第44射:集団の答え
集団の答え
Side:ナデシコ・ヤマト
田中さんが気を利かせてくれて、用意してくれた夕食の席。
正直、気が重いですが、リカルドさんたちとは一度話す必要があります。
ミコットのことで、色々ひどいことを言ってしまいました。
別にリカルドさんたちが悪いという話ではなかったのですが、抑えが効きませんでした。
「ま、最初は謝るしかないよ。それで仲直りだ」
「だよな。リカルドさんたちだって、言いたくて言ったわけじゃないのは、孤児院への荷物運びを手伝ったことで分かるし」
「……そうですわね」
言い訳をすればこじれるでしょう。
……自分が恥ずかしいですが、こんな私個人の小さなプライドで、皆の仲を裂くわけにはいきません。
覚悟を決めて、下の食堂に入ると、既に多くの宿泊客がテーブルについていて賑わいを見せていました。
えーと、どこにリカルドさんたちは……。
「おーい。ヒカル様―こちらでーす!!」
「おい、ヨフィア。そんな大きな声で……」
「まあ、いいではないですか。ここまで騒がしいのですから」
「むう。それならば、ゆう……」
そう言いかけたリカルドさんは、キシュアさんから肘鉄を受けて、苦悶の表情を浮かべる。
「その名で呼ぶなと言われているでしょうに」
「だめですよー。何のためのお忍びかわからないですからー」
「うぐぐぐ……。もっと手加減をだな……」
「ぷっ。リカルドさんは真面目だからねー」
「あーあー、大丈夫ですかリカルドさん?」
みんな、笑顔を浮かべて机に集まります。
……もう、なんだが緊張していた私が馬鹿みたいですね。
「みなさん。既に料理は来ていますし、リカルドさんを治療して、直ぐにいただきましょう」
私はそう言いつつ、リカルドさんに近づいて、簡易な回復魔術をかける。
「あ、ナデシコ殿。ありがとうございます」
「いえ。私も、リカルドさんや、キシュアさん、ヨフィアさんたちに失礼なことを言ってしまいました。申し訳ございません」
「ごめんなさい」
「何も深く考えていませんでした。すいません」
そう言って、私たちはリカルドさんたちに頭を下げます。
すると、リカルドさんたちは、少しキョトンとした様子になってから苦笑いをします。
「いえ、我々も配慮のない物言いでした」
「リカルドの言う通りです。ヒカル様たちの立場を思えば、放っておけるはずがないのです」
「ですねー。私はあの時の皆さんを見て思いましたよー。間違いなく、皆さんは本物でした」
「そこで、お恥ずかしながら、大人として、我らはわずかばかりですがタナカ殿のお手伝いをした限りです」
「情けない話ですが、他国でルーメルの騎士として動くのはあれでしたので、こんな働きとなってしまいました」
「でも、あの孤児院の子たちは大丈夫ですよ。恐らく、タナカ様が情報をリークしたのか、それとも最初からマークされていたのかは知りませんが、教会の調査、しかも聖女様自らが出向かれたようなのでー」
「「「え?」」」
あの聖女様たちが向かったのはシボール孤児院?
わざわざ聖女様が自ら?
そういえば、田中さんが結構やり手だと言っていたような……。
そんなことを考えているとヨフィアさんが新たな情報を口にします。
「周りの皆さんもその話で盛り上がっているんですよー」
そう言われて、私たちは周りの喧騒に耳を傾けてみると……。
「おう、今日の大捕り物みたか?」
「見た見た。また聖女様が、私欲を肥やした馬鹿貴族を退治してくれたんだよな」
「ああ、だけど今回は更にひどかったようだ。そのバカ野郎は孤児院も運営していてな、孤児にろくな食べ物や衣類も与えず、餓死寸前まで追い込んでいたそうだ。ほら、あそこの……」
「シボール孤児院か。可哀想にな。あの子ら、昼に出れないから夜にゴミ箱漁ってたからな」
「……背信者地区の方がマシなぐらいだ。たまに、炊き出しに手伝いにきてるのを見たが、あの子たちがまず食べるべきだろうにな」
「だな。で、話は戻すが、孤児を虐待していないとか抜かすんだよ。それで、孤児を見せろと言えば、病気で寝込んでいるので、お見せできる状況じゃないと言うんだよ。そしたら、聖女様は私が診るから見せろと言って、踏み込んだそうだ」
「ははっ!! 流石、聖女ルルア様だ」
「それでもなお、反発したので、強行突入。そして現場をみて激怒して、直ぐにひっとらえたわけだ。勿論、孤児たちは聖女様が用意していたシスターたちに手厚く看護された」
「ん? 聖女様はどうしたんだ?」
「そりゃー、見に行った孤児院があんな有様だったんだ。すぐに他の孤児院の確認を指示していつでも動けるように待機さ」
「ほー、凄いな。しかし、そんなに暴れて大丈夫かね? 潰された貴族とか、結構恨んでるんじゃないか? 俺たちにとっては正真正銘の聖女様だが、潰された貴族にとっては憎い相手だろう?」
「ははは、そこら辺も含めてちゃんとやっているようだぞ。だからこそ、こんな無茶ができるんだよ。ちゃんと三大貴族を味方に付けて、腐った貴族を粛清しているようだぜ」
「なるほど。流石は歴代最高って言われるほどだな」
……なんというか、リテアの聖女様は本当に立派な人のようです。
私たちが、必死になって助けられたのはミコットとアロサぐらいで、これからどうしようかと思っていたのに、全部解決してくれました。
「まあ、色々思うところはあると思いますが、その志に間違いはありません。子供たちが助かったことを祝って、食べましょう」
「そうです。子供たちは無事救われたのです。ナデシコ様たちが動いたからこその結果、ミコットが助けられたのもまた事実です」
