第3射:たばこはやめられない

たばこはやめられない



Side:タダノリ・タナカ 



すぅーっと、白い棒から煙を吸い込み、肺一杯に煙を充満させる。


「ふぅー……」


息を吐くと、煙がもうもうと、口から吐き出される。


「味は落ちていないな」


先ほども確かめたが、たばこの味は落ちていないようだ。

まあ、さっきはすぐに吸うのを止められて、よくわからなかったというのもある。

とはいえ、昨今の日本というか先進国の喫煙者に対しての扱いは厳しいものであり、先ほどの大和君のような反応が普通だろう。

ルクセン君のような反応は俺に対して気を遣っているだけというのはわかるし、晃君が真似して吸ってみるとか言い出したし、あの反応は当然かと思う。


「が、簡単にはやめられんよなー」


煙をふかしながらそう呟く。

やめられるなら、当の昔にやめている。

もう、俺が呼吸をするのと一緒だ。生命活動の一環と言っていいだろう。

将来肺がんになろうが、吸い続けてやるという決意が俺にはある。


「……星がよく見える」


俺は物置のような部屋にある小さな窓を開けて、換気しながらたばこを吸っている。

いやー、大和君やルクセン君が顔をしかめたからな。

大和君はバッサリと、ルクセン君はいいとは言ってくれたが困った顔だった。

今後仲良くやろうといっているのに、たばこごときで仲がこじれるのは勘弁だ。

だから、室内でもくもくするのではなく、窓を開けて遠慮しながら吸っているわけだ。

やめるという選択はないけどな。

しかし、窓から覗く夜空は綺麗だ。

都会の明かりや戦場の煙に遮られることなく、星が夜空に瞬いている。


「ま、代わりに、夜は真っ暗だけどな」


夜空が綺麗に見えるというのは、人工的な阻害が無いということ。

つまり、暗い。

まあ、城だから、明かりがゼロということはないが、それでも地球の光源と比べれば雲泥の差だ。

今日のお昼に魔術でライトの魔術を教えてもらったのだが、それを夜に使っている者も少ないらしい。

誰でも使えるとはいえ、魔力は消費するし、夜にわざわざ動く理由がないとのことだ。

当然の話だな。この世界の産業は主に朝から夕方、日中に限る。

夜はどうしても光源の関係で静かになる。無理に夜に活動する理由がないのだ。


「ふぅー……。っと」


気が付けば、たばこはかなり短くなっていた。

俺は基本的に、半分ぐらいまで吸えば捨てるタイプなので、慌てて灰皿……の為に用意した皿に押し付けて消火をする。

たばこで小火とか馬鹿だしな。

こういうところはしっかりする。煙は消さないと、戦場じゃただの自殺志願者だしな。狙ってくれと言っているようなものだ。


「さてと、これで、3箱か……」


俺はそう言って、テーブルの上に並んでいる、空になったたばこの箱を見つめる。

結城君たちには、たまたまポケットに残っていたたばこを吸っているとごまかしたが……。


「魔力代用スキル……ね」


そう。

結城君たちがせっせと、魔術の訓練をしている間、俺はのんびりたばこを吸っていたわけではない。

俺のスキルである「魔力代用スキル」というものを試してみて、出てきたのがこのたばこだ。

魔力というモノが、どういうものかはわからんが、マノジル殿の話を聞く限り、魔力を使って事象を起こすモノというのはわかった。

つまりだ、種も仕掛けもある手品と同じだ。

どこかの国で研究しているESPより、余程信頼のおけるものだろう。

なにせ、結城君たちはすぐに基礎と言われる魔術を使いこなせた。

戦場で必要なのは、ちゃんと繰り返し使えるかだ。

原理などしらなくてもいい。ただ、故障することなく、手順を踏めばちゃんと使えるというのが大事だ。

動かない兵器なんぞ与えられても、戦場ではお荷物を抱えるだけだ。死ぬ確率が高くなる。

ま、そこはどうでもいい。

俺はその結城君たちの訓練や、マノジル殿の説明を聞いて、自分のスキルである「魔力代用スキル」はどういう風に使うものなのかを、推測して、使ってみたわけだ。

