第121射:森を越えて夜が明けて

森を越えて夜が明けて



Side:ナデシコ・ヤマト



「も、もうだめ……」

「ヒカリ様? ヒカリ様!?」


なんか、そんな声が聞こえてきます。

どこかで聞いたような声ですが、何か思いだせません。

頭に靄がかかっているような、変な感じ。


「いや、眠いならさっさと寝ろよ。効率が落ちるだけだからな」


寝る? ああ、そうか……。

誰かが言った、いや、田中さんの言葉で自分の意識がはっきりしてきます。


「ん……」


私が目を開けると、そこにはベッドに突っ伏す光さんと、それを起こそうとするお姫様がいました。

どうやら、状況を見るに、光さんが映像解析をいったんやめて、というか眠気に負けて寝ようとしているのでしょう。

私が眠りにつく前には、既に寝ていましたから、そのあとに起きて、頑張っていたんでしょう。


「おはようございます。光さんはそのまま寝ててください」

「おー、撫子。おはよー。そしてお休み」

「はい。おやすみなさい」

「ナデシコ様。寝かせてしまっては……」

「お姫様。田中さんの言うように、無理をする必要はないですから、休ませてあげましょう。ずっと寝ていたわけじゃないんですよね?」


一応、確認はとっておくことにしましょう。

これで、実はずっと寝続けているとなれば、かばう理由はありませんから。


「いや、かなり働いていたぞ」

「はい。ヒカリ様はちゃんと手伝ってくださいました」

「そうですか。なら、寝かせてあげてください」


光さんはやることはちゃんとやる人だと認識できてホッとしたのは秘密にしておきましょう。


「で、かなり働いたというのは? 私が寝ている間に何かあったのですか?」

「ああ。映像解析をしてくれててな。森の中で人を発見した」

「こんな森の中に人ですか?」

「不自然だろう?」

「はい。そう思います」


私が調べている限りでは、大樹海に入ってから一切人を見かけなかったのに、光さんたちが見つけたとなると、かなり奥に入ってからということ。

というか、樹海の上から映像を送っているドローンからは、木々が生い茂っていて、地面が良く見えません。

その中を人が歩いていても気が付かないはずですが……。


「その映像は?」

「こちらです」


お姫様がそう言って、光さんたちが使っていたモニターに案内して、タイムラインをクリックすると、僅かではありますが、確かに人の姿が映っていました。


「良くこれを見つけられましたね。私は見落としていました」


なにが、かなり奥に入ってからですか。

森に入ってすぐの所ではないですか。

口に出さなくてよかったです。恥をかく所でした。


「いえ、カチュアが最後の最後まで頑張って、寝てしまった所を止めていたから発見できたのです」

「なるほど。で、この対処はどうされるんですか、田中さん?」

「それについての対処は既に決まっている。朝になったら、クォレンの所へ連絡することになっている」

「……そうですね。私たちが調べるべきは、魔王、魔族の動向ですからね。ドローンで敵の拠点を調べることが先でしょう」


森の中の人は気になりますが、私たちはそれより、魔族が侵攻していないかを確認するのが大事です。

ですので、田中さんの言うように、そういう細かいことは冒険者ギルドのクォレンさんに任せる方がいいでしょう。


「それで、田中さんが操作しているドローンの方は到着したのですか?」

「いや、まだそれらしき所にはたどり着いていないが、森が途切れた」

「森が?」

「そうだ。俺の方のモニターを見れば分かり易いだろう」


そう言われて、田中さんの扱っているモニターに移動すると、確かにそこには、森が無くなっていて、山道が続いていました。

しかし、山道といっても、岩山の渓谷みたいな道で、木々が一切生えていないのです。

辛うじて草が生えている感じです。


「……ここが、魔族たちが住む、いえ遥か昔に追い込まれて逃げ込んだ死の山脈ですか」

「死の山ですか」


お姫様の言葉を確かめるように、私もモニターを眺める。

確かに、命を感じさせない剥き出しの岩肌と、僅かばかりの草木が死を連想させます。


「いやいや、ただのそう言う地形なだけだろうに。とはいえ、ここは攻めにくそうなことで」

「確かに、こんな渓谷は上から攻撃されればひとたまりもありません。守る側としては天然の守りとして使えますね」


田中さんとお姫様のいうように、この地形は守るのには非常に適した場所です。

敵の軍が、人が侵入してくるルートが限られているので、迎撃もしやすいですから。


「ま、ドローンにはそんなことは関係ないが」


田中さんがそう言うと、一気にドローンは上昇を始めて、渓谷の中を通らず山脈を越えていきます。

こうして、地形を関係なく進めるのは、本当に便利ですね。

ですが、山脈を越えた地点で、映像は止まります。

いえ、映像の中の草木は揺れていますから、ドローンが停止している様です。


「なにか、見えましたか?」

「いや。ただ単に、夜が明けてきたから、それを映像に納めているだけだ」


そう言われて、初めて気が付きました。

映像に映っているのは夜の闇に包まれた世界ではなく、うっすらと明るくなっていく、朝焼けの世界。

ドローンが回転して、大樹海から太陽が昇ってくる姿を映しだします。

木々の海から、ゆっくりと太陽が溢れだし、世界が目を覚ますような明るさが広がっていきます。


「「……」」


それは、息を飲むほどの大自然の美しさでした。

異世界にもこういう光景はあるのですね。

……ちょこっとだけ、この世界のことを見直しました。

そんな感じで、日が昇りきるまで映像を見ていると……。


「よし。良い映像はとれたな。さ、あとは皆を起こして、休憩だ」


