第133射:次の目標
次の目標
Side:ナデシコ・ヤマト
「「「……」」」
目の前に置かれているのは、2日前の作戦で確保した……女性ものの下着です。
綺麗な意匠が施されていて、地球でも通じそうな出来栄えです。
この世界の技術レベルから考えると、とても高価な物だというのはわかります。
しかしながら、私としては、これを見て浮かぶ感情は哀れみ、悲しみ、そして怒りです。
人はモノ一つでここまでの感情を抱けるとは思いませんでした。
他の皆さんも同じなのでしょう。
頑張って取ったものが下着一枚。
これを見て、無感情にいられる人がどれだけいるのでしょうか?
ですが、理屈はわかります。魔族の内輪揉めの材料にする。
或いは、これを使ってあの変態魔族を脅して、魔族との和平に使えばいいのです。
そう、これは平和のために仕方なく、取ってきたもので、あの変態魔族とは違うのです。と、何度も自分に言い聞かせます。
……人殺しより、絶対マシの選択のはず。
……なのに、私たちはあの変態魔族と同じ行動をとっていると思うと、物凄く自分が残念な人間に見えてしまいます。
「気持ちが微妙なことはわかるが、これはひとまず、フリーザーパックに保存する。幸い帰り道は雨なども降っていなかったからな。綺麗に乾いて、このまま保存したほうが、相手も喜ぶだろう」
「「「……」」」
魔王さん。同じ女性として、本当に申し訳ございません。
あの変態だけは、和平が成立したら、法の名のもとにきっちり裁いて、無期懲役にでもしてやりますとも!
そう決意をしたのは良いのですが……。
「で、田中さん。これからどうするの?」
「その下着を持って接触でも図るのですか?」
「まあ、条件としては悪くないが、いきなり乗り込んでも攻撃されるだけだな。交渉道具が道具だけに、公衆の面前で見せるわけにもいかない。というか、それこそ戦争勃発の案件だな」
「そりゃー。和平に訪れた人が、国家元首の下着を持って来たらそりゃ、怒りますよ」
当然ですわね。開戦間違いなしですわ。
「とりあえず、魔族との繋がりに関しては、フクロウが伝手を探しているし、そこからだな。俺たちはその間は、基本的に魔族に関しては残ったドローンでの行動監視だな」
まともな予定を聞いて安心いたしました。
もしかしたら、魔王さんの下着を持って乗り込むかもと、恐ろしいことを考えてしまっていました。
その時は、私は人類につくより、魔族側についたかもしれません。
「で、あれから魔族の方は何か動きはあるか? 下着が無くなったとかで城内大騒ぎとか?」
「悔しい限りですけど、そういう動きはありませんわ。女性の下着が1つ2つ無くなることなんて、とるに足らないと思っているのでしょうね」
「変態に優しい国とかありえないよねー」
うんうん。
と、頷くお姫様たち。
私たちを誘拐しても、女性の下着を盗んでひどいことをする変態を擁護するような非常識は無い様で安心しました。
しかしながら、魔族の方は警備が怠慢ですね。
治安維持の人たちは何をやっているのでしょう?
国家元首である魔王さんの下着が盗まれたんですよ。国家総動員体制で犯人を捜すべきだと思うのです。
「……話がずれまくってるからな。まあ、動きがないならいい。俺たちが侵入したことがばれてないってことだな。つまり、初日のあの痴女がすごかっただけだ」
「良かったですよ。これでルーメルに進軍とかなったらどうしようかと思ってましたし」
そう言って、晃さんはほっと胸をなでおろします。
そういえば、そう言う懸念がありましたね。
「ですが、光さんの言う通り、魔族のことはフクロウさんに任せるとなると、私たちはこれからどうするのですか? 既に、魔族の町までの映像解析は終わっていますし、残っているのは、ドローンからくる中継での魔族の城を観察することぐらいですが」
私がそう聞くと、なぜか光さんが反応して……。
「ま、まさか!? これから、皆で魔族の城を24時間耐久レースでずっと監視する地獄をやるとか言わないよね?」
「「「……」」」
その言葉に反応して、一斉に田中さんに視線が集まります。
流石に、あの映像解析のような真似をこれからもするとなると正直辛いです。
ですが、田中さんならやりかねない……。
「いやいや、俺を何だと思ってるんだ。そんな無駄なことはしない。今まで通り、誰か一人がモニター監視でいい」
「「「ほっ」」」
この言葉に、私を含めた皆さんが安心した声を出しました。
「じゃあ、このまま情報が揃うまで待機?」
「そういうわけにもいかない。俺たちはこの間にアスタリの町に向かう」
「え? でも、アスタリの町には近づくなって……」
晃さんの言う通り、魔族を刺激しかねないので、魔族への道がある近くのアスタリの町に勇者である私たちは近寄らないという方針になったはずですが……。
「それは何も準備ができていなければの話だ。そして今は状況も把握しているからな。これなら行っても問題ないだろう」
「えーと、どういうこと?」
光さんは田中さんの言っている意味が分からず首を傾げる。
私や晃さんもよくわかっておらず、同じように首を傾げていると、田中さんが詳しく説明を始めてくれます。
「準備というのは、来るかもしれない。あるいは、アスタリの町に潜伏しているかもしれない魔族への対策という意味だ。俺たちが襲われる可能性があるし、情報を流されて魔族が軍を動かす可能性があるかもしれないっていう話はしただろう?」
「あ、うん。したした。だから、アスタリに近づけ……って、あー、もしかして、その対処が終わったの?」
「ああ。クォレンが頑張って排除してくれた」
「しかし、それは完璧ではないのでは? 隠れてしまえば……」
調べるといっても所詮は人の手です。
ミスが出て当然。完璧なんていうのは……。
と思っていると、田中さんが頷いて。
「大和君の言う通り、完璧ではないかもしれないが、確実にメンバーはごっそり減ったんだ。魔族の隠れ拠点を押さえたからな」
「見つけたんだ」
「ああ、きっかけは、ルクセン君たちが見つけた森の中の人影だ。あれが、アスタリの町に待機させていたドローンの映像に映ってそれをクォレンに伝えていたってわけだ」
「なるほど。それで、拠点を押さえられたわけですね」
「そうだ。それに加えて、ドローンによる監視があるから、魔族の連中が潜伏していて、伝えようと町を抜け出せば……」
「そうか。ドローンの中継でわかるから、捕まえられるってことですね。向かう先は森ですし」
「そういうことだ」
「でもさ。僕たちがわざわざアスタリの町に行く必要はなくない?」
光さんの言う通りだと思います。
わざわざ面倒が起こる可能性が高い場所に行く必要ないかと思うのですが?
