第73射:久々の城

久々の城



Side:タダノリ・タナカ



「さぁて、お仕事だ」


俺はそう言いながら、ルーメル城の近くへとやってくる。

結城君たちとの約束が明日の夜。

時間はそこまでない。

まあ、最悪、侵入ルートだけでも確認しておくか。

無理に会う必要はないからな。


「というか、一番の心配は、マノジルが起きているかってところなんだよな」


あの爺さんが起きているなら、こっちを招き入れてくれるだろうが、寝ているとそれもできないからな。

寝ている爺さんを無理に起こして叫ばれても迷惑ではあるんだ。


「ま、その確認もかねてだな」


俺はいつもの魔力代用スキルでドローンを取り出し、空から偵察を開始する。

幸いというか、この世界の連中は空の脅威に対して確かな対抗手段を持っていない。

せいぜい弓か魔術で迎撃するぐらいだ。

地球の国家みたいに領空内に入れば即座に気づかれて撃墜というのはない。

そして、モニターに映る立派な城壁。

地球でも昔には意味があった守りなんだろうが、現代においては上空からの攻撃手段が山ほどあるので、こういう城壁の防御力を発揮できる機会はそうそうない。

たとえ、城壁利用できる機会があったとして、砲撃や爆弾を設置されれば一発だ。

現代戦において城壁はただ敵の接近を隠すものでしかない。フェンスを置いているところが低コストでいいという話だ。

いや、この世界の人、そして魔物にはとても有効だろうからな。

と、そういう城壁の意味のなさを考察しても仕方がないか。

今は、偵察中だ。


「……案外静かなものだな」


闇ギルドと繋がっていた貴族の処罰に、魔族を雇っていた貴族の処刑をした後だ、何らかの後始末に追われているかと思ったが、実に静かな場内だ。

時折夜番の兵士が巡回をしているぐらいで、部屋に明かりがついているのは夜番の兵士の部屋と城門ぐらいだ。

まあ、この世界の人は夜はさっさと寝るしかないからな。

明かりの確保が大変だからな。

そう思いつつ、マノジルが住む一角までドローンを飛ばす。


「ん? 灯りが付いてるな」


意外なことにマノジルの爺さんは起きているようだ。

というか、よく見てみればテラスにでて葉巻を吸っている。

羨ましいことで……。

そういえば、最近はたばこを吸ってないな。やめられないとは言いつつ、戦場で自分の位置がばれるようなことはしないからな。

よし、とりあえずマノジルと一緒に一服するか。

ベッドで寝るよりもこっちが重要だ。



「ふぅ……。ようやく一服できるのう」


そういう声が頭上から聞こえる。

俺は現在マノジルがいる部屋の真下の壁を上っているのだ。

垂直にみえるが、この時代の城壁は指ぐらいは手をかけられるでっぱりがあるので簡単に登れる。

さて、そろそろ手が届きそうだな。


「マノジル殿。随分とお疲れの様子だな」

「ん!? 誰じゃ!!」

「俺だよ、俺」


そう言って、俺はテラスに手をかけて一気にのぼる。


「タナカ殿か。戻ってきておったのか」

「まあな。厄介なことになっているようだな」

「情報を仕入れに来たか。流石じゃな」

「褒めてくれるのはかまわんが、俺にとってはその葉巻を分けてくれるとありがたいな」

「おお、ほれ」


そう言って一本差し出してくれる。


「ありがとう」


すぐに葉巻を食えて先を切り落として、火を……。


シュボ……。


俺が探す前に、マノジル殿がオイルライターで火をともしていたので、そこから火を頂く。


「ふぅー。美味い」

「久々の一服みたいじゃな」

「外で悠長にすえない。ついでに大和君とルクセン君が嫌がるからな」

「そういえばそうじゃったな」


そう言いながらマノジルはオイルライターをパチンと閉じて懐にしまう。


「俺がやったライター。意外と使っているみたいだな」

