第142射:協力を
協力を
Side:タダノリ・タナカ
「……と、こちらが用意しているモノですな」
そう言ってテーブルの上に広げられているのは、アスタリの防衛関連の書類だ。
これは、かなり重要な書類のはずだが、俺たちにも惜しげなく見せていることから、俺たちを信じていることがわかる。
いや、信じているのはお姫さんか? それともこれは偽造情報ということもある。
本物のように見えて罠という情報があって、そちらから来た連中は捕まえるという方法がある。
情報のルートを絞ることで、逆に敵がどこから情報を得てきたのかというのを調べやすくなるのだ。
基本的につかまったやつが、依頼主のことを素直に吐くわけもなく、尋問に時間がかかってしまうわけだ。
しかし、こうして絞った情報からのルートで敵が来たのなら、俺たちの中から、情報を漏らした奴がいるという推測ができるわけだ。
まあ、気合を入れているのかと思うと疑問だが。
と、俺がそんなことを考えていると、同じようにその資料を眺めているクォレンが口を開く。
「随分と武器をため込んでいますな。手入れだけでも大変だ」
クォレンの言う通り、武具の量もかなり存在している。
いざというときは、本気で武具を冒険者にも配って応戦するつもりなのだというのがわかる。
剣だけでも2000本、槍、弓などを合わせれば、総数は1万はくだらない。
矢なども含めれば5万はくだらないだろう。
手入れをする連中は地獄だな。
「まあ、そこはちゃんと兵士によって手入れをしておりますよ。いざというとき使えないのでは意味がないですからね」
「食料のほうも随分とたまっているようですね。いつでも籠城可能ですね。さすがアスタリ子爵です」
「お褒め戴き恐悦至極に存じます。ですが、食料には保存期間がございますから、腐る前には放出して祭りなどに活用させて頂いております」
「当然のことです。腐らせるより遥かにましです」
確かに腐らせるよりはましだな。
そして、町民からは支持が得られると、本当によく考えていやがる。
単純なように見えて、こういうのは非常に厄介だ。
いや、単純だからこそ効果はてきめんってやつだな。
これでアスタリ町民を説得してこっちに付かせるというのは不可能に近いわけだ。
まあ、いざというときは町の人全員を戦力として投入できるっていうのはいいよな。
優しい領主を放っておけないとか何とかで。
そういう面では心配がないわけだ。
「問題点としては、防壁関連をあからさまに改築するわけにはいかないところですね。補修作業ということで、細々とやってはいますが。そこまで進んでおりません」
「そこは仕方がないでしょう。魔族を刺激することになるかもしれませんから」
ここまで気合の入った防壁でも、アスタリ子爵は不安なようで改築をしたいようだ。
というか、この手の防衛設備は上からの攻撃にめっぽう弱いからな。
現代戦ではこういう作りはほとんどない。
あくまでも、地面を進んでくる人の集団に対して有効というだけだ。
「人員のほうは、今までの政策ですでに多くの冒険者がこの町に集まっており、それに合わせて、その他の人員も集まっておりますので、戦えるものは総勢3万といったところでしょうか」
「かなりの人数ですね。これだけいればいざというときは問題なさそうです」
お姫さんはやはりこういうところはよくわかっていないようで、安心した表情をしているが、問題しかない発言している。
流石にこれに陣頭指揮なんぞ取られた日には全滅の憂き目をみそうなので、口をはさんでおく。
「お姫さん。あくまでも戦えるかもしれない人数が3万だ。現場にいる常備軍は少ないってことだよな?」
「ええ。タナカ殿のいう通りです。兵を集めると刺激しますからね。アスタリの兵士として常備している軍は2000といったところです」
「実際訓練を積んで戦えるやつが2000だけ。あとは寄せ集めの軍。しかも、武器の総数は1万。そのほかは武器無しで戦えってことになる」
「それは……」
「実質1万ぐらいでしか戦えないってわけだ。まあ、1万って数を多いとみるか少ないとみるかは俺には判断はつかないけどな。で、実際どうなんだ? アスタリ子爵、クォレン」
ということで、早速この人数の適正について聞いてみると……。
「ふむ。国と国とのぶつかり合いと考えると少ないほうですね」
「今、ガルツとロシュールがぶつかり合っている総数は20万といわれているな。大体双方10万ずつってところだな。そして、俺たちの場合は強力な魔族が相手だ。その戦力は魔族1人に対して10人で掛かれば何とかという話になっている」
「ですね。クォレン殿の言う通りです」
「なるほど。1000いればこちらの戦力と並ばれるってわけだ。それに加えて魔物を使う連中がいるから、魔物も敵に回るってことか」
「……」
俺の言いたいことがわかったのか、お姫さんは黙り込む。
1万という数だけは多く見えるが、相手が悪いって感じだな。
「まあ、魔族は今すぐ攻めてくるってわけでもないからな。そう慌てることもない」
「そうですよね!」
「確かに、今のところそういう動きはありませんでした」
俺の言葉に顔を上げて賛同してくるお姫さんとカチュア。
おそらく心配を払拭したいんだろうな。
とりあえず、変に心配になることを言って騒がれても迷惑なんで、今は黙っておこう。
で、アスタリ子爵が今の会話の違和感に気が付かないわけもなく……。
「ふむ? 今のところですか。その情報はどこからですか?」
「それは……」
