第30射:魔物の落とし物
魔物の落とし物
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
なんというか、ようやくファンタジー世界にきたっていう二度目の実感が湧いてきたね。
一度目はマノジルさんの魔術教室。
それからは、冒険者っていうファンタジー職業に胸をはせたりしたけど、現実は生活を懸けた血みどろの生死のはざまを生きる職業だと知った。
おかげで、ファンタジー職業というより、世知辛い職業だなーと思ったんだよね。
毎日、働かないと宿代が稼げないし、多少の貯蓄は武具や道具に飛んでいく。
僕たちが思い描いていた、冒険者とは雲泥の差だった。
いや、僕たちは勇者だから無理をすれば格上の相手とかできるんだろうけど、そんな無謀はしたくないと判断して、地道にやってきた。
田中さんがいなければちょーしにのって、ルーメルのいいように命がけの戦いに駆り出されていたことだろう。
そんなことに感謝をしつつも、異世界も地球と変わらない世知辛さに辟易としているときに、ようやくファンタジーだっていうのに、実感が持てる二回目のことが起きた。
そう。ダンジョン探索!!
ファンタジーの定番、魔物や宝箱が存在する洞窟。
しかも、この世界のダンジョンは無限に魔物や宝箱湧き出すのだそうだ。
どこの不思議のダンジョンか。
いや、毎回マップが変わるのはないから違うのだろうが、湧いて出てくるというのは魅力的だ。
まあ、今回のダンジョンは訓練用と言われているから、特にレアなものは出ないらしいけど。
それでも、わくわくが止まらないね。
ようやく来た、異世界ファンタジーらしい冒険譚!! いや、保護者いっぱいだけど、今回は僕たちが思うように進んでいいみたいだし。
「よーし!! 準備は完了!! 宝を探すぞー」
「おー!!」
「……不安ですわ」
僕と晃はテンション高いんだけど、なんでか撫子はテンションが低い。
おそらく僕たちが宝探しに夢中になってケガとかするんじゃないかと思っているんだろう。
そんな子供じゃないっての。
というか、ことダンジョンにおいては、田中さんよりも僕と晃のほうが上だといえるね。
「撫子、大丈夫だって僕たちはやれる!!」
「うんうん。今まで頑張ってきた自分たちを信じよう!!」
「どこからそんな自信が出てくるんですか……。まあ、落ち込んでいるよりはいいですわね。で、まずはどう進みますの? 幸い、光の魔術で松明を持つ手間はなさそうですが。隊列とかは?」
「そりゃー、僕と晃が前衛で、撫子が後ろ」
「即断しましわたね。理由を聞いても?」
「僕と晃が前衛で撫子が後ろなのは、やる気の問題。あと、何かあれば、後ろにいる撫子がフォローしてくれるでしょう? 前に向かって暴走はしないから心配しないで」
「……心配ですが、まあ、いいでしょう。二人を後ろに控えさせている方が迷惑をこうむりそうですし」
ああ、こんな時に後ろでフォローとか無理だね。
熱い冒険心を持て余して暴走してしまうね。
だって僕たちは冒険者なんだから!!
と、そんな感じで、僕たちはダンジョンの中へと進むことになった。
「不思議だ。明かりがないのに、なぜか通路がはっきり見えるな。まあ、遠くまでは見えないけど」
「ほんとだ。なんだろう? 周りのブロックが光っているとか?」
「不思議ですわね。ローエルさん、これは聞いてもいいでしょうか?」
撫子は後ろからついてきているローエルさんに質問をしてみる。
「ああ。すでに経験していることだから構わない。とは言っても、詳しくはわかってないんだが。ヒカルの言うように、ブロックが光っているわけではないようだ。まあ、このダンジョンの中にあるから光っているという可能性もあるが、一度ブロックごと持ち出して、確かめてみたが光ることはなかった。光源になるような鉱物なら、物凄い価値があるからな」
ああ、なるほど。
松明の代わりになるかもしれなかったんだ。
それはすごい鉱物だ。電灯、ライトいらずってことだよね。
謎は深まるばかり。ファンタジー万歳としておこう。
「いいじゃん。これで無駄に魔力も使わなくて済むし、先も見えるから安全だよ」
「そうね。今の私たちにはありがたいことですわね」
そんな話をしつつ、ダンジョンを進んでいると……。
ぐぎゃぎゃ……。
そんな声が、通路に響いて僕たちに聞こえてきた。
「今の聞こえたか?」
「うん。ばっちり」
「聞こえましたわ」
「見えないけど、この先のT路地のどっちかにいる感じだよね」
「多分な。でも、ようやく分かれ道か。今まで一本道だったのに」
「そういえば、ずいぶん長い一本道でしたわね。ローエルさん、こんなものなんですか? それにほかの冒険者たちなどは?」
「このダンジョンはこういう構造だな。まあ、入り口が一本道なだけで、奥はちゃんと迷路のようになっているから安心してくれ。それと、ほかの冒険者だが、ここは訓練用で稼ぎも悪いから、本当に新人ぐらいしか来ないんだ。多少腕に覚えがあるのなら、近くの森でスパイダーなどを倒した方がいいからな」
なんという世知辛いダンジョンなのだろうか。
普通の討伐依頼を受けた方がお金になるとか……。
なんか一気にやる気がなえてきたような気が。
「じゃ、まずは俺が索敵してくるよ」
「え?」
「ええ。お願いします」
僕が少し気が抜けているうちに、晃はいまだダンジョンわくわくソウルが尽きていなかったのか、索敵へと向かう。
