第2射:魔法の授業
魔法の授業
side:アキラ・ユウキ
訓練場はとんでもない騒ぎになった。
それも当然、田中さんが勝てるとは露ともおもわず。
この城で一番腕が立つとされる近衛隊長があっさり倒されたからだ。
あの近衛隊長のリカルドさんは、確かに何も争いのない日本から来た俺達では相手にならなかった。
が、現代の戦場を渡り歩いてきた田中さんには手も足も出なかった。
ステータスというのは、本当に自分達の力を表しているのだろうか?
そんな事が頭をよぎっていたが、田中さんはそれを察したのか……
「俺の技術は長年の賜物だ。誰だって追いつく。焦るな、だが毎日しっかり訓練に励め。君達は知ってるだろう? 日本の諺に「柔よく剛を制す」ってな。いや「石の上にも三年」か? すまんな、日本生活はそこまで長くなくてな、鳥野ならもっと合った言葉を言えるだろうが」
そんな言葉をかけてくれた。
この人は、無知な自分達を守ろうと心を砕いてくれていると、よくわかった。
この人がいなければ、あっさりこの国のいう事を鵜呑みして、体のいい人形になっていただろう。
「さて、俺の訓練も終わりだ。しっかり食事をして午後のお楽しみ。魔法の授業に備えるか」
田中さんはのんびりとこっちに歩みよって、そう言ってくる。
後ろには、リカルドさんをボコボコにされて、怒って襲い掛かってきた兵士の成れの果て。
田中さんは多人数で襲い掛かられても全く問題が無かったみたいだ。
あっさり1人を盾にして、それから敵の武器を奪って…使わなかった。投擲して、確実に顔面や急所に当てて行動不能にしていく。
完全な効率重視の戦い方。
接近しても体術であっさり跳ね除け、遠近共に話にならなかった。
その結果、襲い掛かった兵士はリカルドさんが受けた、顔面踏みつぶしの刑に処された。
「え…と、僕、動きすぎて気持ち悪いんだけど……」
「わ、私もですわ……」
横の光さんと撫子さんはそう言う。
ああ、彼女達とは仲良くなって名前で呼び合う仲になっている。
田中さんはほら、年長者だし、田中さんで通している。
「まあ、仕方ない。と言いたいが、いつ飯を食えない状況になるかわからない。頑張って食え。さあ立った立った。太ることはこれからの訓練を考えれば無いからガツガツ食え」
「うあー……これも訓練?」
「…そうなんですか?」
「無論。いつ俺達は魔王退治と言われてここを追い出されるかわからないからな」
「うっす。飯を食べましょう!!」
「結城君は流石男って所か。じゃ行くか。そこのメイドさん案内頼めるかい?」
「は、はひっ!? こ、こちらです!!」
あー、メイドさん。
完全に田中さんの事怖がってるな。
仕方ないか、近衛隊長を含めて精鋭ともいえる兵士を一人で、事もなげにほぼ素手で叩き潰したんだから。
それは置いといて、ご飯はリカルドさん達も考慮してたのか軽めの物ばかりだった。
サラダを中心に脂っこい物はなし。
少し俺は不満だったが、女性二人はホッとした様子で昼食を食べていた。
全然疲れていない田中さんは不満はないのかと思ったが、出された物に文句も言わずあっという間に平らげてしまう。
ああ、なんか聞いたことあるな。
兵士は食事に時間をかけないんだっけ?