あ、そういえば、もう朝なんですね。

でも、光さんは先ほど寝たばかりですし……。


「寝たい奴はそのままでいい。とりあえず、徹夜に近い俺は飯を食う。というか、お姫さんも大和君も夜働いていたんだが、寝るにしても、一度朝食を食べてからにしろ」


ああ、そういうことですか。

確かに、言われてみると……。


ぐっー……。


辺りに響く、物凄いお腹の音。


「「……」」

「凄く、お腹すいてたんだな。夜食出した方がよかったか?」


そう気を使ってくれる、田中さんですが……。


「ち、ちがいます!! 私ではありません!!」

「私でもありません」


ここは乙女として、事実無根の冤罪を受け入れるわけにはいきません。


「いや、お腹を鳴らしたルクセン君に言ったんだが……」

「「え?」」


そう言われて、後ろを振り向くと……。


「……僕、しょうゆラーメン食べる」


と、ベッドに倒れ伏したはずの光さんが立ちあがっていました。

つまり、過剰に私たちは反応してしまったわけですか……。


「「……」」

「あれ? 2人とも黙ってどうしたの? ラーメン頼まないの?」

「ルクセン君。そっとしておいてやれ。というか、寝るのは朝ごはんを食べてからにするといい。もう朝だ」

「あー、道理で、お腹がすくわけだ」


なるほど、朝になってお腹がすいたから起きたというわけですか。

なんというか、光さんらしいですわね。


「さて、残りを起こして、さっさとご飯にするとしよう。おい、リカルド起きろ」

「んん? ……タナカ殿? ああ、私は寝てしまっていたのですな。申し訳ない」

「ま、慣れない作業だからな。最初にしてはよくやったよ。とりあえず、ルクセン君にもいったが、飯食って寝ろ」

「はっ。わかりました」



ということで、私たちは寝ている皆を起こして、宿屋の一階の食堂で朝食ということになりました。


「あー、なんかごめんな。俺たちすっかり寝ちゃって」

「いや、本当に、あのえいぞうをずーっと見るのは辛いですね。冗談抜きで眠ってしまいました」


晃さんはともかく、ヨフィアさんが悔しそうに言う姿は珍しいですね。

ヨフィアさんなら、眠ったことを笑ってごまかすかなーと思っていたのですが……。


「あの、ヨフィアさん。大丈夫ですか?」

「あ、すみません。飲み会ではタナカさんに睡眠薬を仕込まれ、今日はえいぞうを見せられて。……これでは、メイド失格です。ナデシコ様たちを守れないです」


ヨフィアさんは私たちを守れないことに対して、悔しい思いをしているみたいです。

この人は、本当に私たちの仲間なんだと改めて思います。

だからこそ……。


「大丈夫です。私たちにとって、ヨフィアさんが一番頼りがいのあるメイドさんですから。ね、光さん」

「うんうん。色々、こっちの世界の常識とか教えてくれる、ご飯は用意してくれるし、なにより、メイドさんの前に、もう友達だからね。友達は助け合うんだぜ」

「ナデシコ様、ヒカリ様」

「というか、睡眠薬はともかく、映像解析は田中さんが悪いってわけでもないからな。そこまで落ち込まなくてもいいですよ。ヨフィアさん」

「アキラさんも。……皆さんありがとうございます」

「よい、主を得ましたね。ヨフィア」

「はい。カチュア先輩」


と、感動のシーンだったのですが……。


「とりあえず、飯を食うぞ。色々報告することがあるからな。何も食べずに、また、映像解析するか?」

「「「……」」」


そう言われて、さっそく私たちは朝食を取り始めます。

このまま、何も食べずにまた映像解析をするとなると、絶対集中できないと思います。

今はまず、食べて、そして寝て。体力をちゃんと回復しましょう。

田中さんなら、食事をとっていようが、とっていまいが、普通に私たちを働かせるでしょうから。

いえ、普通に私たちがお喋りしていたのが悪いということですね。

出来るときに、出来ることをする。

まあ、余裕がないとも取れますが、今は魔族の動向を確認することが最優先です。

それから、朝食はさっさと終えて、部屋の方に戻ってきました。



「さて、寝ていたメンバーに報告だ。まずは、森から人が草原の方へ向かっていることを確認した」

「え? 田中さんそれって敵ですか?」

「まあ、落ち着け、結城君。数はどう見ても大人数じゃない。敵だとしても斥候、偵察が目的だな。それはクォレンやフクロウに報告して任せるとして、俺たちはそのままドローンで魔族がどう動いているのかを確認するために、更に奥へと進んで……」


田中さんはそこまで言って、あとはモニターをつける。


「森が途切れて、遠くに見えていた山に到着した。見ての通り、岩山だな。ほぼ植物が育たない場所だ。ここがお姫さん曰く、死の山脈と呼ばれていて、魔族が隠れ住んでいる場所らしい」

「おー、ここまで来たんだ。続きは?」

「ドローンで渓谷を通らず、空を飛んで一気に山頂に移動だな。ほれ」


田中さんがそう言って、映像を進めると、先ほどの綺麗な朝焼けがモニターに広がります。


「「「……」」」


その光景に、やはり全員魅入ってしまいます。

やはり、こういう自然の美しさというのは世界が違っても同じように感じるのですね。


「綺麗な風景で心が洗われたところで、今現在、ドローンはこの位置に待機している。これからが本番ってことだ。今から寝る連中もいるだろうが、恐らくこの山脈を進んでいくと魔族の拠点があるだろう。それからは忙しくなるから、その覚悟はして置け」

「「「……」」」


今度は別の意味で沈黙する私たち。

もうすぐ、魔族の拠点が見つかる。

そのとき、私たちはどんな選択をするのでしょう……。


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