第38射:勇者と名乗る時

勇者と名乗る時



Side:ナデシコ・ヤマト



ホーホー……。


そんなフクロウの声が聞こえる。

既にリテア聖都は夜の闇に包まれ、静かな時を迎えていた。


「田中さんを名指しで、リテアを見て来いですか」


私がそう呟くと、お腹一杯でベッドで横になっていったヒカルが不思議そうにこちらを見る。


「一体どうしたの? 田中さん名指しってどういうこと?」

「光さんは気が付きませんでしたか? グランドマスターはオーヴィクさんたちの食事のついでにリテアを見てくるといいと言っていました」

「でも、それって、君たちって言ってなかったっけ?」

「いいえ。グランドマスターは、君ならわかるだろうと、田中さんに返していました。つまりこのリテアでは何か起こっているということです」

「何か? でも、食事した時は気が付かなかったけど……。撫子は何か気が付いた?」

「いいえ。道中も活気があり、オーヴィクさんたちが連れて行ってくれたお店もいい所だと思いました。残念ながら、私も特に何かがおかしいとは感じませんでした」


普通の繁華街のようにしか見えませんでした。

一体どういう意味で、田中さんだけわかるとグランドマスターは言ったのでしょうか?

そんな感じで悩んでいると、光さんが口を開きます。


「うーん。僕はよくわからないけど、気になるんなら、直接、田中さんに聞きに行けばいいんじゃないかな?」

「光さんは……」

「うん? 何?」

「いえ、そうですね。正直に聞く方がいいですね」


私はつい、自分で理解することに執着していたようです。

田中さんに分かって、私たちにはわからないという差が、いつまでも私たちはひよっこだと言われている気がして、ちょっとムキになってしまったようです。

グランドマスターに軽くあしらわれて、少しいらだっていたのでしょう。

……簡単に追いつけるはずはないのに。

こんな浅はかな考えだから、きっとわからないのでしょう。

そんな軽い反省をしながら、田中さんの部屋に行ってみると……。


コンコンコンコン……。


「あのー、田中さーん」


なぜか部屋から返事がありません。


「どうしたんだろう? 田中さんなら、ドアを一度叩けばすぐに出てくるのに……」


その光さんの言葉から、ある可能性を思いつきました。


「光さん。宿屋の主人に事情を話して開けてもらいましょう。無理に開けるわけにもいきませんし」

「あ、うん」


私たちは宿屋の受付に行き、田中さんのことを聞いてみると……。


「ん? あの男なら、お前さんたちが戻って来たあとすぐに出て言ったぞ」

「え? 出ていった?」

「ああ、ちょっと散歩してくるってな」


やっぱり。


「光さん、田中さんを追いかけましょう」

「うん。いいよ。晃やリカルドさんたちはどうする? 伝える?」


私たちだけで行くと言いたいところですが、ここは異世界で、私たちが知らない土地で、物騒なので、大勢で行く方がいいでしょう。

そういうことで、私たちは一度晃さんたちを呼びに戻り……。


「田中さんが外出している? 何か調べてるんじゃないか?」

「それは分かっています。だけど、それを田中さんだけに任せていいのかという話です」

「ああ、なるほど……。足手まといかもしれないけど、いつかはやらないといけないしな。分かった行くよ。リカルドさんたちもついてくるんだろう?」

「ええ。勇者殿たちだけで夜の街は危険ですからな」

「グランドマスターの言葉もありますからね」

「メイドにお任せをー」


晃さんだけでなく、リカルドさんたちも一緒に宿の外へと出て、田中さんを捜しに出ていくことになったのだが……。



「……暗いね」

「ええ……」


夜の帳が降りた聖都は不気味なぐらいに暗く静かだった。


「もう、酒場も殆ど閉まっている頃ですからな」

「こんな時間で灯りがあるところは、夜遅くまで仕事をしている所か、やましいことをしている所ぐらいですね」

「でも、今日は月灯りがある分、まだ見えますけどねー。雲が出ていると、もうランプやライトの魔術でもないと歩けないですよー」


ヨフィアさんはそう言いますが、私たちにとっては淡い月灯りだけでは心もとなく、建物影は暗闇にしか見えません。

そんな感じで、夜の聖都の中を歩いていると……。


「ん? あっちの建物の陰に誰かいなかったか?」


不意に、晃さんがそう言い、私たちもその地点を見ますが特に何かいるようには見えません。


「何も見えませんね」

「んー。僕も、何も見えないな。勘違いじゃない?」

「勘違いか? って、あそこはオーヴィクたちと一緒に食事した場所か」


晃さんがそう言って気が付きました。月灯りだけの聖都の感じはまるで別世界で、場所の把握が上手くできていなかったようです。

そんなことを思っている内に、光が言葉を続けます。


「じゃあ、だれかお店の片付けでもしてるんじゃない?」

「でも、それにしちゃ、灯りが付いてないけどなー」


確かに、誰かいるなら灯りの1つでも見えてよさそうですが、そんな様子は……。


コトン……。


そんな音がして、みんなが顔を見合わせます。


「灯りが見えないしネズミ?」

「いや、何かまだ聞こえる」


晃さんがそう言うので、耳を澄ませてみると……。


ガサガサ……何か……、これ……ガサ……コトン……ガサガサ……。


「……これは、声?」


はっきりとは聞こえませんが、何か漁っている音に混じって人の声のようなものが聞こえる気がします。


「田中さんかな?」

「なんでまた、お店の裏に?」

「さあ? でも、こんな人気のない町中にいる人っていうと、田中さんしかいないだろう?」


晃さんの言う通り、人気のない町に繰り出しているのは田中さんですから、人の気配をかんじるなら田中さんしかいないだろうというのは分かります。

いえ、でもあれだけ日中は人がいたのに、この様子はおかしいとは思うのですが……。


「とりあえず、警戒しつつ様子を見に行きましょう。田中さん以外って可能性もありますし」


私がそう言うと、皆頷いて、静かにお店の裏へと近づく。

暗がりでよく見えないが、やはり誰かいる。

というか、この臭いは……。


「うわっ。くさー。これ生ごみとか色々混ざったの臭いだよー」

「まあ、ルーメルの時も裏路地はこんな感じだったからなー」

「……この世界の常識とはいえ、やはり慣れませんわね」


衛生観念が低いこの異世界ではこんなふうに裏路地に入ればゴミなどの不衛生なもので溢れています。

回復魔術という簡易で直ぐできる治療行為があるので、あまりこういう意識が回らないのでしょうか?