「戦争がなければな。戦争になるかもしれないから、戦場になる場所は事前に把握しておかないといけない。敵陣ならともかく、自分たちの領域だしな。ついでに、ちゃんとその町の有力者と顔合わせをして、トラブルを避けるためでもある」
「うわー。話は分かるけど、戦争のために行くのかー」
「……仕方のないことですね。しかし、監視はどうするのですか?」
「それは、別にモニターでやる必要もないからな。タブレットを持っていればいいだけだ」
確かに。
モニターばかりでつい失念していましたが、本来ドローンはコントローラーやタブレットを使う物ですよね。
「これで、魔族の城の動きも把握できるからな。心配しなくていいぞ」
「じゃ、僕たちはこれからアスタリの町に移動するってこと?」
「ああ、今回はクォレンが付いてくることになる。魔族の潜伏地を見つけたこともあるし、アスタリの町に集められている冒険者の状況をしっかり把握するためにな」
「確か、国の方からの依頼で冒険者が集まっていたんでしたっけ?」
「そうだ。表向きは遺品回収。本当の狙いは、魔族の動きを知るために派遣しているからな。そうやって森の情報を得つつ、アスタリの町の防衛を整えるっていうのが、ルーメル王の作戦だ。おそらく、町の領主が主導かはしらないが、その指揮を執っている人物もいるだろうから、そっちとも話を聞かないとな。というか、挨拶だな。いざというとき、足の引っ張り合いというのは避けたいからな」
田中さんの言う通りですわね。
同じ目標、魔族のことで動いているのに、お互いに邪魔し合うというのは避けなくてはいけません。
一度話をしに行くというのは必要なことでしょう。
「じゃ、俺はアスタリの町に向かうことを、ルーメル王に伝えてくるから、宿の片づけと、アスタリの町に向かう準備を頼む」
「りょーかい。僕たちはいつものように食べ物と飲み物だね。でも、田中さんのスキルがあるし、どれぐらいの量買うのがいいかな?」
「そうだな。一応、アイテムバッグは全員分揃えているから、適当に買うふりはしとけ。俺の能力がばれるのはまずいからな」
「おっけー」
「リカルドたちは、馬車の手配を頼む」
「「はっ」」
「お姫さんたちは、一応危険があるかもしれないから、俺と一緒に行動だ。ルーメル王にアスタリの町まで同行するつもりなら、許可をもらわないといけない」
「……そうですわね」
という事で私たちは、各々のやることを終わらせて、アスタリの町へと移動することになったのですが……。
ガタンゴトン。
そんな風に揺れる馬車の中で……。
「……気持ち悪い」
「……当然といえば当然でしたわね。揺れる馬車の中で画面を見ているというのは、かなりキツイものがありますわね……」
馬車の中、ドローンの監視で私と光さんは思いっきり酔ってしまいました。
車で本やスマートフォンを見るのと同じですわね。
……本当にきついです。
「酔い止めを出しておくべきだったな。というか、落ち着くまでいったん休止するか?」
……個人的には、今日はお休みでお願いいたします。
というか、酔い止めの薬があることをすっかり忘れていました……。
「どっちが早いんですかね?」
「うーん。あまり酔っている状態で移動は避けた方がいいんだよな。寝ている最中に嘔吐してしまい、のどに詰めて窒息っていう事故は結構あるんだよな。クォレンはどう思う?」
「休憩に一票だな。そんな事故で勇者殿たちを失うわけにもいかないからな。急いだところで特に変わることもない。今日は早めに休んだってことだけだ」
「じゃ、休憩ですね」
ということで、アスタリの町へ向かう旅はちょっと足止めを食らう形で始まるのでし……うぷっ!?
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