「……ちっ、俺に毒ぐらい盛るかと思っていたが。そんな根性もないのに俺に突っかかるなよな」
……なんか田中さんが恐ろしい事を言ってるよ。
毒か、そう言えばあんな事したんだ。
面目をつぶされたんだから、後先考えずそういう事をやってもおかしくない。
だけど、それをしないのを根性がないって……。
「しかし、あのクソ共にレベルとスキルとかいうのを見せたのは間違いだったな。どこまで正確かはわからんが、多少なりとも、能力や技能がばれているってことだ」
「それって何か問題があるんですか?」
「……まだ、頭がお花畑みたいだな。地球じゃ身体能力、才能の有無は見ただけで分からないから判断がつかない。だけど、ここではレベルやスキルが目に見えるおかげで、優先的にその才能に対しての訓練ができるわけだ」
「そう、だね。これに何か問題があるの?」
「ルクセン君。それは逆の意味で、戦えないと言い訳ができないってことだ」
「あ、そういうことですが。私達はすでに才能や力を把握されている。それはいろいろな意味で、弱みを握られているということですね?」
「そう、大和君の言う通りだ。まあ、無理に戦闘経験の無いやつらを前線に出すことは無いだろうが、勇者なんてここでは大層な称号みたいだからな。最悪、囮ってことにされる可能性もあるな」
「「「……」」」
大人って汚いなー。
そんなことを思いつつ、この国はそんなことをやりかねないと俺は思う。
「ま、ばれてるならばれてるで、ほかの隠しを持てばいいだけ。これからは迂闊にレベルやスキルは見せるなよ。相手はレベルを見せなかったところを見ると個人情報みたいなもので、普通は開示しないみたいだからな」
「「「はい」」」
うん。
田中さんが一緒でよかった。
「じゃ、食事も終わって一服したし、そろそろ魔法の授業だな。メイドさん場所の案内たのむ」
「は、はい!!」
そのメイドさんの反応に、田中さんの視線がメイドさんを貫く。
「ひっ!? も、申し訳ございません!! な、何か至らぬことがあったでしょうか!!」
その視線を一身に浴びたメイドさんは、目をぐるぐるにして焦っている。
「いや。至らぬどころか。ナイフで重心傾いてるからな。隠すならもっと自然にしろ。流石に、素人すぎて、笑いをこらえるのがつらい」
「「「え?」」」
田中さんの言葉でメイドさんをよく見ると確かに立ち方がぎこちない。
でも、ナイフってことは……。
そんな感じで、疑いの目を向けると、メイドさんは慌てて、スカートを捲り、ふとももに隠していたナイフを取り出して、床に置く。
いきなりの事で、驚いたけど、メイドさんの下着は色気のないモノだったのが残念かな?
「ち、違うんです!! けっ、決してタナカ様たちに危害を加えようとしたわけではなく、護身のためでして!!」
俺がそんな馬鹿なことを考えていると、メイドさんは必至に泣きながら事情を説明している。
それで正気に戻る。
これってもしかして、田中さんはリカルドさんたちにしたようなことをメイドさんにもする?
流石にここまで謝っているのに……、でも、演技ってことも……。
止めるべきか、見届けるべきかと悩むが、答えを出す前に田中さんが席を立つ。
「ん? いや、別にナイフを持つことは特に怒ってないぞ。ほれ」
「へ?」
「「「え?」」」
意外なことに、田中さんはメイドさんが床に置いたナイフを持って、メイドさんに返す。
「殺気がないことぐらいはわかるさ。さっきの訓練場であんなのを見たら誰だって警戒するわな。ま、護身用って言うなら、もっと動きを阻害されないところに付けるんだな」
「あ、はい。でも、どこがいいのでしょうか? 先輩たちはふとももがいいと言っているんですが? って、申し訳ありません!! 出過ぎた真似をいたしました!!」
田中さんの意外な行動に、メイドさんは目を白黒させつつも、つい質問してしまって、すぐに頭を下げる。
「謝る必要はないぞ。俺が指摘したんだから、改善策ぐらいは伝えるさ。お前さんの先輩たちがふとももと言っているのは、まあ、間違いじゃない。色気を匂わせて油断させるのには一番いいからな。あっちの結城君にはよく効いていたしな」
そういわれて、一気に視線が俺に集まる。
「……まあ、男の子ですものね」
「……あははは、晃君はメイドさん好きなんだね」
ぐふっ!? 視線で胸が痛い!? すごく痛い!?
