第294射:スラムの主
スラムの主
Side:タダノリ・タナカ
元からこの町にきて情報はこういうスラムで集めると決めていた。
こういった町で一番情報に通じているのは領主、冒険者ギルド、教会、そしてスラムと相場が決まっている。
お互い情報収集を怠っていると自分の命を落とすことになるからな。
そして、領主、冒険者ギルド、教会などはゼランを通じて回った方が得策だ。
なら、俺は残っているスラムを片付けに来たというわけだ。
「お前もゼランの知り合いか」
「別にゼランの姐さんに覚えがあるレベルのモノじゃないけどな。俺が一方的に知っているだけさ」
「意外だな。ゼランの奴がスラムのほうに知り合いがいるとはな。商人なんだろう?」
「なんだ。お前はゼランの姐さんから話を聞いてないのか?」
「そりゃいちいち相手の素性を聞いたりしていない。まあ、大体想像はできる。スラムにも情報や金を回しているとか、仕事やってたとかだろうな」
「あたりだ。俺は仕事を姐さんからもらった」
「面倒見のいいゼランらしいな」
ゼランは友人が多く関係も良好のようだ。
こんなスラムの人相手に良好になってどうするんだよとも思ったが、こういう状況になると非常にやりやすい。
逃げ道はかなり増やせるからな。
まあ、こっちが領主とかとつながっている可能性もゼロではないが。
ともかく、ゼランがこちら側にも手を回していて俺としてもやりやすい。
「噂じゃ、山脈向こうのシュヴィール王国のバウシャイが魔族の連中に襲われて、巻き込まれたって話がきたから、心配してたんだよ」
「ほう、そんな話があるのか」
「ああ。でも、船を見る限り戦いの様子なんてないし、巻き込まれていたら船なんて取り上げられるしな。噂はしょせん噂だったんだろう」
どこからその噂が出てきたか気になるところだな。
普通に情報が届いたが、封鎖しているという感じか?
……詳しい話はわからんが山脈を越えてあるいは迂回してこのシャノウまで情報が伝わるっているというのは確実だな。
この男に限っては、バウシャイが襲われたのは事実で、ゼランが巻き込まれたとは思ってないようだな。
「と、ここがこのスラムのボスがいる場所だ」
そう言って男が立ち止まった先には、このスラムにしては意外としっかりしたレンガ造りの家が建っている。
そして家の前には見張りが立ってこちらに視線を向けている。
「少し待っててくれ」
男はそう言って、門の前の見張りに声をかける。
「よう。ボスにお客だ。ゼラン姐さんの使いだ」
「証拠は?」
「おい、旦那。ゼランの姐さんからもらったやつを見せてくれ」
「ああ」
俺はそう言って、ゼランからもらった鉄板に刻まれた紋章のようなものを見せる。
多分、これがゼランの家紋みたいなものなんだろう。
お貴族様っていうのはこういうのを気にするからな。
「間違いないな。よし、通れ。だが、何か問題を起こせばゼラン殿の使いだからといって容赦はしない。それは覚えておけ」
「ああ、わかった」
俺はそれだけをかえして、家の敷地内へと踏み込む。
しかし、気になることがある。
「お前って意外と立場は高いのか?」
「いんや。ただの案内だな。普通ならこんなところまで来られない。ま、案内したぜっていうかお店だ」
「なるほど。俺を案内に昇進できるといいな」
「ははっ、ただの案内だけでそこまで期待してねーよ。俺はただゼランの姐さんの手助けをしてるだけだ」
これほどスラムの連中に好かれてるのも珍しいな。
年齢で言えばゼランも二十歳前半ぐらいだろうから、そういう女は雑に扱われるもんだが。
まあ、この世界で言えば行き遅れのようだからな。
そういう意味ではすごみとかがあるんだろう。
女でありながら商会の船を率いて大航海に出る。
……たしか地球でも昔は女を戦闘船に乗せるのはご法度とか言われていた時代がある。
ここも同じ可能性もあるから、そういう意味でもゼランは凄いんだろう。
「こちらへどうぞ」
扉の前に来ると、メイドさんが出てきて室内へと案内する。
おいおい、ここはスラムのボスがいる場所だろう?
なんでお貴族様みたいなメイドがいるんだ?
