第58射:記憶が無くてもいいじゃないか
記憶が無くてもいいじゃないか
Side:アキラ・ユウキ
「タナカ、さん? オーガ?」
俺はオーヴィクからその言葉を聞いてひどくショックを受けた。
何か悪い冗談かと思ったぐらいだ。
でも、田中さんも撫子もその発言を咎めたりせず、一つずつ確認を取っていく。
どこまで記憶があるのか、そして足らない記憶はどこなのか。
その結果、オーヴィク、ラーリィ、クコさんは俺たちが合う前ぐらいに記憶が飛んでいるのが分かった。
「アキラ、すまない」
そう俺に謝ってくるのは、サーディアさんだ。
別にサーディアさんは何も悪くない。
悪いのはオーガと、ショックを受けている自分だ。
「いえ、謝らないでください。命があっただけましですよ。でも、意外と忘れられるって辛いです」
「だろうな。はたから見て落ち込んで見えるからな。それに、オーヴィクと仲が良かったのは俺も知っている。オーヴィクも記憶が戻ればショックを受けるだろうな。アキラのことは同年代のいい友達ができたと喜んでいたからな」
「そうですか」
「まあ、ラーリィとクコは難しいかもしれんが、オーヴィクは比較的軽傷だ。近いうちに思い出すかもしれん。よければ、嫌わないでやってくれないか?」
「そんなことはありませんよ」
こんなことでオーヴィクとの縁を切るほど薄情じゃない。
と、そんなことを話していると不意に後ろから声をかけられる。
「……サーディアと、アキラでいいかな? ちょっといいかい」
振り返ると、そこにはオーヴィクが困り気味に立っている。
「どうした?」
「何かあったか?」
「あ、いや、どうも、女性たちの中には入れなくて……」
そう言われて、光たちの方を見てみると……。
「うーん。覚えていないわね」
「まあまあ、別に生きてるからいいんじゃん」
「とはいえ、私たちは貴女たちのこと忘れちゃったのよ? それはいいの?」
「構いませんわ。それで仲が終わるような間柄ではありませんわ。それを証拠に、こうして今もお話ししているじゃありませんか。いずれ、不意に思い出すこともあるでしょうし、その時に笑い話にでもすればいいですわ」
「そうそう。私もその時は笑ってあげるよ」
「……ナデシコもヒカル大概ね。まあ、私も気が楽だしいいか。でも、記憶が飛んでるからそこの所よろしくね」
「そうね。悩んでも思い出せないんだし、またやり直せばいいだけね。よろしく、2人とも」
「うん。またよろしくね」
「はい。よろしくお願いいたします」
そんな感じで、女性たちの方はたくましく、新しく関係を構築しているようだ。
「あんな感じで、サーディアとアキラさえよければ話に混ぜて欲しいんだけど? いいかな?」
「俺は構わんぞ。アキラはどうだ?」
「俺も構いませんよ。オーヴィク色々大変だと思うが、またよろしくな」
「あ、ああ。アキラは優しいな。俺は君や彼女たちのことを忘れているのに……」
オーヴィクはそうすごく申し訳なさそうに言ってくる。
「気にするなって言っても気にするよな。でもさ、俺とオーヴィクは短い時間だったけど、同年代の友達になったんだ。だから、やっぱり気にするなよ。俺はお前の友達だからさ」
「そうか、うん。ありがとう」
俺がそう言ってようやく笑顔を見せるオーヴィク。
「でも、君たちは凄いんだな。あのオーガの群れやリーダーであるオーガテンペストまで倒しているなんて」
「あー、いやギリギリだったんだよ。オーヴィクたちが奮戦してたおかげでやれたんだ」
「そうか。俺たちも役に立ててたんだな」
そう言ってほっとするオーヴィク。
いや、実の所、田中さんが対物ライフルであっという間にオーガたちの頭を吹き飛ばしただけなんだけどな。
でも、田中さんの銃のことを話すの禁止だし、かといって俺たちが勇者云々も説明が面倒、そして光のエクストラヒールで治療したっていうのも、揉め事の元だから黙っておけって言われてるんだよな。
「ああ、俺たちが奮戦していたのは無駄じゃなかった」
唯一、俺たちのことを覚えているサーディアさんが俺の話に同意して、真実味を増してくれる。
サーディアさんは田中さんから、オーヴィクたちの無用な混乱を避けるために、勇者の話とかはわざわざしないでくれと言われて、同意してくれた。
サーディアさんは理解あるいい人だ。