ばれてたよ!?
「だが、俺が指摘したように、慣れているのが大事だ。ナイフを持っていると言われて、スカートなんか捲れば、敵だったらその時点で殺される。それはわかるな?」
「……はい」
「ま、先輩方は俺に危害を加えられても大丈夫なようにと持たせてくれたんだろうからな。本格的訓練が始まればいずれ慣れるだろう。だが、他の貴族とかには警戒されかねないから、動きが阻害されない腰とかが一番いいだろう。言い訳としては、俺に脅されて腰に付けましたとでもいえば誰も文句はいわないだろうさ」
「はぁ、よろしいのでしょうか?」
田中さんの先ほどの訓練場で見せた苛烈な様子はなく、それにどう反応していいか迷っている感じだ。
「今更、俺がいい人と広めるつもりもないが、こわがりつつも俺たちの世話をしてくれるあんたたちには良好な関係は築きたい。それだけさ。これからもよろしく」
なるほど。
これからこの人が俺たちのお世話をしてくれるなら、いい関係ではいたい。お互いの為にも。
「え、えーと、これからもよろしくお願いいたします。では、魔術の講義の場所へと案内いたします」
メイドさんは田中さんの言葉に戸惑いつつも、とりあえず、仕事を再開して俺たちを魔術の授業が行われる場所へと連れて行ってくれた。
「コホン。私が勇者様たち、そして田中殿に魔術を教えることとなりました。マノジルと申します」
出迎えてくれたのは、白く長いひげを蓄えた、よくある魔法使いのお爺さんって感じの人だった。
部屋はそこまで広いものではなく、俺たち4人が座れるソファーがあるだけで、勉強をしようって感じの部屋ではなく、こう、俺が魔法使いの部屋とのイメージからも程遠かった。
ただの綺麗な応接室って感じだ。
そんな感想を抱いていると、いきなりマノジルさんが頭を下げる。
「この度は、誠に申し訳ありませんでした」
いきなりの事で俺たちが反応できないでいると、田中さんが口を開く。
「何を謝っているのでしょうか?」
「ああ、これは失礼いたしました。この度の召喚事件ですが、私が研究して、復元させたのが原因なのです」
「なるほど。そのことで、マノジル殿は私たちに対して、罪悪感があると」
「ええ。お恥ずかしながら、王家の方々がこのような誘拐を行うとはまったく思っておりませんでしたので。このことがわかっていれば……。いえ、私が原因なのは間違いありません。言って何か変わるとは思いませんが、深く、深くお詫びいたします」
そういって再び深々と頭を下げるマノジルさん。
その姿は、心から俺たちに謝っているという風に思えた。
「謝罪は受け入れます。ですが、それだけでは私たちの状況は変わらない。マノジル殿は私たちがこの世界で生きることに協力してくれる。それが一番ありがたい」
「分かっております。この老骨ができうる限り協力させていただきます」
「では、まずは魔術を教えていただきたい。この場に来たのはそのためでもあります」
「そうですな。魔術は必ずあなた方に必要となるでしょう。では、退屈かもしれませんが、しばらくこの老人の話にお付き合いください」
そうして、魔術の授業が始まる。
まあ、授業とは言っても、ノートにとったりとか言うことはなく、マノジルさんの言う通り、ただ話を聞いて、魔術とはなにかというのを聞くだけだった。
具体的な内容は、魔術は魔力を使って奇跡を起こす術で、選ばれた者しか強力な術は使えないとのこと、属性の適正がない場合はほとんどが使えないことが多く、使えたとしても属性の適正がステータスに表示されている人よりは消費する魔力が多く、威力は低いということらしい。
幸い、田中さん以外は魔術の適正があったのは確認しているので、魔術の初歩をこの場で教えてもらい、実行することが出来た。
まあ、出来たと言っても、部屋を照らすライトという魔術や、火を起こしたり、水を出したり、一般の人でも使える者が多い魔術ばかりだ。
