも回復魔術とかいうのがあったから、物理的なケガに対しては即座に治療ができたから問題なかった。

とはいえ、簡単だったとは絶対に言えない。


「ヒカリとナデシコもやっぱりというか、苦労しているんだね。でもよくやったよ。私は誇らしいよ」

「うん。2人とも凄い」


そう言ってくれるのは、ノールタル姉さんとセイールだ。

だけど、普通に僕たちの走りについてきているので、なんとも微妙な気がする。

まあ、足手まといにはならなくていいんだけどさ。


「姉さんたちってさ、ここまで動けるのに、捕まったの?」

「真っ向から殺しに来たならともかく、町の衛兵から一緒に来てくれって言われたからね」

「ああ、そういうクソな方法か」


国家権力の悪用ってやつだね。

本当にデキラは救いようがない。

救う気なんてさらさらないんだけど。


「とはいえ、私たちがその場で抵抗していたら、兵士たちに囲まれて殺されていた可能性もあるね。でも、元々あんなスラムというか貧民層の住まいだからね。こういう森での作業も多々あったから動けるよ」

「はい。魔族はこの森である程度動けなければ、生きていけませんから」


魔族も苦労しているんだと改めて理解した。

こんな僻地で生きるのは楽じゃないってことか。

と、そんなことを考えているうちに……。


『こちらキシュア。もうすぐ目的地に到着しますので、そろそろ速度を落として警戒をしてください。巡回はいないようですが、いつ出くわしてもおかしくないです』

「りょーかい」


僕はそう返事をして、速度を緩める。


「もうすぐ、ね。全然見えないけど……」


とはいえ、目を凝らしてみても、建物らしきものは見えてこない。


「夜ですから。そして森の下ですから真っ暗なので仕方ないです。普通なら見えないですが、暗視装置の応用の魔術でかろうじて道が見えているだけでもいいと思いましょう」

「それもそうだね」


僕たちがこうして真っ暗な道を歩けているのは、暗視装置の魔術、夜目って言われる魔術を使っているから。

ヨフィアさんから教えてもらって、田中さんが持っていた暗視装置を使わせてもらって精度を上げた感じ。


『いや、本当にすごい世界ですね。ヒカリ様たちの世界の道具は。私にとってはあんしそうち?でしたっけ?これこそ魔術の結晶に見えますよ』


と、あきれていた。

いつかどこかで聞いた気がする。

発展した技術は魔法と変わらないって。

そんなことを考えながら進んでいると……。


「待ってください。人です、あちらに」


撫子が立ち止まって視線を向ける方向には、確かに松明を持って歩いている人がいる。

僕たちはとっさに木の陰に隠れて様子を窺いつつ、キシュアに連絡を取る。


「キシュア、聞こえる? 目の前の建物と、兵士かな?」

『聞こえています。上空からは……チラチラと明りが見えます。倉庫の周りを巡回しているようです』

「あちゃー、巡回がいるのか」


まあ、当然だよね。

ここの人たちってノールタル姉さんと同じ貧民街の住人で気が強いみたいだから、油断していれば、反乱を起こすに決まっている。

とはいえ、このままだと近寄れないなー。

そんなことを考えていると、撫子が詳しい話を聞き出す。


「キシュアさん。巡回の数はどれほどでしょうか?」

『見たところ、2、3組ほどの巡回がいるようです』


うへ、あと最低6人は巡回がいるのか。

これは結構難しいかもしれない。


「巡回の位置はどちらですか?」

『一組、一つずつ倉庫を巡回しているようです』

「え、でも倉庫は6つあったよね? それだと3つ足りなくない?」

『短時間でそこまで詳しくは調べられていませんが、おそらく兵士の宿舎になっているのではないかと』


あ、そっか。

兵士の人たちも休む所がいるよね。

一つは兵士たちの宿舎で、残り3つが貧民街の人たちがいるのか。

残りは食糧庫って感じかな?


「……調べている時間がないのが痛かったですわね」

「……でも、ここで帰るわけにもいかないよね」


そうだ。敵がいるからって一度戻って作戦を立てている暇はない。

連合軍がいつ攻めてくるかもわからないんだから。

というか、ここを放っておいたら、明日にも命を落とす人もいるっていうのは、昼のドローンでよくわかっているし。

鞭に打たれた人……早く治療しないと危ない。

そんなことを考えて固まっていると、ノールタル姉さんが口を開く。


「帰るわけにはいかないなら、突破するしかない。まあ、幸い巡回は倉庫一個につき一組だから、隙を見て入るしかないね。中にいるかもしれない兵士は……」

「寝てもらう」


と、迷うことなくノールタル姉さんとセイールが言う。

寝てもらうっていうのはどっちなのは聞かない。

多分場合によりけりだとは思うけど。

そんなことを考えていると、撫子が口を開き……。


「……それしかありませんわね。しかし、しくじれば、ここの皆さんが危険にさらされることになりますが、いいのですか?」


撫子の言う通り、失敗すればここのみんなが……。

そう思うと、ノールタル姉さんたちに賛成できないでいると……。


「構わないよ。その時はその時だ。ここで手をこまねていたら、助けるチャンスもなくなる。何もしないで運よく助かる可能性もあるかもしれないけど、そんな奇跡を待ち望むわけにはいかない」