「しかし、この仕事、迂闊だったな……。多分、記憶をなくす前の俺たちはやれると思ったんだろう、サーディア」
「ああ。行けると踏んだ。だが、迂闊だったかといわれると疑問が残るな。オーガ相手なら後れを取らないパーティーが俺たちを含めて8パーティーもいてこの状態だからな。まず、この集団が崩壊するとは思わないさ」
「でも、街道沿いに魔物が出てきて、オーガの集団も確認されて、それを討伐した後すぐにここへ来たんだろう? 一旦戻って報告をして立て直すべきじゃなかったか?」
「そこは冒険者ギルドの判断だからな。何とも言えない。戻る間放置というのも危険と感じたのかもしれない。事実、オーガテンペストとその群れが森の浅い地点にいたからな。アレが街道沿いや聖都に来る前に倒せたというのは大きい」
「……犠牲は大きかった。アキラたちがいなければ、俺たちだって死んでた。俺はリーダー失格だ。皆を危険な目に合わせた」
オーヴィクはそう言って、手を握りしめる。
きっと自分が許せないのだろう。
「気にするな。といっても無駄だろうが、アキラと同じように私もオーヴィクを信頼している。まあ同年代の友達ではないが、いい友人だと思っているし、これまでオーヴィクのリーダーシップに何度も助けられた。この程度のことでオーヴィクをリーダー失格なんて思わないさ」
「サーディア……」
やべえ、サーディアさんは本当にいい人だ。
かっこいい大人を見た。
だが、それだけでは終わらない。
「そして、そう思っているのは、私だけじゃない。後ろを見ろ」
「後ろ?」
そう言われて俺も振り返ってみると、そこには光たちが立っていた。
ああ、ここは、ラーリィたちって言った方がいいのかな?
「ラーリィ、クコ……」
「まったく、なんか元気がないかと思ってたら、そんなこと考えてたの? 私たちがオーヴィクを見限るわけないじゃない」
「ええ。まったく甘く見られたものね。今回の話はサーディアから聞いたけど、私たちも同意してのことだったみたいだし、怪我を負ったのは自分の責任であってオーヴィクのせいじゃないわよ」
「そうそう。しかも、怪我はヒカルたちが綺麗に治してくれたし、問題なし。生きてるんだからいいの。というか、こんなことでウジウジしてるってことで、見限るわよ」
「そうね。リーダーには堂々としてほしいわ」
「……みんな。ありがとう」
そう言って下を向いて震えるオーヴィク。
「あらー? もしかして泣いてる?」
ラーリィは興味があるのか覗き込もうとするのだが……。
「男の涙を面白半分で見るんじゃねーよ」
「うひゃ!?」
田中さんがラーリィを掴んで後ろに引っ張る。
「まったく、記憶を無くしているのに元気なことだな」
「そう言われても、私たちは怪我をした記憶もないからね。まあ、目が覚めたら血まみれだったのはアレだったけど」
「それは替えの服も用意しておくことだな」
「遠方でもないのに持っていくわけないじゃない。というか、ちょっとした周辺の魔物退治だったから想定していないわよ。でも、おじさん。タナカだっけ? いつまで肩に触ってるつもり?」
「ラーリィ君が悪趣味をやめるか、オーヴィク君が見られてもいいと許可を出すまでだな」
そう言って田中さんとラーリィはこちらを見る。
ああ、ラーリィは引くつもりがないから、オーヴィクに判断を求めているってことか。
「オーヴィク。どうする? ラーリィに顔覗かれてもいいのか?」
「だな。いつまでもタナカも無理に女性を押さえておけるとは思えないぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺たちがそう言うと、直ぐにオーヴィクは腕を顔面にやってこすって、直ぐに顔を上げる。
「タナカさん。助かりました、離してもらっていいですよ」
「そうか」
オーヴィクからのOKを貰って離すと、ラーリィはすこしすねてしまい。
「ちぇっ、つまんないのー」
「ラーリィ。あんまりからかうと嫌われるわよ」
「そうそう。オーヴィクが大好きなのはわかるけどさー」
「何事もほどほどにがいいですわよ」
「わかったわよ」
他の皆のフォローもあって元の調子に戻ってくれた。
そして、田中さんはその様子を見て口を開く。