いや、確か、地球でもしっかりとした衛生観念ができたのは近代になってからでしたし、まだ細菌や微生物の脅威というのが知られていないのでしょう。

そんなことを考えつつ、悪臭に耐えてお店の裏を覗くと……。


「……これは、食べられる」

「うん。美味しそう……」


そんなことを言いつつ、腐りかけのごみを漁っている子供たちがいました。

しかも、その姿はただの浮浪者というレベルではなく、かなりやせ細っていて、命の危険を感じるものでした。


「ちょ、ちょっと!! 君たちそんなもの食べたら死んじゃうよ!!」


光さんも同じ思いだったか、慌てて子供たちにそう声をかけてしまう。


「……ひっ!?」

「……こっち!!」


でも、子供たちは光さんの言葉に何も答えず、こちらに気が付くなり逃げ出そうとしますが……。


「あうっ!?」

「あ、おい!?」


手を引っ張られた子供が転んでしまい、手を引っ張っていた子供もつられて転んでしまう。


「あ、大丈夫?」


そう光さんが言って、私たちは子供たちに近寄るがどうも様子がおかしい。


「あぐっ……」

「おい、起きろって!!」


手を引っ張られていた子供が転んだまま立ち上がれないでいる。

それを無理に引っ張り上げようとするが、引っ張るたびに痛そうな声を上げる。

どう見ても、何か怪我をしている。


「ちょっと君、その子怪我してるから、無理に引っ張らない!!」

「う、うるさい!! 近寄るな!!」


なぜかその子供は私たちにひどく警戒していて、敵意をあらわにしている。

だけど、光さんはそんな子供の反応を無視するように素早く近寄って、無理に引っ張っている手を取る。


「いてっ!? やめろよ!!」

「君も同じような事をその子にしてるんだよ!! 心配で引っ張っているのは分かるけど、さっさと手を放すんだ!!」

「うっ」


珍しく光さんはきつく怒り、その子供は理解したのか、ようやく倒れている子供の手を放す。


「ううう……」


しかし、倒れた子供はまだ立ち上がれない。

やはりただ転んだだけじゃありませんわね。

私は直ぐに倒れたままの子供に近寄り様子を見る。


「おまえらっ!!」

「あーもう、うるさい!! 殴られたくなかったら、黙って!! 撫子、どう様子は?」

「ちょっと待ってください。失礼いたしますわ」


私はそう言って、蹲っている子供を仰向けにさせ……、足が別の方向に曲がっていることに気が付くがそれよりも……。


「骨折しています。これ自体はただの骨折ですが……、ひどいですわ。極度の栄養失調で腹水が溜まっていますし、触ってわかりましたが、異様に熱い。病気にかかっています」


よくテレビで見る恵まれない子供たちのというフレーズで出てくる、アフリ○の子供達のようです。


「この栄養状態、病気に加えて、骨折をして、復帰できるかは……」

「え? 回復魔術をかければ?」

「……正直、正常な人、健康な、体力のある人ならいいですが、元々体力のない人に回復魔術をかけると、どうなるかわかりません。回復魔術の理屈が分かっていませんから」

「あ、そういえば、回復魔術の理屈は人の回復力、免疫とかを促進するって話があった」

「ええ。もしそうなら、このまま治療すれば、この子は回復する前に体力を使い切って……」


死にます。


「ふざけんなー!! ミコットの病気は治ったんだ!! お前ら大人が命の水っていう万能薬を飲ませてくれたんだ!! 大金払ったんだよ!! 嘘ばっかりいうんじゃねー!! ほら、ミコット行くぞ!! 助けてもらった皆に御馳走を届けるんだろう!!」