「うん。できることをする」

「……そうだね。やるしかない」


最初からわかっていたじゃないか。

なんとしても連絡を取って、レジスタンスを作るって。


「よし! で、どの倉庫から覗いてみる? まず、見回りのいない倉庫は外れだと思うけど?」

「……そうですわね。距離を考えるのであれば、まずは一番近くの倉庫ですわね。あとは日中に確認した鞭に打たれていた人がいる倉庫を探してもいいかもしれません」

「ナデシコ、なんでそう思うんだい?」

「怪我を治療した人を疑うと思うでしょうか?」


ああ、なるほど。

助けた人を疑うことはなかなかしないよね。


「なるほど。私はナデシコの提案に賛成だな。ヒカリにセイールはどうだい?」

「僕も撫子の案に賛成。助けに来て敵って間違われるのもあれだし」

「うん。それが、いいと思う。それにあの傷はきっと重症、早くしたほうがいい」


セイールの言うように、のんびり他の倉庫で説得していて、到着した時には亡くなっていたとかはつらいしね。


「じゃ、キシュア。昼間に見た鞭で打たれた人がいる倉庫ってわかるかな?」

『わかりました。こちらで調べてみます。しばしお待ちください』


僕たちが直接窓をのぞき込むより、キシュアが操作するドローンで偵察したほうがまだばれない。


「キシュアが調べている間に、私たちも場所を移動しよう。もっと倉庫が見える位置に」


ノールタル姉さんに言われて、茂みの中をゆっくりと移動して、6つの倉庫が並んで見える位置に移動する。


「この中のどれかに怪我をしている人がいるのかー。うん、この中を虱潰しは現実的じゃないね」

「ですわね。なんとかキシュアさんが調べられるといいのですが……」

「でも、大きな倉庫だねー」


僕はそう言って改めて倉庫を見る。

それは学校の体育館ぐらいの倉庫が6つもどんどんと並んでいるんだから壮観だ。


「しかし、これぐらい大きくないと、人を収容できないでしょう。いえ、むしろ少ないともいえます」

「あー、人の規模から考えるとそうかも」


貧民区の人を全員連れ出しているんだし。

いや、一部はゴードルのおっちゃんと同じように、アスタリの町に行かされたんだっけ。

そういえば、ゴードルのおっちゃんたちは今どこまで来ているんだろうなー。

と、そんなことを考えていると、キシュアから連絡が来る。


『お伝えします。おそらく一番端の方にある倉庫がけが人がいると思われます』

「おそらくってどういうこと? 中を覗いたとかじゃないの?」

『……いえ、そういうわけではなく。……隠す意味はないですね。遺体が運び出されてそのまま放り捨てられていました』


は? いま、なんて言った?


「キシュア。いま、なんて?」

『……遺体を運び出して、外に捨てているのです。遺体の外傷はひどく、おそらく日中に見た鞭打ちなどのせいでしょう』

「あ、あいつらぁぁ……ふごっ!?」

「光さん。黙ってください。本当に黙ってください」


僕が叫びそうになったところを、撫子が口を塞いでくれた。

でも、その手は震えていた。

多分、怒りでだ。


「ここでバレれば、助けられる人も助けられなくなります。それを忘れないでください」

「ごめん」

「いえ、強く言いましたが、光さんがああ言わなければ私が叫んでいそうでしたから。気にしないでください。で、キシュアさん遺体は一人だけなんでしょうか?」

『いえ、既に何人も積み重なっています。そして横に焼け焦げた人骨がのこっていることから、燃やしてアンデッド化を防いでいるのでしょう』

「わかりました。ここの兵士たちは全員殺しましょう。田中さんから銃器も預かっています。爆薬を仕掛けて倉庫を吹っ飛ばして、残りはハチの巣にすればいいだけです」


そう言って、撫子はアイテムボックスからアサルトライフルを取り出している。

あ、やべ。撫子がキレてる。


「まって、ちょっとまって。撫子ストップ。すとーっぷ……」

「ヒカリの言う通りだよ。ナデシコ落ち着いて……」

「うん。冷静に」

「ふっー!! ふっー!!」

「まずは、その怪我人がいるところへ出向く。それでいいよね? 治療があるから、予定通りの帰還は不可能だから、田中さんに連絡をお願いキシュア」

『了解しました。ですが、無理は禁物ですよ?』

「わかってるって。ねえ、撫子」

「……ふー。そうでわね。無理はしません。田中さん、晃さんには必ず約束は守ると、そうお伝えください」


よし、そうと決まれば、さっさと侵入しよう。

これ以上犠牲者が出ないためにも。



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