第60射:受け入れてそれでも進む

受け入れてそれでも進む



Side:ヒカリ・アールス・ルクセン



「あー、なんか、色々辛いねー」

「だなー」

「二人とも、しっかりしてください。今回は馬車での移動なんですから、前よりはマシでしょう」


と、だらける僕たち二人に注意するのは、我らが撫子だ。

だが、体に気力は戻ってこない。


「せっかく休めると思ったのに、森にとんぼ返りだしー」

「そうだよなー。しかもこうも人が多いと、田中さんが出してくれる食事もできないし」

「「はぁー」」


2人してため息をつく。

そう、私たちはグランドマスターの要請で、再びオーガテンペストがいた森へと移動しているのだ。

目的は素材の回収と、ちゃんと討伐できたのかの確認。


「それだけではないですわよ。私たちがオーヴィクさんたちに代わってちゃんと、戦って亡くなった人たちを弔ってあげないといけませんわ」


撫子の言うように、確かに亡くなった冒険者の弔いをしっかりするという意味もあるけど……。


「あの時は、色々あって余裕がなかったけどさ。今、また顔を合わせに行くのはなんか気が引けるんだよね」

「オーヴィクたちが倒れていたこともあって、燃やしてないからな。確か、狼煙とか匂いで敵が来るといけないからって」


そうそう。

燃やしてないんだよ。

土葬。となると、ちゃんと弔うってことは、遺体を掘り起こすってこと。

綺麗な死体ならともかく、戦闘でボロボロになった遺体ばっかりだった気がする。

私はラーリィの治療で気絶しちゃったから、遺体の埋葬は手伝ってないんだけど、ラーリィたちのケガを見ているから、まともな遺体がないのはわかっている。

それをわざわざ見に、というか、掘り起こしに行くのは気が引けるんだよねー。

遺体の状態を知っている晃は、なおのこと嫌だろう。

撫子だって同じはずだ。


「気持ちはわかりますが、アンデッドになっては困りますし、やるしかないでしょう」

「アンデッドねー。この世界ってとことん面倒だよねー」

「でもさ、アンデッドってどうやってできるんだろうな。あれだけ遺体が傷ついていたらどうしようもないと思うんだけどなー。映画のゾンビとかも、頭がないと動かないってあるじゃん?」

「あー、バイ〇だね。こっちのゾンビは頭がなくても動くのか?」

「さあ、それはわかりませんわ」


あ、なんか、別の方向で興味が湧いてきた。

不謹慎だけど、ゾンビのでき方ってやつ?

それで、ある不安も出てきた。


「噛まれても、感染とかしないよね?」


そう、定番の感染!!

噛まれたり、引っかかれたりしたらアウトの、まさにバイオハ〇ード!!

で、その疑問に答えてくれたのは、ヨフィアさんだ。


「大丈夫ですよー。まあ、病気になったりはしますけどー。噛まれたぐらいでゾンビにはなりませんよー。噛まれただけでゾンビになるなら、もう世界中、みーんなゾンビになってますよー」


と、笑いながら言ってくれた。

ヨフィアさんには笑い話だったんだろうけど、僕たちにとっては死活問題だからね。

ゲームや映画の空想の中とはいえ、感染力の強い病気はこっちの世界でも確認したし、こっちならあるかもって怖かったんだよね。

まあ、でもあの感染力ならヨフィアさんの言う通り、世界中感染者で溢れるよねー。


「じゃ、心配はいらないねー」

「でもー、生物がアンデッド化するとかなり強化されますから、注意がいるんですよねー。肉体の損傷を恐れずに攻撃してきますからー」

「「「……」」」


納得の話だけど、ゾンビ強いのか……。


「つまり、オーガと戦ってた冒険者たちがゾンビ化していたら……」

「それはー、かなりの強さでしょーねー」

「「「……」」」

「でもー、オーガテンペストほどじゃないですし、ちゃんと聖水はかけておいたので、アンデッド化することはないですよー」

「「「聖水?」」」


なんか、ファンタジーっぽい単語が出てきた。

地球ではただのお水を高く売る詐欺のネタ。

でも、全然理解できない。

なんで聖水をかけると、アンデッド化しないの?

まあ、他の2人も同じ疑問を抱いていたようで、晃が代わりに聞いてくれた。


「えーと、すいません。なんで、聖水をかけるとアンデッド化しないんですか? 聖水ってただの水じゃなくて、特殊な水ですか?」

「おや? ご存じないですか。ああ、そういえば、魔物は基本的に全部処理して持って帰っていましたし、知らなくて当然ですね」


そこで、説明を受けることになったのだけど。

聖水っていうのは単なる水を、魔物よけの魔術をかけるとできる物らしい。

魔物、特にゴーストとかアンデッドは死者に魔力が集まって生まれる魔物って考えられていて、それを阻害する魔物よけの魔術をかけられると、アンデッドになれないそうだ。

この魔物よけの魔術は別に、鈴の音とか、動物の嫌な臭いをまくとかではなく、魔力を散らす効果がある。

つまり、死体がアンデッドになるための魔力がなくなるわけだ。

だから、アンデッドにならない。という理屈なそうだ。


「とは言え、聖水は高価というほどでもないですけど、水は重たいですし、効力にも制限時間がありますからねー。普通はアンデッドがいるってことがわかっているところに持って行って、対象のアンデッドを弱らせるのが役目なんですよー。普通の対処方なんて燃やせばいいだけですからねー」

「あれ? じゃあ、なんで聖水をもっていたの?」

「ああ、いやいやー。私は持っていませんでしたよー。冒険者の方々の遺品にありましたからー」

「「「ああ」」」


なるほど。

冒険者の持ち物だったのか。


「おそらく、森でオーガを退治したとしても人数が少ないんで、素材を一気に持って帰られるとは思っていなかったんでしょうねー。一部を置いて持ちかえってまた取りに来るとしても、アンデッドになってもこまりますしー。強い魔物のアンデッドは頭がなくても個体として存在しますからねー」