「これだけ元気なら、もうちょっと速度を上げてもいいだろう。森は抜けたが、冒険者ギルドにどんな報告が行っているか、わからんからな。状況を把握したい。それにオーヴィク君たちも早めに休ませることにつながるからな。どうだ、行けるか?」
そう田中さんが聞くと、オーヴィクが直ぐに返事をする。
「ええ。早めに戻った方がいいですね。オーガテンペストが出たとなると、軍隊が出るような事態です。サーディアの話だと、無事逃げられた冒険者のチームもいたようですし、連絡が行って今頃大騒ぎになっている可能性もありますから。自分たちはタナカさんたちのおかげで記憶はともかく、体調に問題は有りませんから」
オーヴィクはそう言うと、こちらに振り返り。
「ラーリィ、クコ、サーディア行けるか?」
いつものリーダーの表情に戻っていて、それにラーリィたちも……。
「もちろんいけるわ」
「ええ。大丈夫よ」
「問題はない」
そう元気よく答える。
そして、田中さんの視線はこちらに向き。
「そうか。後は結城君たちだが……」
「いけるよー」
「もちろんいけますわ」
「大丈夫ですよ」
「よし。なら出発といいたいが、一応そっちの大人たちにも聞いておくか。どうだ夜番をして体調不良とかはあるか?」
ということで、リカルドさんたちに視線が集まるが、田中さんの一言で、無理をさせていたことに気が付く。
オーヴィクたちもそれに気が付いたのか、ちょっと気まずそうな顔をしている。
そういえば、田中さんもだけど、さっきから会話には入らずもくもくと歩いていたんだから疲れていない方が不思議だ。
これは、俺が休憩しようって言った方がいいのかな、と思っていると。
「無論、騎士たる私には遠慮は不要です。徹夜だとはいえ、これぐらいの行軍でへこたれることはありません」
「私も問題ありません。徹夜とはいえ、当番で休ませてもらいましたから」
「えー、私はちょっとやすみたいんですけどー……」
「問題は無いようだ。行くか」
ヨフィアさんがそう言うが、田中さんはとりあえず無視して進んでいく
「あのー、最近、か弱いメイドさんである私の扱いひどくないですか? 女性なんですよ?」
「え、あの、タナカさん。ヨフィアさんが……」
ヨフィアさんの態度に真面目なオーヴィクが気にしてしまう。
いや、この場合は田中さんの配慮が足りないのか?
休むように言いうべきか、ヨフィアさんの悪のりと思うべきなのかちょっと悩むよな。
そう思っていると、田中さんがこちらに振り返り……。
「結城君。そこのメイドを担いでいけ。それで解決だ」
「「え?」」
意外な言葉に俺とヨフィアさんの声が重なる。
その反応に答える等に、田中さんは
「オーヴィク君たちは病み上がり、リカルドたちは徹夜明け、ルクセン君と大和君は女性だからな。消去法で結城君しかいない。それとも俺が担ぐか?」
「あ、いえ。それは遠慮しますよー。命の危険を感じますから。じゃ、そういうことで、アキラさんよろしくお願いしますー」
「ちょっ!?」
ヨフィアさんはそう言うなり、俺の背中に抱き着いてきた。
背中にやわらかいものが……。
やっぱり、ヨフィアさんは大きいのか。
「このおっぱいを存分に楽しんでください。というより、割と真面目に眠いのでお願いします。アキラさんなら信頼していますし、おっぱいどころか、全部触らせてあげますよー」
「い、いや、ヨフィアさん。それは……」
「ええ。アキラさんは好きですよ。しかし、タナカさんから色々注意を受けているようですし、色香に警戒が必要なのは本当ですから、その時にまだ私のことを好いてくれるならよろしくお願いしますねー」
「……」
なんかすごい発言、いや宣言を受けた気がする。
「おやぁー。晃は何か嬉しそうだねー」
「何をヨフィアさんとお話ししたのでしょうか?」
「いやー、これは乙女の秘密ってやつですよー。いや、案外私の胸のおかげかもしれませんねえー」
「あ、いや、違うんだよ」
「とはいいつつ、おんぶしてくれますから助かります。では、出発しんこうー」
「「「あははは……」」」
……もしかして俺はからかわれてるのか?
田中さん、やっぱり厳しくやってくれませんか。
とはいえ、オーヴィクたちも笑っているからこれでいいのかな?
そう思いつつ、ヨフィアさんをそのままおんぶして聖都を目指すのであった。
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