「光さん。現実を見てショックを受けるのは構いませんが、戦闘中はやめてくださいね」
「うっ。ごめん」
そんな風に撫子にお叱りを受けていると、晃がさっさと戻ってきた。
「どうだった?」
「何がいましたか?」
「えーと、訓練用っていわれる通り、こん棒を持ったゴブリン2匹とでかいネズミみたいなのが1匹」
「ゴブリンはいいけど、でかいネズミって初めてだね」
「ですわね。でも、ネズミの魔物ならギルドの図鑑で見たことがありますわ。程度でいえば、ウルフよりは弱いですが、前歯による噛み付きは普通に肉がえぐれますから、油断していると死ぬ冒険者もいるそうですわ」
確かに、大きいネズミにかまれたら、場所が悪ければ死ぬよね。
ハムスターと同じかは知らないけど、あの前歯ってかなり鋭いからね。
大きいのなら、その分殺傷力も高くなってるってこと。
「大きなネズミの素早さがどれだけあるかで、作戦が分かれますわね……」
「遠距離で、魔術をぶち込めばいいんじゃないか?」
「それで、死ななかったら、真っ先にゴブリンで、そのあとネズミでいいんじゃない?」
「まずは数を減らすってことですわね?」
「ああ」
「そうそう」
「いいですわ。その作戦で行きましょう。3、2、1で行きますわよ」
「「おう」」
そう言って、僕たちは声がする通路の方へと忍び足で近寄る。
ゴブリンとネズミはなぜかその場から動くことはなく、何かごぶごぶ言っている。
まあ、こちらにとっては好都合か、横で撫子が指を3本立てて、一本ずつ折っていく。
3、2、1……いまだ!!
僕たちはいっせいに飛び出して、迷うことなく魔術を放ち、ゴブリンたちへと命中させる。
不意打ちが効いたのか、ゴブリンや大きなネズミは倒れて動かなくなる。
「お、いけた」
「見た感じ、ふつうのゴブリンと変わりないみたいだね」
「……ですが、遺体が消えるはずですが……。あ、消えていきます」
ちょっとラグはあるみたいだけど、魔物は消えてしまってその場にポツンと投げ出された布とこん棒と尻尾が残る。
僕たちは近寄ってそれぞれドロップ品であろうと思われる品物を手に取る。
「これは、ネズミの尻尾?」
「ですわね。で、これはゴブリンが持っていたこん棒ですわね」
「えーと、この布は?」
「「……」」
まあ、僕と撫子が二つをとったんだから残るはぼろ布だけになるのは当然なんだけど……。
「……多分、パンツ代わりに履いてた布だよ」
優しい僕は、少しためらったけど、真実を教えてあげると……。
「うえっ!?」
「きゃっ!? こっちに投げないでください!!」
「晃、サイテー」
やっぱり、投げ捨てた。
しかも、僕たちに見せながらだったから、僕たちの方に飛んでくる。
汚いパンツが。
まあ、予想してたから、あっさり風で晃に戻すけど。顔面に。
「うわっ!? か、顔に、くさっ!?」
くさいらしい。まあ、洗ってないパンツ代わりのふんどしだし、当然か。
晃は慌てて布を顔から払い落として、ぺっぺっと唾を吐く。
ああ、何かが口に入ったのか。うえー。
「捨てないで、ちゃんとひろえよー。ドロップ品だぞー」
「そうですわね。あれだけ楽しみにしていた、ダンジョンでの宝物ですわよ」
「えー、こんなのが、初宝物なんて……。まあ、ネタとしては悪くないか。どうせこんなのは売れないだろうし、持って帰って洗ってみるか」
落ち込むかと思えば、意外な方向に前向きだった。
ま、言うようにネタとしてはいいかもしれないが、それを持っておこうというのは驚きだね。
とはいえ、一言言っておかないとね。
「洗って記念品にするのはいいけど、僕たちにイタズラで差し出したら殴るよ」
「ええ。ぼこぼこにしてあげますわ」
「しねーよ。というか、田中さん。これさすがにこのままバックに入れるのはあれなんで、ビニール袋出してくれません?」
流石に、晃もあの臭くて汚い布をそのままバックに入れるようなことはないようだ。
入れるつもりなら、殴ってでも止めるけどね。
で、ビニール袋を頼まれた田中さんは微妙な顔をして、素直にビニール袋をスキルで出してくれる。
スキルの無駄遣いだ……。
「ほら。だが、本当に持って帰るのか?」
「ええ。記念すべき初めてのドロップ品ですし。ローエルさん。この布って売れます?」
「……いや、アキラの予想通り、売れない……わけでもないが」
「「「うそぉー!?」」」
意外、晃の持っている汚い布は売れるらしい……。
「布というのは生産するのに苦労しますからね。端した額ですが引き取ってくれます。ちゃんと熱湯消毒などすれば使えますからね。包帯などに……」
「「「……」」」
うげーといいたいけど、そういえば、こういう利用方法は聞いたことがある。
というかさ、僕たちの下着だってある意味汚いけど、洗えばまた使える。
それと同じことなんだろう。
「ま、洗えば使えるってことは間違いない。これは記念にとって、洗って包帯にでもしよう。さ、気を取り直して、奥へと行こうぜ。それとももうやめて帰るか?」
「いや、さすがにこれじゃ帰れないね」
「そうですわね。もともと宝物が目的ではないですし、ドロップ品で足を止めるなんて時間の無駄でした」
そんな感じで、僕たちは再びダンジョンの中へと足を進めるのであった。
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