その結果が、この3つの空になったたばこと言うわけだ。


「3つとも、しっかり中身が入っていて、味に変化はなし。MPとか言うのは、減ってないからわからんな」


状況から見て「魔力代用スキル」は「魔力」を消費、つまり「代用」して、俺が知っている物を目の前に出現させるのだ。

それが、魔力で作られているのか、それとも地球から取り寄せられているのかは知らないけどな。

ま、おそらく後者だと思う。

代用とか言っても、俺の知識の中に、たばこの作り方なんぞないからだ。

おおざっぱにならわかるが、メーカーと同じ味になるわけがない。

しかし、不思議だ。魔力で代用なんて面倒な言い回しだ。物資補給とでも書けばいいだろうに。

まあ、その魔力、MPは全然減ってないから、そこも眉唾だけどな。


「魔力で代用とかいいつつ、俺の魔力は全然へらないものな」


俺は、そういいつつ、ステータスを開き、自分のステータスを確認するが、何も変化はない。


Lv.1

HP:30

MP:10


「相変わらず、結城君たちと比べると低いよな。3人は3桁超えているのにな」


何が基準なのかもさっぱりわからん。

昨日の魔術の練習ではしっかりと、結城君たちの魔力は減っていた。

だが、俺はたばこを取り寄せただけでは、何も減っていない。

こうなると、俺のステータスというのがおかしいとみるべきなんだろうな。

相対的に俺だけが異常だったのだから、俺に何らかの問題があるとみていいだろう。

しかし、幸いだったのが、ステータスというモノが絶対的なものではないということだ。

リカルドとの訓練という名のリンチを受けた時には、最悪死ぬかと思っていたが、俺が今まで築き上げてきた、戦場で生き抜いてきた力は十分に通用した。


「つまりだ、ここは地球と変わらない」


そう。何も変わらない。

一瞬の油断で、人がただの糞袋になる。

ステータスや魔術、スキルとか雑多な情報はあるが、俺にとっては只の細かい個人情報でしかない。


「さて、考察はいいとして、たばこも吸い尽くして、十分夜も更けたことだし……、寝るか」


俺は窓とカーテンを閉めて、光の無い暗闇の中ベッドにもぐりこむ。

勿論寝るわけじゃない。

シーツを被って、中で魔力代用スキルを使う。


「ほぉ。やっぱりか……」


俺は暗闇の中、手に感じる懐かしい感触を感じて驚きと、納得と、喜びを感じていた。

まあ、喜ぶにはまだ早いか。

これで、ジャムってたりすれば、死ぬのは俺だからな。

暗がりの中で、俺は迷うことなく、ソレをばらしていく。

パーツは全てそろっている。破損、損耗も感じられない。

新品といった感じだ。

ちっ、グリップは使い慣れたぐらいにすり減っているといいと思ったんだが、そうもいかんか。

弾も、触った限りでは問題なし。13発ちゃんとある。


「こっちの組み立ては陽が上った後にしっかり確認してからやるとして、あとは……」


そのあとは、布団にもぐりながら、必要だと思うものを、次々に魔力で代用して用意していった。

無論、たばこもだ。



「あー、眠い」


幸いというか、一度叩きのめしたのが効いたのか、夜に奇襲をかけてくるようなことはなく、俺がせっせと準備したのが無駄になった。

しかしだ、現場を長く離れて、戦いとは程遠い平和な日本で、プログラマーとして働いていた身としては、徹夜はキツイ。

いや、徹夜に関しては、日本で働いていた時の方がつらいか?

傭兵時代は休みだけはしっかりあったからな。ま、代わりに仕事であっという間に死体になるからな。その分報酬は大きい……のかね?

ま、一仕事を終えたら、パーっと遊びに行く。そして金が無くなったらまた戦場へ。

部隊の全員が全員同じだったな。……計画性のない職場だなおい。


「ま、そうでもないと、やってられない職場だよな。まあ、ブラックな職場と比べると、なかなか難しいものがあるが」


昨今、過労死もあるからな。わずかな報酬で命を落としちゃ報われない。

あー、俺も日本に戻ったら転職を考えるべきかな?