いやまて、マフィアのボスは外のつながりもあるから、こういうメイドとか案内を雇っていることはあるか。
「おお、メイドだぜ。流石ボスは違うな」
俺が納得している横で、俺を案内してくれた男はメイドの登場に驚いている。
やっぱり、スラムでメイドがいるなんてのは珍しいようだ。
いやいや、普段の生活でメイドがいるのは珍しいよな。
大手の商家や、貴族、大手の冒険者でもない限りメイドを雇うことはない。
今、俺のメンバーがメイドを連れているのはやっぱり異常なんだな。
まあ、ヨフィアはなんちゃってメイドだから、本物はカチュアだけだが。
とはいえ、やはりこういう所のメイドだな。
戦闘経験がある。動きに無駄がないし、武器を隠している。
そんな感じでメイドさんを観察していると……。
「なんだ、旦那もメイドが好みかい?」
「ん? ああ、好みというか、よく訓練されているなと感心した」
俺がそういうと、メイドがぴくっとする。
……ああ、こういう隠形はだめなのか。
無視すればいいのに。
「訓練? メイドとしてか?」
「いや、戦闘だ。このメイドさん。ものすごく戦えるぞ。ま、こんなところというとあれだが、危険地帯でメイドをしているだけある。まあ、普段は別の恰好をしていそうだが?」
「確かに、言われてみればスラムでメイドが行き来するなんて聞いたことないな」
「……」
俺たちの会話には流石に入ることはなく淡々を案内を務めるのはメイドだというところだな。
ヨフィアよりはるかにマシだ。
『ブエックショイ』
『ヨフィアさん大丈夫?』
『大丈夫ですよ。誰か噂でもしたんですかねー?』
噂じゃなくて罵倒だな。
というか人が噂をしているとくしゃみをするっていうのは本当らしいな。
「こちらで少々お待ちを」
メイドはそういうと目の前にある大きな扉へとノックをして声をかける。
「ギナス様。ゼラン様のお客様です」
『ほう。あのやんちゃ娘のか。よし、入ってこい』
そう返事が返ってくるとすぐに扉を開けて中へと進む。
というか、なんでこういう風に大きな扉を用意するのかね?
昔のつくりはよくわからん。
防衛に全然向かないよな。
と、そんな疑問を抱きつつ部屋の中を見ると、よくある執務室だ。
そして、執務机に白髪の男性が座っている。
その男は俺たちに視線をむけ、すぐにこちらを見つめる。
「ほう、こりゃ驚いた。あのやんちゃ娘の側近にしてはものすごいな。騎士団長様クラスか」
「へ?」
「おう。お前は下がっていいぞ。礼を渡しておけ」
「かしこまりました。こちらへ」
「あ、はい。じゃあな。旦那」
あっという間に厄介払いされる案内をしてくれた男。
鮮やかすぎて、男も嫌ともいえないか。
まあ、首を突っ込めば死ぬしかないだろうが。
ガチャとドアが閉まる音がして、目の前の男が再び口を開く。
「改めて自己紹介といこうか。まあ、知っていると思うが、このシャノウのスラムを纏めているギナスだ」
「初めて聞くからありがたい。俺はタナカという。ゼランと港で会って、このシャノウにたどり着いた。これが証拠だ」
俺はそう言って同じようにゼランから渡された紋章を見せる。
「間違いないな。ま、ここまで来て偽物でしたっていうのも面白いと思ったんだがな」
「その場合は命を狙われないか?」
「あはは。そこまで気概のあるやつが最近いなくてな。ここがあれてた時代が懐かしいってやつさ。お前さんもそうじゃないのかい?」
「俺としては足は洗ったはずなんだがな」
「そんなもんさ。過去ってのは追いかけてくるもんさ。だから、俺も警戒を怠っていない」
「含蓄があるな。俺も気を付けるとする」
というか身に覚えがありすぎるからな。
今まさにその状況だ。
「ああ。そうするといい。とはいっても、お前さんほどの腕前ならどうにでもなるだろうがな」
「俺のステータスとかも見てないくせに、よく褒めてくれるな」
「これでも人を見る目はあるつもりだ。そうでもなきゃ、こんな場所に屋敷なんぞ構えられるか」
「確かにな。で、雑談はいいとして話をしても?」
「おう、構わないぞ。とはいえ情報料の対価はどうする?」
「そこらへんはゼランの方からといいたいが、俺個人が聞きたいこともあるからな……」
別にゼランに全部任せてもいいが、その場合物資の確認ができてからといわれかねない。
なら、俺の手持ちでどうにかした方がいいだろう。
「これでどうだ」
とりあえず、ヨフィアに人気だった板チョコと、白砂糖を10袋をテーブルに置く。
「ん? この黒いのはなんだ? 白いのは塩なんだろうが……」
「黒いのはチョコっていうんだ。俺の故郷のお菓子だ。そして白いのは塩じゃない。砂糖だ」
「はぁ? 塩じゃなくて、砂糖だと?」
「ああ、試しになめてみるといい。ほれ、俺もなめる」
袋を破いて、白砂糖をつまんで口に放り込む。
うん。甘い。
でも、砂糖単体で食べることはめったにないな。
砂糖の味しかしなくて、美味いとか美味くないとか評価ができん。
だが、それは俺だけのようで、ギナスは驚いた表情で……。
「本当に甘いな。ここまでのレベルで砂糖が生成できるとはな。いや、王侯貴族の贈り物でこういうものがあるとは聞いていたが、それがこんなに? お前さん戦いが生業じゃないのか?」
「ん? 間違いなく戦い方だ。とはいえ、部隊の補給とかを担当していたことはあるからな。こういう交渉はするんだよ」
「ははっ、そうか。そうだな。戦う連中も物資がなければ戦えないか」
「そのとおりだ。で、情報料には足りるか?」
「十分だ。これがあれば、かなりの交渉材料になる。何を調べたい。ゼランの嬢ちゃんを差し置いて」
「いや、ゼランの方も含めてなんだが、今から話すことはここだけの話でいいか?」
「もちろんだ。お前さんを敵に回して生き残れるとは思えないからな」
「わかっているようで何よりだ。じゃ、まずは俺たちの状況からだ……」
こうして、俺はギナスから情報を得るための話を始めるのだった。
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