ああ、RPGで巨人の手とか巨人の足とかで出てくる敵みたいな感じね。

というか、頭部なしで動くアンデッドとか厄介だねー。


「ということで、その聖水をオーガと亡くなった冒険者の方々に振りかけたわけです。なので、アンデッドになる心配はないかと」

「えーと、つまり、冒険者ギルドの人たちが案内を任せたのは、冒険者の弔いとかいうより、素材の回収が目的?」

「そうでしょうねー。まあ、建前は必要ですしー。でも、その中にはちゃんと弔ってやりたいという気持ちの人もいるはずですよ。何事も見方ですね」


その関係で、アンデッド系の魔物の話を聞きながら、気が付けば森の方に到着していた。

思ったよりも早かった。

何かできることがあれば、時間が経つのは早いよね。


「……これは」

「かなり死闘だったのでしょうな」


そう現場を見て言葉を漏らすのは遺体と素材の回収についてきたギルドの職員さんたち。

この人たちは、オーガを倒せるレベルではないものの、それなりに強い人もいるメンバーでこうして何かあったときに出向く人たちらしい。

だからこそ、戦闘の爪痕が残る場所を見て、沈痛な面持ちをしている。

いや、誰でもわかるよね。


「傍から見れば、スプラッタな現場だもんねー」

「だなー。あの時は、もう必死だったけど……」

「改めて見るとすごいですわね」


まあ、僕たちは田中さんのおかげで、すべてオーガを倒したあとだったっていうのもあるんだろうけど、現場は木々が倒れて、地面は陥没して、いたるところに血の跡が残っている。

みんな、生きるために必死に戦ったんだ。

ラーリィが倒れていた場所には、おびただしい血が残っている。


「これ、よくラーリィ生きてたねー」

「オーヴィクとサーディアさんも腕折れて、頭も切れて血流してたなー」

「ああ、それはクコさんがある程度、回復魔術を使っていたおかげですわね。あの状況下で、少しでも生き残る可能性を上げるために、使っていたようですわ」

「へー。回復魔術ってそういう使い方もあるんだ」

「まあ、そういうのがないと、あの状態は普通死んでるよなー」

「ええ。ああいう、とっさの判断は私たちはまだまだですから、頑張っていかないといけませんわね」


と、そんな感じで、私たちは現場を見て雑談をしつつ、回収が終わるのを待っていた。

流石に僕たちに回収を手伝えということはなかった。

本当に、案内だけだった。


「そういえば、田中さんは?」

「ん? ああ、あっちでグランドマスターと話をしているな」

「田中さんは今回のことに色々言っていましたから、何か話すことがあるのでしょう」


ああ、そういえば、この森の探索は気が進まないって感じだったよな。

その予感が当たったわけか。

それとも、オーガの頭が粉砕している件についてかな。

証拠品として、オーガテンペストの頭を集めるときは苦労した。

四散してたから、まあ、肌の色が違うからなんとか集められたけど。

そんな感じで、僕たちは遺体や素材の回収をしている人たちを見て、不意に口が開く。


「……なんかさ。今回のことは、僕たちが初めて魔物訓練で感じた恐怖とかよりも、ずっと強く死を近くに感じたけど、なんだろうなー。これが人の営みって見える気がする。あはは、ごめん。なんか言いたいことがまとまらないや」

「いや、俺もそんな感じかな。なんか、最初は無法地帯に放り込まれた気がしたけど、この世界はこの世界でのルールってのがあるんだなって」

「それは何となくわかります。このやり方が、この世界での弔い方というか、生き方なんでしょう」


晃や撫子も僕と同じようなことを思ったみたいだ。

これが、この世界の当たり前みたいなのを、やっと認識した感じ。

いままで、足りなかったものが足りたというか、やっぱり言葉で表すのは難しいけど。

この人や魔物の死が目の前にあって当然の世界なんだな。って腑に落ちた。

そんな風に、僕たちがその現場を眺めていると、田中さんが近寄ってきて……。


「……受け入れたって感じだな。てっきり、この場に来た途端吐いたり、落ち込んだり、怒ったりするかと思ったが」


意外そうな顔でそう言った。

あ、そっか。普通ならそういう反応だよね……。


「なんだろう。僕はなんか納得できた感じかな。もちろん死ぬのは嫌だけどさ」

「そうそう。これがこの世界なんだってわかった気がする」

「言葉では言い表しにくいですが、こちらの世界も現実なんだとようやく理解できたような感じですね」


そう、各々で感想を言うと、田中さんは特に表情は変えずに言葉を返す。


「そうか。自分なりに納得できる答えを見つけられたか。なら、ここに連れてきたかいはあったわけだ。じゃ、あとは死なないようにせいぜい自分を鍛えて頑張ることだ」

「うん。生きる。そして帰る」

「だな。生きてみせる。帰って白いご飯を食べる」

「ですわね。この世界の流儀は納得したとはいえ、大人しく死んでやる気も、帰るのを諦める気もありませんわ」

「おう、それでいい。この世界になじみすぎて当初の目的を忘れるのはあれだからな。ま、ひとまず、白い飯は用意してやれるから、今日はそれで我慢しとけ」

「「やったー!!」」

「いいんですか?」

「別に俺たちがやることはないからな。先に飯だ飯。あ、それとも、ここじゃ気持ち悪くて食べないか?」

「いえ。いただきます」


ということで、僕たちはそのまま白いおにぎりとたくあん、梅干しでのんびりとご飯を食べたのでありました。



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