私が言いかかった言葉を感じ取ったのか、光に手を取られた子供はそうまくし立てます。

その悲痛な叫びを聞いて、クズな大人がこのリテアにもいることを知って反吐が出そうです。


「だから、ミコットを放せ!! 俺が皆の所に連れて帰るんだよ!! お前も俺を放せよ!!」

「だめ!! 君だってあの子の具合が悪いのは分かってるでしょう!!」

「お前等だって何もできてないじゃないか!! なら、せめて連れて帰るんだよ!!」


そう言って、その子はミコットと呼ばれた子を連れて帰ろうとするが……。


「誰も助けられないとは言ってません!!」

「「え?」」


なぜか、子供だけではなく、光さんも驚きの声を上げる。


「回復魔術が使えないなら、普通に治療するだけだろう?」

「はい。晃さん当たりです。田中さんは見つかりませんでしたが、この子を連れて帰りましょう。命の方が大事です」


私がそういうと、晃さんと光さんは頷いてくれますが……。


「いや、勇者殿。それは……」

「あまりお勧めはしません」

「えーっと、言いにくいのですが、そんな子は世の中に沢山いますからねー。これからも……」


と、大人が当たり前のことを言うので……。


「子供も救えない大人が大人らしいことをいうんじゃありません!! まずは行動してから言いなさい!! この人の世を作っているのは、貴方たち大人でしょう!!」

「「「……」」」


つい私も言い返してしまいました。


「……すいません。言っていることは理解できます。ですが、私たちが勇者だというなら、助けを求める人たちの手を払ってはいけないのです」

「うん!! そうだね!! いいこと言った!!」

「ま、勇者は便利な存在だからな。いいんじゃないか。おい、そこの君、一緒に来い」


そう言って、私たちは宿屋に戻ることになったのでしたが、その途中で……。


「ん? 揃って何してるんだ?」


田中さんを見つけました。

ですが、今は一刻も早い治療が必要なので、問いただすことはしません。


「田中さんいまはこの子たちを宿屋に連れて行って治療しますので、詳しい話はあとで」


私がそう言うと、田中さんがいぶかしげに、私が背負っている子供に目をむけます。

やはり、田中さんもリカルドさんと同じようなことを言うのでしょうか?

いえ、リカルドさんたちよりも現実主義の田中さんならきっと……。


「んん? あー、そうか。ほれ、抗生物質と流動食な。極度の栄養失調の奴に固形物をくわせると逆に死ぬぞ。後は、骨折には添え木の代わりにこの雑誌でも使え。足リないとか、病状がおかしいとか思ったら、部屋にこい。ま、最初はがんばれ若者よ」


そう言って、私たちに治療道具と食べ物を渡してさっさと宿の方へと戻っていきます。


「え? なんで……」


意外な行動についそう言ってしまうと……。


「なに。俺も気まぐれに救われた口だからな。別にその行為を否定しないし、邪魔する気もない。まあ、どうなるかは知らんがな」


ああ、そうか、田中さんも、誰かの気まぐれに救われたんだった。

なら、私の気まぐれもあっていいじゃないか。

……この背中に感じる命を救って何が悪い。



私はそう、……勇者なのだから。


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