「ですねー。孤児院の子供たちは今日助かったけど、ミコットはどうなったかわかりませんしー。助かったとしても、今の今まで痛みで苦しんでいたはずですからー、ミコットを救ったのは間違いなく、ナデシコ様ですし、子供たちのひもじい思いを長くしなくて済みました。だから、悲しそうな顔はしなくていいんですよ? わたしたち……じゃなかった、ナデシコ様たちがしたことは、立派なことです」
リカルドさんたちにそう言われて、自分の気持ちが表情に出ているのだなと気が付き、ちゃんと周りに配慮できる大人なのだと改めて知りました。
私たちの言葉を受けて、何も言い訳をせずにちゃんと行動に移す。立派な大人です。
「はい。ありがとうございます。せっかく頼んでくださった料理が冷めてしまいますので、いただきましょう」
「うん。食べよう、食べよう」
「いただきます」
そう言って、私たちも聖女ルルア様を称える賑やかな中で食事をすることになりました。
こんな世界にも立派と思える方はいるようです。
私たちを攫った世界も捨てたものではないと思います。
このような人に呼ばれていれば、あるいは私たちは喜んで協力をしたのかもしれません。
あ、いえ、このような立派な人がまず、誘拐をすることはないですね。
そんな感じで食事を楽しんだ後、部屋に戻ると……。
「随分、楽しそうな食事だったな」
「だねー。上まで食堂の声が響いてたよー。おじちゃんと私は寂しく2人で食べてたのに」
田中さんはそう言って、ミコットは頬を膨らませてぷんぷんしていて、それをなだめるのに苦労しました。
それで、ようやくミコットをなだめたとあと、田中さんがある提案をしてきました。
「で、リテア聖国のトップ聖女ルルアはどう思った? 彼女に会ってみたいか?」
「えーと、会ってみたいとか言って、会えるものなの? というか、会う理由が無いんだけど……」
確かに、光さんの言う通り、私たちごときが面会できるとも思えませんし、会う理由もありません。こんな理由で会ってくれるわけないでしょう。
「いやいや、元々の理由忘れてるだろう? 俺たちは元々各国の長に挨拶をして覚えをめでたくするって目的があるんだよ。万が一の時の為の逃げ道としてもな」
「「「あ」」」
そういえば、そんなことがあったような……。
「ついでに、グランドマスターが紹介をしてもいいと言っているから、面談にそこまで苦労はしないと思うぞ」
「「「ああ」」」
そういうこともありましたわ。
すっかり忘れていました。
つい、昨日のことのはずなのに。
「で、どうする? 3人が会うのがいやなら、とりあえず、俺やリカルドだけで挨拶をしてくるっていうのもありといえばありだが?」
ちょっと悩みますわ。
あれだけお忙しい方に私たちのことで時間を割いてもらってよいのかと。
でも、結局、田中さんたちが挨拶をするなら、時間を取ることにはかわりありませんわね。
それなら……。
「田中さんたちだけで挨拶を済ませていざという時頼るのは失礼ですわね。私は面会するべきだと思いますが、光さんと晃さんはどう思われますか?」
「あ、うん。いいと思うよ。それに回復魔術に詳しいなら、案外ミコットの治療ができるかも」
「おお。そうだな。よかったなミコット。治してもらえるかもしれないぞ」
そうでした。
私たちのことよりもミコットの治療が大事です。
聖女様の経験があれば、私たちが治療していいものかどうかの判断ができます。
今後の治療にも必ず役に立つはずです。
これは聖女様に時間をいただいてでも、得る価値のあるものです。
変に落ち込んで、大事なことを見落とすところでした。
「え? 私も聖女様に会えるの?」
ミコットは意外そうな顔をしていますが、私たちにとっては当然のことです。
ミコットを助けるために、こうやって看病をしているのですから、治療の手段があるのならそれに手を伸ばすことをためらったりはしません。
「ということで、是非、面会をお願いいたします」
「なるほどな。そういう考え方もできるわけか。そうと決まれば、明日はそういう方向で俺はグランドマスターと話をつけてくる。ついてきてもいいが、ミコットの様子を見にアロサがくるって言ってたから、一緒にいてくれる方がいいな」
「あー、そういうことなら、僕はミコットと残るよ」
「私も残りますわ。ミコットのことはちゃんと見ておきたいですし。晃さんはどうしますか?」
「えーと、二人は残るんだろう? それなら、俺は田中さんに……」
「えー、お兄ちゃんいっちゃうの?」
どういうわけか、ミコットは晃さんを気に入っているようで、田中さんについていくということを聞いて、少しむくれています。
これはちょっと無神経なことを言ったでしょうか?
そう心配していると、晃さんはミコットの言いたいことが分かったのか……。
「すいません。俺もミコットの様子を見ます」
「やったー」
「別に謝ることでもないさ。聖女様に会うと決めたからといって、すぐに会える話じゃないからな。ただ会いたいって言って、それで終わりさ」
まあ、そうでしょう。
多忙な聖女様に会いたいといってすぐに会えるわけでもないのですから、私たちが今優先するべきはミコットで間違っていません。
あとは、助かったという孤児院の様子をアロサに聞くこともありますし、明日は宿にいて、ミコットの様子をみつつ、アロサが戻ってくるのを待ちましょう。
そういう感じで、明日の予定は決まったのでした。
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