だけど、俺たちにとっては、一度は夢見た魔法だ。いや、魔術か、それが自分の意思で扱えるということに興奮していた。
「田中さん。見てくださいよ。光ってますよ!!」
「不思議ですわ。指から炎が出ているのに、熱くない……」
「お水が出せるっていいねー。しかも冷たいし」
「ああ、どれも便利そうだな」
「魔術とは基本的に魔術を行使した本人に害があることはありません。制御を離れれば別ですが」
マノジルさん曰く、そうでもないと、炎や水なんて出したりすれば自分がやけどしたり水に濡れてしまうとのことだった。
確かに、それぐらいの便利じゃないと誰も使わないよな。
そんなことを思っていると、やることのないマノジルさんと田中さんが雑談をしていた。
「しかし、流石、勇者様たちというべきですかな。一日で魔術が使えるようになるとは」
「普通はどのぐらいかかるものですか?」
「ふむ。普通なら才能があっても一ヶ月はこの基礎魔術を使えませんな。まあ、一日で使えないということはないのですが」
「そうですか、となると、彼らが戦力として見られるのも早そうですね。そこらへんは調整できませんか?」
「了解した。勇者様たちはまだ魔術習得にてこずっていると言っておきます。ですが、あまり遅いと……」
「まあ、そこは仕方ありません。10日ほどかかるということにしてもらっても……」
「そこらへんが妥当ですな。役立たずとして切り捨てられることも……」
何か、色々大人な話をしている。
俺も話に加わるべきなのかと思って移動しようとしたら撫子さんと光さんに止められた。
「だめですわ。私たちはまず魔術を覚えるのが先ですわ」
「うん。僕たちは役立たずなんだから、まずは目の前のことを覚えないと、田中さんの役には立てないよ。晃君の気持ちはわかるけどね」
「ええ。必要なら田中さんは私たちに声を掛けますわ」
「そうそう。だから今は魔術の練習をしよう。まだ、基礎の基礎を覚えただけなんだし」
「……そうだね」
撫子さんと光さんの言う通りだ。
焦りは禁物。
今、俺が田中さんとマノジルさんの話に加わっても、建設的な意見を出せるとは思えないし、実力もない。
田中さんも言ってたじゃないか、まずはこの世界の常識や、生きるための術を学べって。
そう思い直して、俺は時間一杯魔術の練習に勤しみ、マノジルさんに合格を貰えた。
「おめでとう」
その結果を田中さんは拍手をしながら喜んでくれた。
でも、何かが違っていた。
なんだろう? なにか田中さんが……。
その答えに気が付いたのは、光さんだった。
「あれ? 田中さん、たばこ吸ってるの?」
「ん? ああ、嫌だったか?」
「別に僕はいいけど、そんなの持ってたの?」
そうだ。たばこを田中さんは吸っていた。
見たことのあるパッケージに口から伸びる白い棒と煙。
「幸いたばこを買った帰りでな。今まで忙しくて一服するのを忘れていたが、マノジル殿が吸っていて思い出してな。どうせ、湿気って吸えなくなるし、吸ってしまおうってな」
「いやー、いいものですな。こういうたばこも」
「私も、マノジル殿が使っているパイプで吸うというのも風情があっていいと思いますよ」
「なら、一度吸ってみますか?」
「おお、ありがたいです」
……なんか、親父たちのたばこ談義を見ている感じだ。
「お2人とも、たばこは匂いがきついので、私たちの前ではなるべく遠慮していただけるとうれしいですわ。副流煙もあることですし、煙たいですわ」
「「すみません」」
そういって、撫子さんに頭を下げる2人が意外で面白かった。
あ、なんかようやく気が許せるって感じがした。
わざとやってくれたのかな?
俺も、たばこをやってみるべきなんだろうか?
「いや、たばこはやめとけ」
「そうですな。お金がかかるだけですからな」
と、吸っていた本人たちからも止められる始末だった。
でも、それならなんで吸うんだろうな?
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