「うむ。魔力を使わずに火をともせるのは便利じゃからな。火種もいらぬ。いや、火種はこのジッポじゃが、まあ自力で付けるよりは確実じゃな」

「あたりを照らす魔術もなかったか?」

「あるが、あれは明るすぎる。こうして、たばこの火ぐらいでいいんじゃよ。仕事でもないんじゃから」

「なるほどな」


雰囲気的な話か。

暗がりで吸うからいいというやつ。

そして、しばらくすぱーっと煙を吸っては吐く。

いや、葉巻は独特だがこれはこれでいい。

地球では葉巻は高くてな……。


「で、タナカ殿が魔族をやったわけじゃな」

「なんだ。その情報まで届いているのか」

「クォレン殿がそれとなく伝えてくれてのう。まさか魔族と手を組んでいる貴族がいようとはな……」

「そっちはそっちで慌てて調べたわけだ」

「無論じゃよ。陛下も姫もさすがに、魔族と手を組んでいた貴族にはさぞお怒りじゃった」

「王様はともかく、あの姫様がな」

「姫様も別にバカではないのじゃよ。身分や唆しが邪魔をしておってな」

「それを、バカって言うんだよ。勉強しなくても頭が回る奴は回る。勉強がいくら出来ても使えないやつは使えない」


そういうのを上司に抱えると部下が大量に死ぬことになる。

まじで、そういうのは勘弁だ。

で、俺の言うことが理解できたのか、マノジルは顔を難しくする。


「むむ……。確かに、育て方を間違えたということかのう?」

「別に、この世界では通用したんだろうから、そこらへんは問題ないが、残念ながら俺たちはこの世界とは別の人間だからな。そこを考慮に入れていないのが駄目だったな。力でねじ伏せる。確かに意見を聞かない相手には有効だ。決定的な上下関係を植え付けることができるだろう。だが……」

「それは、タナカ殿には通用しなかったな」

「ああ。その時、どうなるかを考えていなかったのが浅はかだったな。姫さんもリカルドも」

「陛下とわしが入ってはおらんが?」

「あの王様は俺たちを召喚したという間違いはあるが、こっちの意見を受け入れたからな。大臣もだ。多少というか、自分たちが他国に喧嘩を売っていることは自覚していた。まあ、迷惑料が欲しい時は遠慮なくもらうけどな」


そう言って自分の首を手刀でトンと叩いて見せる。

部下を押さえられない無能は俺の邪魔でしかないからな。


「姫としては、教えられたとおりのことをして、威厳を保つために文句をいう俺を押さえこもうとしたんだろうが、それをできなかった場合を想定していなかったのが間違いだったな。いまだに詫びの一つもないからな」

「初対面時、散々タナカ殿が煽っただろうに……」

「揚げ足取られるようなこと言うからだろう。身分の前に、人としての対応が出来てなかったから文句を言ったんだよ。こっちの世界じゃまだ子供である3人を拐ってきて戦場に行って欲しい? バカか。まず手前が行け」

「……そう言われるとぐうの音もでんのう。だからわしも頭を下げたんじゃがな」

「で、外に出て色々調べてみれば、別に魔王とやらに大攻勢を受けているわけでもなく、昔からのただの領土争いなだけじゃないか。人類存亡の危機というわけでもない。ただルーメルの地位向上のための呼び出しだったと再度確認がとれたよ」


というか、目下の敵はルーメル内にいるかもしれない、反勇者派だ。

身内の方が敵意を隠している分、厄介だよ。


「……うむむむ。それで、こちらに来たのは、陛下や姫様の首か?」

「今はいらん。もらっても捨てるしか使い道がないからな。そして、好き好んで敵対したいわけじゃない。こっちの安全を保障してくれるなら、まだこの国にいてもいい」

「意外じゃな。ガルツにリテア、どちらかに逃げることを陛下たちは危惧しておられたのだが、なぜじゃ?」

「簡単な話だ。向こうを頼ると、向こう側に頼ったという事実ができる。これは後々何かを頼まれたときに断りづらい状況になるからな。対してこのルーメル相手なら、俺たちの方が上位だから、自由にやれるだろう?」