アスタリ子爵の問いかけに一瞬お姫さんが言葉に詰まる。
まさか、ドローンで敵の本拠地らしきところを偵察してきましたって言っても信じないだろうしな。
とはいえ、喋ってもらっても困らせる事柄だ。俺がフォローをと思っていると、クォレンが口を開く。
「それは、私の方の伝手だよ。フクロウ。覚えているか?」
「ああ、あの情報屋か。なら間違いはないな」
どうやら、アスタリ子爵もあのフクロウのことは知っているようだ。
まあ、当然か。
そうでもなければ、情報屋として名をはせているわけがないよな。
しかし、クォレンがそういう説明をするとなると、まだドローンのことは黙っておくつもりか。
「え? アスタリ子爵もフクロウ様のことはご存じなのですか?」
「ほう。逆に私はユーリア姫様がフクロウと知り合いとは思いませんでした。フクロウは姫様と顔を合わせるようなタイプだとは思いませんでしたが」
「ああ、それはタナカ殿経由だよ。わかるだろう?」
「ああ、納得ですね」
「おいこら」
なんで俺を経由して知り合いとなると納得できるんだよ。
「ったく、俺をネタにして遊んでるんじゃねーよ。今の話はアスタリの現状把握だ。とりあえず、敵が1000なら耐えられるって状況だな。あとは何かしていることはあるのか? 手伝えることがあるなら、手伝うが?」
「ふむ。今は特にないですね。有事の時に勇者様たちの力を借りられればこのアスタリは守れるかと」
「敵の戦力もわからないのにか?」
「なに。私たちアスタリの防衛に勇者様たちが間に合うようなら、他の援軍も間に合うということですから」
「ああ、そういう意味か」
……やっぱり、アスタリ子爵はそこらへんしっかり考えているな。
勇者頼りの発言かと思えば、その後の援軍についても考えていやがった。
確かに、俺たちがアスタリへの魔族襲撃を聞きつけて先に飛び出して防衛に間に合う程度の戦力しか敵が連れていないなら、援軍で粉砕できるって判断は間違っていないな。
逆に俺たちが駆け着ける前に全滅しているなら、アスタリの手におえる戦力じゃないって簡単な話だ。
「しかし、その口ぶりからすると、アスタリにしばらく滞在するように聞こえたのですが? 姫様?」
「はい。魔族が動かないとはいえ、魔族の暗躍が起こっています。いつ動くかわからないので、万が一魔族と戦う場合にここが最前線となると判断して、視察しに来たのです。まあ、お父さまはこれを予見していて随分前から準備をしていたようですが」
「はい。陛下はいつ来てもいいようにと、私にアスタリの町の繁栄と防備の増強を申しつけておりました」
「それで、しばらく滞在したいのですが、よろしいでしょうか?」
「それは構いませんよ。陛下からも良しなにと言われております。勇者様、そしてタナカ殿も何かありましたら気軽にお聞きください」
という感じで、俺たちは無事にアスタリ子爵の協力を取り付けたわけだが……。
「ほほう。宰相殿が反旗をと聞いていましたが、そういった事情ですか……」
「はい。私は利用されたのですが、宰相にも譲れぬ思いがあったようです」
「確かに、かの御仁は頑固でしたから。前王の良き友人でもあり、その分の責任感もあったのでしょう」
そんな感じで談笑しているお姫さんとアスタリ子爵だが、この場には結城君たちはおらず、お姫さん、カチュア、そしてリカルドと俺だけが残っている。
クォレンはギルドの方へと戻っていった。
理由としては、お姫さんを外で泊めるわけにはいかないだとさ。
そこもうっかりしていたが、当然の話で、そのおかげで護衛として俺が残ることになったわけだ。
今のところお姫さんはルーメル王に過剰な物言いをして、宰相一派の締め付けもしているからな、疎んでいるやつは多いはずだ。
だから、暗殺の可能性があり、俺が一緒にいるわけだ。
本当に誤算だった。
最初は俺たちを分断する罠とも考えたが、そういうそぶりも全く見せない。
いや、普通に殺しますよーって感じを見せるわけもないんだが。
ここは残った俺が、朝になるとお姫さんが死んでいて、犯人にされるパターンか?
いや、漫画や小説の読みすぎか。
「しかし、タナカ殿もなんとも、その不幸でしたね……」
「まあ、不幸といえば不幸だったが、若者たちだけで、こちらに来るよりはいろいろマシだったと思うぞ?」
「……申し訳ございません」
「気持ちはわかりますが、もうちょっと姫様に気を使ってはいかがですか?」
「いまさら取り繕ってもな。いまこうして共闘しているんだしいいだろう。なんだ、俺が笑顔で、平和のためですからとか言ってほしかったか?」
「あ、いえ。それは逆にいろいろ疑います」
「だろう?」
こういうところはお姫さんは素直だからいいよな。
これでよく腹芸ができたと思う。
いや、俺だから隠しても無駄と思っているのか?
「まあ、そういうことで、お姫さんを一人にできない理由はわかってもらえると助かる」
「無茶をされたということですね。しかし、魔族との和解ですか。成るといいですね」
「子爵は反対とは言わないのですか?」
「私の目的は初代アスタリ子爵から受け継いだこの土地を陛下の元で守ることです。国を守るためになげうつというのもあるかもしれませんが、それがないことに越したことはありませんからね」
誰だって大事に育ててきたモノを捨てたくはないよな。
とまあ、こんな感じで、子爵との話は進んでいき、夜は更けていくのであった。
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