第259射:人の上に立つもの
人の上に立つもの
Side:ナデシコ・ヤマト
「いっくぞー! ローエル姉ちゃん!」
「よし! かかってこい!」
ズドン!
と、そんな爆音がしたと思ったら地面が陥没します。
その中で笑顔でいるのは光さんとローエル将軍。
「……ローエル将軍は本当に自由ですわね」
「あはは……」
私の感想にそう乾いた笑いを返すのは連合軍の総大将であり、私たちの友人でもある聖女エルジュです。
というか、今私の周りには……。
「姉さん。パンの腕落ちてませんね」
「そうかい。喜んでくれて何よりだよ」
「……ノールタル殿。すごくおいしい」
「うんうん。デスト殿はすごくおいしそうに食べてくれるね、作った方としては本当にうれしいよ」
魔族の……いえ、ラスト王国の女王様にリテア聖国副将軍までそろっているのです。
このメンバーは連合軍の主要人物なのです。
まあ、ラスト王国の復興にちゃんと残ってはいるのですが……。
「田中さん。本当にこの方たちを連れてきてよかったのでしょうか?」
「それはどういう意味でだ?」
そう聞かれて、一瞬固まってしまいます。
しかし、言わねばいけないでしょう。
「……連れていくという事でも、女王たちがいなくなったラスト王国でも」
「一応、事前に説明はしておいたがな。ま、復習でもするか。隣の聖女さんが言ったことだが、これだけのメンバーを集めてお礼と物資に引き渡しの件を言えば、召喚技術については文句を言わないだろうって算段だ」
……その説明は受けました。忘れていません。
確かにエルジュを筆頭とした連合軍の人たちがルーメルへ行けば嫌とは言わないはずですが……。
「くっそー。まけたー」
「まだまだだな。と、ノールタル、私にもパンをくれ」
「あ、僕も」
「はいはい。こっちにおいで」
「「はーい」」
なんて穏やかな道中なのでしょうか。
「……こんなに平和でいいのでしょうか?」
「……いいと、思います」
「気持ちはわかるが、安全なんだからいいだろう。で、女王たちがいなくなったラスト王国の件だが」
「大丈夫です。忘れていません。エルジュさんたちがいなくてもうまくやれるか? というのも見るためですね」
「そうだ」
「はい。きっと皆さんうまくやってくれます。なにより私たちがそれをまず信じなくてはいけません」
「そうですね」
「ま、やがていつかは独り立ちするんだ。それが早いか遅いかだけだな。というか、留守番もできないとか分かればそれも問題点の発見だからな。そういうあぶり出しにも使えるんだよ。下が悪いんじゃなく上が無理難題を押し付けたという見方もできるからな」
「はあー。そういう考え方もあるんですね」
「……私も意外でした。というか仲良くできないのは個人の問題では?」
色々あって仲良くするのは確かに難しいかもしれません。
しかし、これは軍の命令のはずです。
軍では命令は絶対だと田中さんが言っていたはずです。
それは軍人としての資質に問題があるということではないでしょうか?
と、思っていると田中さんは苦笑いをしながら。
「どちらも若いから仕方ないか。いや、聖女さんのほうは、後ろのローエル将軍や色々な人たちが支えているから心配はいらんか」
「えーと、どういうことでしょうか?」
「わかりやすく教えていただけますか?」
「そうだな。何れ聖女さんは女王さんたちに教わるだろうが、大和君もいるからちょうどいいか。上に立つ者の義務ってところだな」
「「上に立つ者の義務?」」
私とエルジュは同時に首をかしげます。
それこそ、部下に指示を出すということではないでしょうか?
「そうだ。だが、その様子だと二人の中では軍人は命令を聞くものだとおもっているんじゃないか?」
「「違うのですか?」」
「理想の軍人としては当然のことだな」
「「理想の軍人?」」
「そうだ。命令を聞き、遂行をし、達成する。まさに理想の軍人だ。守れと命じれば死ぬことも覚悟してその場所を死守し、敵陣を切り裂けと命令すれば体が四散しても任務を達成する。それが理想の軍人だ」
「「……」」
そこまで言われて、それは違うという事に気が付いた。
そして、それは田中さんにも分かったようで笑いながら……。
「そうだ。そんな簡単に人はできていない。命令だからといって命を捨てられるような奴は少ない。ま、いるにはいるがな。だが、そういうやつに限って自分で考えることができないから、人の出来損ないってなるんだが」
そう言って私たちとは違う方向を見る。
「というわけで、どんなことにも上は気を配らなきゃならない。確かに仲良くしろ、人に迷惑をかけるなという当たり前のことでも、全員がそうではない。むしろ今まで戦ってたんだ。憎しみがあっても何も不思議じゃない。当然だろう?」
「「はい」」
だから当たり前の命令をして、フォローをするのですね。
気持ちはわかるが命令を守れと。
「はぁ。ちぃ姉さまたちはそういうことも考えているのですね」
「そういうことだ。俺たちも間接的に冒険者ギルドを通じて闇ギルドとぶつかったこともあるが、あの連中だって最初から闇ギルドだったわけじゃない。色々な理由であそこにたどり着いただけだ」
「……確かに」
「同じく旅人を襲う野盗とかもな。食えないからやっている連中が多い。普通に食っていけるなら野盗とかやらなくてもいいからな」
「では、タナカさんは野盗を許せと?」
「んなわけない。どんなに貧しくても道を踏み外さずにやっている連中も山ほどいる。だからこそ国の法に乗っ取って処理をしなくていけない。それが軍人はもちろん、国の秩序を守る者の役目だ。たとえ、国が助けてくれなかったと言って憎悪を燃やしている幼子であってもな」