「とまあ、そんな転職もこの場を切り抜けてからだな。よし、問題はなし」


俺はそんなことを考えながらも、昨日ばらしたパーツを確認して、組み上げて行くと、懐かしの相棒と同型の出来上がり、弾倉を入れて、構える。

しっくりくる。違和感なし。


「しかしまあ、覚えてるもんだね」


俺はそう言いながら、傭兵時代、常に持っていたハンドガンを見て苦笑いする。

このハンドガンの個別名称はM11ド○ツ製造のP226シリーズP228だ。

小型で取り回しがいいんだよな。

おかげで、戦場から離れて数年経った今でも迷わず分解して組み立てられた。


「あとは耐久性だが、手に感じる重みからは本物と変わりないから、そこまで違うことはないだろう」


それで納得するしかないよな。

試射する場所がない。

こんな武器を出し入れできるなんて知った日には、あの好戦的な姫さんがどう動くかわからんからな。

とはいえ、試射をしないことには、確信がもてないしな……。


「試射できる場所としては、結城君たちが魔術の練習のどさくさに紛れてってところか」


それに、銃を見たことがない結城君たちがどんな反応を示すのかもわからないからな……。

納得してくれればいいが、拒絶して人を殺すのがダメなんて言わないことを願おう。

そんなことを言った暁には手助けはもうできない。仲間が足を引っ張るなんて一番厄介だからな。

まあ、それも俺のやりようか。


「なんともまあ前途多難だね。アサルトライフルも出せそうなんだけど、それを出すのは今の所、早いよなー。ハンドガンみたいに隠せる大きさでもないし」


今はまだ情報を集めないと。

このスキル?のおかげで、ルーメルの王や姫さんとかを撃ち殺すのは容易い。

しかし、それは安易、早計だろう。

もっと利用しないと採算が合わんし、このスキル?能力の限界もどこにあるのかを調べないとな。


「調べるにしても、マノジル殿やあのメイドとかがどこまで信頼していいものかを見極めてからだな。他者の協力なしには、出来ることに限界があるからな」


とはいえ、早急に答えを出すべきかどうかもわからんからな。

とりあえず、1人でも対応できるように、隠せる武器ぐらいはこのスキル?で作っておくか。

ハンドガンの予備は欲しいし、弾倉や弾薬もいる。

コンバットナイフに、今後のことも考えてホルスターも欲しい。

あとは、防刃、防弾ベストとかか。この世界だと防刃の方が役に立ちそうだけどな。

しかしだ、この世界の文明レベルを見てがっかりしたが、俺の手のなじむ武器が手に入ったのは幸いだったな。


「これは、俺にもう一度戦場に立てってことかな?」


俺は目の前にそろった馴染みの道具たちを見て口が緩む。


「くくっ……。いかんいかん。別に戦闘狂ってわけでもないんだがな。落ち着け」


俺はそう言いながら、たばこを取り出して吸う。

煙を肺一杯に満たして、吐く。

落ち着いてくる。


……殺しがしたいわけじゃない。

ただ、あの空気をまた味わえるのが嬉しいのか?

それとも、ただ引き金を引きたいだけなのか?

……どれも違う気がする。


「ふう。落ち着いてきた。冷静になれ、これはビジネスだ」


そうだ。これは仕事だ。

傭兵という立派なビジネス。

相手は一国、一組織、状況を読み違えれば使いつぶされる。

いつもあったことだ。


「あのー、田中さん起きてますかー?」

「まだ寝ていらっしゃるのかしら?」

「え? あの田中さんが? 僕はもう起きてると思うけど?」


そうそう。

前と違うのは、お荷物が3つあることか。


「ま、隊長がやってたことだ。俺がやれない道理はないな。やれやれ、傭兵稼業は大変だね」


そう言いながら、俺はたばこを消して、部屋のドアを開けるのであった。



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