ただ単に、迷惑をかけるか、迷惑をかけられたかの話。


「その分、タナカ殿の命の危険は増すが?」

「どうかな? 俺の脅威を知っている分、ガルツやリテアよりもましだと考えることもできる。向こうの国に姫さんやリカルドのような考え方をもつ連中がいないとも限らないからな」

「確かにのう。その分こっちの方が安全か」

「敵に回すより、味方にした方がいいという思考ができればな。まあ、それは散々ルーメルにいた時に教え込んだからな」


リカルドとかそのアホ共は。

根性がなくて逆にびっくりしたぐらいだ。


「では、ひとまず安全かのう」

「それは、ルーメルがな。俺たちはまだ安全か測りかねている。今度は逃げないように躍起になるだろうからな。ハニートラップとか」

「……否定はできんな。今後勇者殿たちがこの土地にいるというのは、ルーメルの国を保つためでもある。何としてでもルーメルにいてもらわなくてはいかん。それか、ルーメルを悪く言わないと誓ってもらう必要がある」

「誓ってもそっちが信用できるかね?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取るぞ。となると、やっぱり無理やり拘束するしかなくなるわけだ」

「しかし、タナカ殿がいるなら、そういうことはあり得んだろう?」

「さてな。こういうことを考える連中は俺を出し抜こうとするはずだ」


というか、俺をなんでもできるスーパーマンだと思うなよ。


「まあ、こんなことを言い出したらキリがないから、まずはそっちが手を打ってくれ。それがわかったら、城に顔を出すとしよう」

「その手を打つというのは具体的には?」

「そりゃ、俺たちにちょっかいを出さない。出せば厳罰。わかりやすいだろう? あとはいつもの通り契約書だな。文句を言うなら、ルーメルの悪事を言いながらリテアにでも逃げるといえば飲むだろうさ」

「……そんなに煽って逆に危険ではないか?」

「ここでわかりやすく怒るなら、そいつらは敵ってことで処理すればいい」


疑わしきは罰する。

それでOK。

手段はいくらでもあるからな。


「ひとまずは、その犠牲者第一号に姫さんがならんように説得することだな。ドゥトス伯爵を使って俺の暗殺依頼を出したみたいだしな。そっちは魔族の件に紛れて黙殺か?」


そう、問題は魔族が襲撃してきたことだけじゃない。

俺個人を狙ったこともあるのだ。

相手が弱すぎてどうにもならんかったが。


「……それも知っておったか。いや、冒険者ギルドと繋がっているなら当然じゃな」


というか、闇ギルドの壊滅には俺もしっかり手を貸したからな。

狙撃という形で。


「しかし、あれはおかしいんだよな。流石に親父である王の意見に背くのは問題じゃないか?」

「うむ。あれは調べた結果、ドゥトス伯爵が姫様を唆していたようじゃな」

「あー、わかりやすいことで。お姫様は勇者様に憧れがあるから、その手助けってことだ」

「そうじゃな。あとは、その結果、地位の向上でも狙っておったんじゃろうな。しかし、闇ギルドに依頼したことがばれた結果、かなり姫様も絞られた。それでまともになったと思いたいのじゃが……」

「それなら、話をしてみて結果を見ればいい。信じているんだろう? なら大丈夫だ」

「……一かけらもそんなことはないと、思っている顔じゃな」

「いやいや、人は変わるときは変わるぞ。それは知っている。姫様の良心が戻ったと信じようじゃないか」

「そうじゃな……。信じなければいかんのう」


まあ、それでも変わらないやつは変わらないけどなー。

俺としてはどっちでもいいんだ。

敵なら敵で、味方なら味方で。


俺にとってはそれだけのことだ。

さ、もう一本すったら、戻るとするか。



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