「「……」」
そういわれて、想像してしまった。
国が守ってくれなかったと、お前たちが助けてくれなかったらから野盗になったという子供に私は剣を振るえるのか……。
「ま、極端な話だ。だがな、放置するのもまたダメなんだ。リテア聖国で起こったことは、貧民をないがしろにした連中と、それを正当に正そうとする連中。そして、どんな悪事に手を染めても一刻も早く仲間を助けたかった連中。今までのそういう思いが重なって動いた。所謂、下克上、反逆、革命ってやつだな」
「……難しいんですね」
「ですわね」
「ま、そうそう起こることもでもない。というか、そこまでなった国はひっくり返るからな。今回のリテアだって、既存の貴族の半分は首が物理的に飛んだんじゃないか?」
「あははは……」
田中さんの問いかけにから笑いするエルジュさん。
私もリテア聖国の話は聞きました。
ルルア様を追い落とそうとする旧体制の貴族と、貧民区の人たちを助けようとする人の三つ巴になり、ルルア様と貧民区のチームは手をとり、旧体制の貴族は首を切ることになったと。
……まあそれはいいです。ミコットのような子供をたくさん生み出しているような屑は死ぬべきだとはっきり言えます。
「と、色々遠回りだったが。偉くなるとこうして命令を出しても気を使わないといけないってわけだ。だから腕っぷしよりも、人と人の調整能力が高い奴が上につくことが多い。今回はそういう連中の実践の場ってことだな。連合のトップたちが席を外している間に、ちゃんと部下の面倒みられるかってな」
「えーと、私ってそんなことも知らないのに連合のトップになっちゃったんですけど……。いいんでしょうか? どう思います? ナデシコ?」
「……どうなんでしょうか?」
ものすごく悩むことを言われてしまいました。
いえ、聖女としての実績はあるのですから、問題はない……はず。
……こういうことは今までの経験上聞きかじってはいますが、軍事となると。
「別にいいんだよ。聖女さんは」
「そうなんですか?」
「ああ。ま、言い方は悪いがあんたは旗印だ。いればいいだけだ。だが、回復魔術もリテアの聖女と変わらんレベルとくれば、文句も出ないさ。実務に関しては周りが補ってくれる。というか、だから連合を今まで率いてこれただろ?」
「あ、そうでした」
「大和君にしてもそうだ」
「え? 私ですか?」
「そうだ。君たちがリリアーナ女王を助けに行くといったから、俺はサポートすることにした。アスタリの町でも助けるというから迎撃に手を貸した」
「ですが、私はエルジュのように聖女では……」
「何言ってるんですか。ナデシコは勇者様でしょう?」
「あ」
忘れていましたわ。
本当にすっかり忘れていました。
「残念ながら俺が何を言ってもルーメルは動かないからな」
いえ、それはないと思います。
今の田中さんならルーメルを顎で使うことも可能だと思っています。
まあ、反発する連中もいるでしょうから、それを排除すると血の雨を見ることになるでしょうが……。
ああ、そういう意味でも私たち勇者を立てたほうがいいということですわね。
「わかったみたいだな。それぞれ自分の力を満遍なく発揮できるポジションがあるわけだ。だから、何も心配するな。ま、失敗するときもあるがやり直せばいいだけだ」
「「はい」」
そうですわ。
失敗してもやり直せばいい。
私たちもそうしてきたではないですか。
「そうだ。聖女さん講義ついでに俺も教えてほしいことがある」
「はい。なんでしょうか?」
「ルーメルに行って交渉するのはいいが、このメンツで交渉をメインで行うのは誰だ? 聖女さんがそのまま交渉にはいるのか?」
「いえ。私ではありません。残念ながら、先ほどの指摘されたように私に求められているのは連合軍のトップということと、聖女としての才能ですから。交渉事はあちらのリリアーナ女王が務めてくれることになっています」
エルジュがそういって見つめる先には姉妹仲良く歩いているリリアーナ女王がいます。
「なるほどな。リリアーナ女王なら交渉事はお手の物だろうが、ルーメル相手となると俺は心配なんだがそこは考えているのか?」
「確かに、ルーメルは先王が大森林で戦死したといわれていましたわね。それが関係して私たち勇者召喚に繋がったはずです」
傍から見れば自爆をしただけなんですが、それでも魔王討伐を掲げて全滅をしています。
そんな過去を持つルーメルにリリアーナ女王が魔族の王としていくのは危険な気がします。
そんなことを言っていると何かが目の前を横切って木の幹に激突します。
「いっつー!?」
「光さん!?」
「ヒカリ!?」
なぜか木の幹を背にいたがっているのは光さんでした。
なぜと思っていると……。
「ふふ。まだまだ甘いぞヒカリ。ま、ヒカリは魔術も達者だからな。それを織り交ぜるとまだ上にいけるだろう」
ああ、そういえばローエル将軍と訓練していましたね。
「で、先ほどの話だが。リリアーナに身の危険は起こらんさ。私が護衛として付くからな。ルーメルの連中もそこまで馬鹿じゃないだろう」
「なるほど。ローエル将軍がそこはフォローするってわけか」
「ああ、もともとリリアーナが付いてこない場合は、隣国の姫である私が話すことになっていたからな。ま、心配するな」
そう笑って言ってくれるローエル将軍に安心を感じ、私は周りの人に助けられて生きているのだと改めて実感しました。
そして、これなら交渉も上手くいくと思ったのでした。
「よし。じゃあ、次はナデシコだな。こい」
「え?」
なんで私も?
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